中でも大きかったのが、高卒2年目にして、ここまで小川泰弘と並んでチーム最多の9勝を挙げている奥川恭伸の存在だろう。その落ちついた解説スタイルで、テレビやラジオなどでも活躍中のヤクルトOBで、現役選手としての最後の1年奥川と一緒にファームでプレーをした五十嵐亮太氏が言う。

「僕の予想を超えてきました。本人の中では、もしかすると『順調だった』とは言わないかもしれないですけど、今年はとても順調に結果を残したように見えます」

 高卒1年目の昨年、奥川は右ヒジの炎症などもあってシーズンの大半を2軍で過ごした。昨年までヤクルトで同じ投手としてプレーしていた五十嵐氏は、このゴールデンルーキーをどう見ていたのか?

「とても慎重な選手でしたね。練習もそうですし、ピッチング、特にフォームに関してものすごく神経をつぎ込む選手で、自分のパフォーマンスを上げるためにどうするべきかというのを小野寺(力2軍投手)コーチと、その都度その都度、確認しながらキャッチボールをやっていました。

 ピッチャーって、やっぱり良い時のピッチングを追い求めたいんですよ。自分のフォームとボールが一致しなければ、なかなか結果には結びつかないので、その辺の感覚的な部分にものすごく敏感になってやっていたんですね。それはスタイルとして正しいと思うんですけど、たとえば1軍で精神的にも追い込まれて苦しくなった時に、年間通してそれをやるのは難しいんじゃないかなと思っていたんです」

 奥川が初めて1軍の舞台に上がったのは、五十嵐氏が自身の引退試合で23年間の現役生活にピリオドを打ってから、2週間あまりが経った11月10日の2020年シーズン最終戦。それは時代の移り変わりを告げるものではあったが、奥川にとっては3回途中までに5点を失ってプロ初黒星という、ほろ苦いデビューとなった。

 2年目の今季は開幕ローテーションでスタートし、2試合目の先発(4月17日広島戦)でプロ初勝利を手にするも、最初の3登板で計15回を投げて12失点、防御率7.20。内容としては決して芳しいものではなかった。

「彼はその経験をプラスにしたんだと思います。持っているボールっていうのは、去年一緒にやっていた時から、僕は1軍で通用すると思っていました。ただ、当時は力で行きたい雰囲気がちょっとありました。自分の球に自信を持つのは悪いことじゃないですけど、それが過信につながって『これでどうにかなるだろう』って“力技”で行く時は、あまり結果が良くない。その辺の自信と謙虚さのバランスが良くないと、良い結果には繋がらないんです。彼はその辺、ある程度自信はあるけど、『ここは力で行っちゃいけない』とか、『ここは上手い具合にかわした方がいい』っていうところが上手くなりましたね。『エイヤー!』で投げることが少なくなったような気がします」

成長が見えた5月以降

 今季4試合目の先発となった5月5日の阪神戦(神宮)からは、13試合中12試合でクオリティースタート(QS=先発6回以上、自責点3以下の試合)と、ほぼ毎回しっかりと試合をつくるようになった。それに伴って勝ちも付くようになり、6月20日の中日戦(神宮)から3連勝、9月7日の阪神戦(甲子園)からは4連勝をマークした。

「彼はどちらかというと100点満点を求めるタイプで、そのスタイルは変わらないと思うんですけど、調子が良くない時でもそれなりのピッチングができるようになりました。『今日はこういう状態だから、その中で試合をつくろう』というアジャストが非常に上手になりましたよね。それはどうやったら抑えられるかという形が見えてきて、配球も含めて自分がどう組み立てればいいかっていうところも理解するようになったからだと思います。(シーズン序盤に)打たれたからこそ気づくこともあったと思うので、そこを上手く自分の成長に繋げましたね」

 圧巻だったのは7月1日の阪神戦(甲子園)から9月28日のDeNA戦(神宮)までの7試合で、この間に与えた四球はゼロ(死球は1)。10月8日の阪神戦(神宮)で7回にフォアボールを出すまで、無四球は54回1/3続いた。

「試合を重ねるにつれて、自分の中でストライクゾーンのベースの上で勝負できるっていう感覚をつかんで、それでフォアボールを出さない試合が続いたんだと思います。それは自信もあると思いますけど、やっぱりキャッチャーのサインをどれだけ理解して、ボールを投げ込めるかっていうのが一番だと思います。『ここは真っすぐでファウルを取れるな』とか、『このバッター、自分の真っすぐに対して反応が悪いな』とか、そういう投げながらの感覚ですよね」

 今シーズンの奥川は3月28日の初登板から、常に10日前後の間隔を空けながら登板。それでもチーム2位タイの17試合に先発して9勝4敗、防御率3.35の好成績を残している。17試合中12試合がQSで、QS率70.6%はチームトップと、内容的にも申し分なかった。

「もともと力はあるんですけど、その力を発揮しやすい環境にチームが置いているっていうのも絶対ありますよね。本来なら中6日で使いたいところを、しっかり中10日(前後)を守る。そこはチームの思いと彼の気持ちが一致するかしないかっていうのも、シーズンを通して戦っていく上でけっこう左右したと思います。その辺は監督、コーチも含めてしっかりとコミュニケーションが取れて、彼も自分に何が必要かというのをしっかり分かった上で、毎試合毎試合、集中して臨めていたんじゃないかなと思います」

 奥川は普段は笑顔を絶やさず、物静かな印象の青年である。だが、その内面には強いものを秘めていると、五十嵐氏は指摘する。

「自分が野球でいかに結果を残すかということに対しての集中力であったり、向き合い方っていうのは、やっぱり強いものを感じます。それ以外のところではすごく穏やかですけど、マウンドに立っている姿を見ると、意志の強さであったり、負けん気の強さっていうのを感じます。表の顔からは見受けられないですけど、気持ちの強さは間違いなく持っています」

 マジック4で迎えた10月19日の阪神戦(甲子園)では、今季最短の3回2/3でKOされてしまったが、それも糧にしてさらに成長していくことだろう。ヤクルト6年ぶりVの立役者の1人になった20歳の若者は、これから迎えるクライマックスシリーズ、そしてその先に見据える日本シリーズでも、間違いなく投のキーマンになりそうだ。

※文中の今季データは10/27現在
(了)

菊田康彦

著者プロフィール 菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。