プロテニス界から誕生した“ゴールデンスラム”。だが、グランドスラムとオリンピックは同等ではない

 長年、ワールドプロテニスを取材してきた者として、正直に言えば、グランドスラムがオリンピックと同等だとは一度もとらえたことはない。グランドスラムが最高峰であり、同等の大会があるとするならば、それはツアー最終戦(男子はATPファイナルズ、女子はWTAファイナルズ)だと考えている。

 現在のプロテニスでは、男女それぞれにワールドプロテニスツアーが確立されており、そのツアースケジュールの中に、グランドスラムも含まれている。テニスの4大メジャー大会は、グランドスラムと呼ばれ、オーストラリアンオープン、ローランギャロス(全仏)、ウィンブルドン、USオープン、それぞれが100年以上の歴史を誇り、プロテニスプレーヤーなら誰もが目指す最高峰の舞台となっている。

 一方、オリンピックにおけるテニスの歴史は古くて浅い。テニスは、1896年に始まった第1回アテネオリンピックから正式競技だった。1920年アントワープオリンピック(ベルギー)では、男子シングルスで熊谷一弥が銀メダルを、男子ダブルスで熊谷一弥/柏尾誠一郎組が銀メダルを獲得した。日本で初のオリンピックメダルが、テニス競技からもたらされたことは一般的に案外知られていない。

 その後、1924年パリオリンピックを最後に、テニスはオリンピックと袂を分かつことになる。1926年以降、テニスからはプロテニスプレーヤーが誕生し始め、オリンピックのアマチュアリズムと理念が一致しなくなっていったためだ。また、当時ウィンブルドンと反りが合わなかったという噂もあった。正式競技への復活は、1988年ソウルオリンピックまで待たなければならなかった。

 そんな歴史的な背景もあり、短絡的にオリンピックが、グランドスラムと同等とみなす人は、メディアとしてテニスに関して知識不足であることを自ら披露しているようなものだ。メディアの中には、妙にオリンピックに肩入れする人が見受けられ、オリンピック原理主義あるいはオリンピック教に片足を突っ込んでいるのではないかといぶかってしまう。

 グランドスラムは、4大メジャー大会を指すが、もう一つ意味があって、4大メジャー大会を全制覇することも、グランドスラムと呼ばれる。さらに、同一年に達成することを年間グランドスラム(英語では、カレンダーグランドスラム)という。これまで、男子では2人、女子では3人しか達成していない。また、選手が現役生活中に、4大メジャー大会を全制覇することをキャリアグランドスラムという。

 ゴールデンスラムは比較的新しい造語で、1988年に、シュテフィ・グラフ(ドイツ)が、女子シングルスでグランドスラム4連勝を成し遂げた後、ソウルオリンピックで金メダルを獲得し史上初めて5冠となったため、ゴールデンスラムという単語が作られたのだった。現在まで、年間ゴールデンスラムを達成したのは、男女を通じてグラフしかいない。

 ゴールデンスラムという単語はセンセーショナルで、一般の人々にプロテニス選手が成し遂げた偉業を伝達するには有効だが、本当にその価値を正しく伝えられているかといえば、答えはノーだ。オリンピックではなくグランドスラムが最高峰であることを正しく伝えられていない。オリンピックは、プロテニスツアーの中で4年に一度出現する特異点といえる。例えば、プロテニスツアーは路線で、各大会が駅だとすれば、ツアーにおける連続性が理解してもらえるだろうか。そして、大きなターミナル駅がグランドスラム。オリンピックは4年に一度営業する臨時駅だ。

 プロテニスプレーヤーたちは、4年に一度出現する特異点を気にかけながら活動することはまずない。世界ランキングを維持しなければならないからだ。どのぐらい勝てるかは、本人を含めて誰にもわからず、1年後に自分がどうなっているのかわからないようなプロの厳しい勝負の世界が存在し、その現実と選手はいつも向き合っていかなければならない。  

 そして、活動資金を得るために、大会で賞金を当然稼がなければならない。己の心技体、そして経費を苦慮しながら、生き残りをかけたプロ生活を送るのだ。国を代表する名誉とはいっても、基本的にオリンピックには賞金がない。だからオリンピックを戦うことに、何の違和感も疑問も抱かなかったら、プロとしての自覚は大丈夫かなと心配してしまう側面もあったりする。

 オリンピック正式競技に復活したばかりのテニスでは、当初世界ランキング獲得のためのポイントが付かなかった。そのため出場を回避する選手は少なくなく、グランドスラム14勝を誇るピート・サンプラス(アメリカ)が一度もオリンピックに出場しようとしなかったのは有名な話だ。

