10月22日に行われた男子個人総合決勝。2日前の予選を首位通過していた橋本は、五輪の疲れが抜けきらない体に鞭を打ちながら、決勝でもハイレベルな演技を続けた。「世界選手権でも勝って真のチャンピオンになる」という強い決意があった。

 こうして迎えた最後の鉄棒。前に演技をした予選2位の張博恒(ZHANG Boheng=チョウ・ハクコウ=中国)が、予選より大幅に良い14・800点の高得点を出したことで、橋本が優勝するには15・150点が必要になった。

 橋本は今年4、5、6月の五輪代表選考会と五輪本番で鉄棒の演技を合計9度やっており、ベストスコアは15・133点。張を上回るには自己ベストを更新しなければいけない状況だった。結果は15・133点。わずか0・017点差で金メダルはかなわなかったが、緊迫したムードの中で自己ベストタイのスコアとなる演技を披露した。五輪以後の過密スケジュールを思えばさすがだった。

 その感動をさらに上書きする言葉が、試合後の橋本の口から聞かれた。鉄棒の演技前の心境を聞かれ、橋本はこう答えた。

「張選手の演技を見て凄いなと思ったので、もう、彼がチャンピオンかなと思った。完璧にやらないと勝てない点数が必要だったので、演技前から、おそらく負けるかなと思っていた。でも、最後は自分がやりきれたらいいなと思って演技に入った。自分のベストを出すことだけに集中して、やりきれたことに対して、本当に良かったなと思う」

 短時間で揺れた感情を整え、最後は前向きなベクトルに思いを収れんさせてバーに飛びつき、持てる力を出し尽くしたのだった。だからこそ、こう言えた。

「悔しい気持ちは多少あるのですが、悔しさは1ミリぐらい。彼がリアルチャンピオンだと思う。僕の五輪後の調整力が足りなかった。まだまだ自分が弱いと感じた」

 1ミリぐらいあるという悔しさは、あん馬で落下したこと。

「でも、(あん馬で落下した後の)つり輪からの4種目は自分の演技ができたので、よかった。最後の鉄棒は点数を見る前に彼の優勝だと思ったけど、その中で自分の演技ができたので、そこについて悔いはないです」

 新チャンピオンとなったライバルの張に対しては、会場でハグして称えたのに続き、金銀銅メダリストが並んで出た会見でこう言った。「これでまた来年から頑張れる理由が見つかった。いろいろなライバルがいてさらに強くなれると思った」。好敵手がいてこそ互いを高められるという思いを伝えるすがすがしい表情をしていた。

常に持ち続けた観客への感謝、そしてキング内村から学んだこと

 実は、五輪と世界選手権の同年開催は体操では異例のスケジュールだ。新型コロナウイルス禍の影響によるものだが、橋本が五輪で一度ピークをつくっていたのに対し、個人総合優勝の張、鉄棒優勝の胡旭威(HU Xuwei=コ・キョクイ=中国)ともに五輪に出ておらず、世界選手権に合わせて調整してきた。一方、橋本は個人総合の翌日に行われた種目別ゆかとあん馬は棄権せざるを得ないほど疲労がたまっていた。

 しかし、どんな状況も言い訳にはしなかった。橋本は大会中、つねに観客への感謝を口にした。朝9時半スタートだった予選の時は「朝早いのにも関わらず来てくださり、海外選手へも拍手が出て、すごくやりやすかった」。個人総合の後は「メダルの色に関係なく、あと2日間、お客さんに楽しんでもらいたい」。閉会式後まで多くの観客が残っていた最終日は、「お客さんが夜遅くまで応援してくれたことに感謝したい」。

 そして、種目別鉄棒決勝で共演した内村には、心からの感謝を伝えた。

「小さいころからのあこがれである航平さんと、1時間もないくらい短い時間だったのですが、貴重な時間を一緒に過ごすことができた。感謝しかありません」

 個人総合で2位になった時は「航平さんの偉大さを感じた」と言い、最後の鉄棒では「航平さんは『王者の着地』で勝ってきた。僕はそれがなかったと痛感した」と厳しく自分を見つめた。“キング”と呼ばれる内村から直接学んだことは多かった。

 エネルギッシュな橋本には、チームの仲間を巻き込み、選手仲間を巻き込み、スタンドを巻き込む力がある。好勝負を演じて見る者を楽しませると同時に、フロアで見せるふるまいでも観客をすがすがしい気持ちにさせる。二重の魅力がある。

 今、アスリート界には、1年延期という困難を乗り越えて開催された東京五輪を契機に、“大会に集う選手たちが協働して試合をつくり、互いに高め合って成長する”という新時代の流れがある。今回の体操世界選手権で橋本が見せたのはその象徴とも言える姿だった。

矢内由美子

著者プロフィール 矢内由美子

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。ワールドカップは02年日韓大会からロシア大会まで5大会連続取材中。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。