考えられない初制覇

 笹生の偉業からさかのぼること1週間前。同じゴルフで特筆すべき優勝劇があった。5月30日まで岡山県で開催された日本男子ツアー、ミズノ・オープンをジュビック・パグンサンが制した。アジアツアー賞金王の実績を持つフィリピン出身の43歳。通常では考えられない方法でのツアー初制覇だった。キャディーバッグに入れるクラブが普通の14本ではなく、わずか11本で戦っていたのだ。

 新型コロナウイルスの影響でハウスキャディーを雇えないこともあり、セルフプレーで自らバッグを担ぐことを選択。電動カートの使用も可能だったが「カートだとグリーンを横切れないから」と説明した。14本すべてを入れると重すぎて体力的にきついとの理由から、ルールの上限より3本も少ない本数でのラウンドを決めた。

 3番、4番、6番、8番とアイアンを4本抜き、代わりに19度の3番ユーティリティーを投入した。ゴルフでは打ちたい距離はもちろん、芝生やバンカーの状況、風などによってクラブを細かく使い分けるのが一般的。プロともなれば1㍎単位で計算してショットを放つ繊細な作業で、3本も減ると困りそうなものだが違った。

 母国の風の強いコースで培ったという技術を駆使し、振り幅などを変えながら距離感を合わせて調整。第2ラウンドでは65をマークし、最終的には2位に3打差をつけて頂点に立った。ゴルファーの中にはミスショットをした際、残り距離に対して適切なクラブがなかったことを言い訳にする人もいると聞くが、この男には無縁。むしろ現状でベストを尽くす姿勢を貫き「ベリー、ベリー、ハッピー。やっと2位から解放された。比較的合う距離が残ってラッキーだった。また、これでやるかもね」。陽気な性格が前向きさを生み、奇跡的な優勝。7月のメジャー、全英オープン選手権の切符も手にした。

メンタルの強さ

 その前日の29日、海の向こうの米カリフォルニア州カーソンではボクシングのリングでフィリピン選手が世界を驚かせた。38歳204日のノニト・ドネアが世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級タイトルマッチで無敗だった王者ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)を圧倒。4回に3度目のダウンを奪って勝利を収め、王座に返り咲いた。米メディアによると、バンタム級の世界主要団体で最年長のチャンピオン。「年齢なんか関係ない。大事なのは、メンタル面でいかに強くいられるかということだ。自分はまだまだ世界的なレベルで闘える」と自信満々に言い放った。

 世界5階級制覇を誇り、強烈な左フックなど鋭いパンチから〝フィリピーノ・フラッシュ(閃光)〟の異名を持つドネアにとって、この勝利の意味合いは大きい。前戦は2019年11月にさかのぼる。日本が誇る最強王者、井上尚弥(大橋)にワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)決勝で0―3と判定負けしていた。健在ぶりを示したい今回の一戦で、周囲の予想を上回る出来を披露。井上尚が自身のツイッターに「ドネア強ぇ!!!」とつづったほどのインパクトだった。

 鮮やかな復活の裏には井上尚戦の敗北があった。ドネアは2回に強打で右目付近から流血させ、9回にはふらつかせる場面もあるなど大いに見せ場をつくった。米専門誌「ザ・リング」をはじめ、至る所で「年間最高試合」に選ばれたほどの好ファイトだった。しかし11回にダウンを喫するなど力が及ばなかった。「イノウエとのファイトで学んだことは、しっかりととどめを刺すことだった。今日はそれができた」と胸を張った。

 少年時代は病弱だったと告白したことのあるドネアは、戦績を41勝(27KO)6敗とした。新型コロナウイルス禍を経て不屈の精神でよみがえり、再びスポットライトの当たる舞台に戻ってきた。井上尚との再戦の希望を持っており、井上尚も「ドネアの勝利こそがモチベーション!!!!」とツイート。今後も動向から目が離せない。

五輪に相撲に

 もちろん、19歳の笹生の戦いぶりも素晴らしかった。首位と1打差の2位で最終ラウンドを始め、2番と3番でダブルボギー。序盤からつまずき、意気消沈しかねない場面から巻き返す。16、17番(ともにパー5)で連続バーディー。首位タイで終えると、畑岡奈紗とのプレーオフを3ホール目で制し、賞金100万㌦(約1億1千万円)を手にした。米国ゴルフ協会によると、最終ラウンドでダブルボギー以上たたいたホールが複数あるにもかかわらず優勝したのは、この40年で初。メンタルのタフさも備えている。

 声援にも後押しされた。会場はサンフランシスコのオリンピック・クラブ。その近郊デーリーシティーには全米屈指の多さのフィリピン系住民がおり、コースに多数駆け付けてフィリピン国旗を手に応援していたファンもいた。笹生は「とても幸せな気分になれた。フィリピンの人たちからは大きなエネルギーをもらった」と感謝。東京五輪にはフィリピン代表で出場する予定だが、開催されれば埼玉県霞ケ関CCに〝凱旋〟という形で登場する。

 その前に、7月4日からは愛知県のドルフィンズアリーナで大相撲名古屋場所が始まる。大関照ノ富士に綱とりが懸かるほか、関脇高安にも大関復帰の可能性がある。高安の母親はフィリピン出身。元横綱隆の里が師匠を務めていた鳴戸部屋(現田子ノ浦部屋)での厳しい稽古に耐え、2017年夏場所後に大関に昇進した。腰痛などに苦しみ、昨年から陥落しているものの最近は復調し、三役として2場所連続で10勝中だ。

 31歳とベテランの域に入り、頭をつけたり、じっくりまわしを取ってから攻めたりと工夫が見られる。伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)は昇進に13勝以上での優勝を求めた。ハードルは高いが「気合を入れて体をつくって、千秋楽まで優勝争いに絡むのが目標。盛り上げたい」と意欲満々だ。また3年前の名古屋場所で初優勝を飾り、フィリピン出身の母を持つ小結御嶽海にも期待できる。既に優勝2度と実力はあり、長く大関候補に挙げられる28歳。横綱白鵬が進退を懸ける意向の場所は、世代交代の本格化も関心の的だ。フィリピンに縁のある両力士も強いハートを維持して土俵に臨めば、主役になれる可能性を秘めている。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事