 出場への促進策として、2000年シドニーオリンピックからランキングポイントが獲得できるようになったものの、2016年リオデジャネイロオリンピックからは再びランキングポイントが付かなくなってしまった。ちなみに、金メダリストは750点を獲得できたが、グランドスラム優勝者の2000点より低く、さらにATPマスターズ1000やWTA1000の大会優勝者の1000点よりも低かった。

 通常、プロテニスプレーヤーたちは、年間約10~11ヵ月間世界各地を転戦し、オフが短い過酷なツアースケジュールをこなしている。プロフェッショナルとして独立した個人事業主である彼らが、オリンピックで国の代表としてプレーすることは名誉であると理解しつつも、自身のプロキャリアの中で、どんな意味があるのか、あるいはどういった実益があるのか咀嚼して、どう行動をとるのがベストなのか判断していくのは、プロとして当然のことなのだ。

普段プロテニスツアーで戦っている日本選手たちのオリンピックの位置付けとは!?

 ここで、プロテニスプレーヤーとして活躍している日本選手たちの各コメントを紹介していこう。普段、グランドスラムに向けてピーキングを行いながら、プロテニスツアーを戦う彼らにとって、4年に一度ツアースケジュールに組み込まれるオリンピックの位置付けは、どういったものなのだろうか。

 錦織圭は、長年日本テニス界を牽引してきた第一人者で、グランドスラムやツアーで日本男子前人未到の数々の功績を残してきた。オリンピックには、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロに参加し、そして東京で4回目の出場となる。特に、リオでは銅メダルを獲得し、日本テニス界に96年ぶりのメダルをもたらした。

「やっぱりランキングを上げるためには、オリンピックはなかなか優先はできないです。今年もポイントがあるのかないのか、ちょっとまだ理解していないんですけど、ま、たぶん無いので。ちょっとモチベーションが、若干欠けるところではありますよね。賞金も無いしポイントも無い。そうなるとなかなか、その労力をやっぱりグランドスラムに注ぎたいというせめぎ合いのところもある。でも、やっぱりオリンピックはオリンピックで、すごい意味のあるものだし……。というところで、葛藤はやっぱり正直なところありますけど、ん~、それとちょっと違った特別なものとして、考えてはいますね」

 土居美咲は、日本女子を代表する選手の1人で、長年ツアーとグランドスラムで活躍している。オリンピックには、2016年リオで初参加し、東京が2回目となる。

「プロテニス選手として長年プレーする中で、そして前回のリオを経験した身からすると、グランドスラムより位置付けとしては、そこまで重要視していない部分は正直ある。ただ、今回東京という意味ではすごく大きいし、正直何より周りが喜んでくれるというのがあるんですよね。(オリンピックに)出場したり活躍というのは、特に両親だったり親戚が喜んでくれる。そういう意味では大事ではありますけど、テニス選手として考えると、やっぱりグランドスラムという思いはあったりしますね」

 日比野菜緒は、普段から愛国心が強く日本代表戦への誇りもあり、2016年リオオリンピック初出場を決めた時には泣いて喜んだ。その思いは今も変わらないが、新型コロナのパンデミックは続いており、人一倍気遣いの人である日比野は複雑な心境を明かす。

「自分の国を代表してプレーすることにすごく憧れや誇りを持っています。やっぱりオリンピックや(女子国別対抗戦の)ビリー・ジーン・キング・カップみたいな国を背負ってプレーする大会は、私にとってグランドスラムと同じくらい価値のある大会だと思っています。
(東京オリンピックは)賛否両論ある中で、たくさんの人が開催に向けて頑張ってくださっている。前回は、とにかく出たい一心で、自分のためにだけに目指していたオリンピックだった。今ももちろん東京オリンピックに出たいんですけど、メダルどうこうよりも、出て何かいいプレーをして伝えたいというか、そういう気持ちが今回は特に大きいですね」

 西岡良仁は、錦織の背中を追いかけながらツアーで活躍してきた選手で、最新の世界ランキングでは、錦織を抜いて日本の一番手になっている。そして、東京でオリンピックデビューとなる予定で、母国開催での有明のテニスコートに思いをはせる。

「オリンピックに出たことがないので、その舞台に立った時にどういう感情になるのか全くわからないです。オリンピックって、ちょっと特殊じゃないですか。どういう気持ちになるんだろうって、僕の中では正直楽しみです。僕たちがどういう姿を見せられるか、そこが今回のオリンピックの価値だと思う。僕は僕なりの魅せれるプレーを見せていきたい」

 青山修子は、ウィンブルドンの女子ダブルスで、柴原瑛菜と組んで日本人ペアとして初めてベスト4に進出する快挙を成し遂げた。ダブルスのWTAランキングでは初のトップ10入りを果たし、そして、東京で初めてオリンピックに参加する予定だ。

「日本代表として戦うことができる数少ないチャンスだと思っています。やっぱり名誉ある大会かなと自分の中では思っている。やっぱり自分が一番嬉しいのは、出場を決めて、周りの方がすごく喜んでくださる。本当にしっかりプレーを続けてきてよかったなと思う一つです。そういう気持ちをオリンピックで表現できたらいいなと思います」

ベストメンバーが揃わない東京2020オリンピック。ジョコビッチの決断は

 東京2020オリンピック・テニス競技(7/24~8/1)の開幕はまもなくだが、東京都で新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言が続く中での、異例の“強行開催”となる。

 本来あるべきオリンピックの姿や価値には、スポーツだけでなく文化や芸術の交流も含まれているのだが、海外からの観客を受け入れられない時点で、もはやオリンピックの魅力は半分以上損なわれている。

 プロテニス界では、さまざまな理由でオリンピック不参加をすでに表明している選手が多くなってきており、コロナ感染状況などによって、今後さらに増えるかもしれない。

 男子では、ラファエル・ナダル(スペイン)、ドミニク・ティーム(オーストリア)、デニス・シャポバロフ(カナダ)、ニック・キリオス(オーストラリア)、ダビド・ゴファン(ベルギー)、ロジャー・フェデラー(スイス)。

 女子では、シモナ・ハレプ(ルーマニア)、ソフィア・ケニン(アメリカ)、ビアンカ・アンドレスク(カナダ)、セリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)、ジョアンナ・コンタ(イギリス)。

 フェデラーは、ウィンブルドン準々決勝で敗れた直後に、「(オリンピック出場について)どこへ行くかまだ決めていない。話せることはない」と語っていたが、ひざのけがが再発してリハビリを行っていることを自身のSNSで発表した。8月に40歳になるフェデラー、今後残り少ないキャリアのことを考えれば、慎重になるのは当然で、賢明な判断といえる。また、キリオスは、無観客でのオリンピックを理解できないとして欠場を決断した。

 実際のところUSオープンを見据えているトップ選手たちは多い。東京とニューヨークには13時間の時差があり、欧米と違って蒸し暑い日本で無理をして、北米ハードコートシーズンに悪影響が出る可能性を考慮するのは当然で、選手によって判断が分かれるところだ。

 そして、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)は、ウィンブルドンで6回目の優勝直後、オリンピック出場に関して、「フィフティ・フィフティ」と迷っていたが、参加することを決断した。「今季、オリンピックは、グランドスラムに次いで、自分の中では最優先の目標です」と語ってきており、男子では誰も成し遂げていない年間ゴールデンスラム達成を狙う。

今後、プロテニスツアーでのオリンピックの存在意義が改めて問われる

 今に始まったことではないが、プロテニスでは、オリンピックから再び離脱してもいいのではないかという声があり、プロテニスツアーでのオリンピックの存在意義が改めて問われている。

 オリンピックがアマチュアの祭典だったのはもはや昔のことで、良かれと思ってプロ選手の参加を認めたオリンピックだったが、今や商業化が進み過ぎて、金と利権まみれになっているIOC(国際オリンピック委員会)の様相が新型コロナウイルスのパンデミックによって露呈して、日本国民をはじめ多くの人々を失望させている。

 今、オリンピック自体の在り方を見つめ直す時が来ていることは、誰の目にも明らかだろう。世界的に見て、サッカー、ゴルフ、テニス、野球などプロ競技として確立されている競技では、このままオリンピックと一緒に歩むのか離脱するのか検討するのも一考だろう。とにかくプロ選手への負担が大きくなってしまっており、莫大な放映権料が欲しいIOCの金稼ぎのための駒をさせられているようだ。

 一方、日本に目を移すと、日本テニス協会だけでなく各競技団体は、オリンピックと切っても切り離せない現状で、オリンピックとの関係性を再考するのは至難の業だ。ただし、オリンピックでの活躍を目指そうという御旗は、日本国内で多くの競技にとっては常識になり得るかもしれないが、世界を舞台にして戦い、ツアーやグランドスラムでの活躍を目指すプロテニスプレーヤーにとっては根本的に受け入れ難い部分がある。

 オリンピックから脱却できない日本テニス協会の体制および依存性と、ワールドプロテニスツアーで戦う選手の経済的自立およびプロとしての独立性とは、相容れない矛盾をはらんでいる。世界のプロテニスの潮流に乗れずに、ガラパゴス化したオリンピック依存の日本式スポーツアマチュアリズムに甘んじているようでは、日本テニスの未来は明るくない。

神仁司

著者プロフィール 神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。