プロコーチの流れについていけなかった

 1921年(大正10年)の第2回大会から箱根路に参戦してきた東農大。最後に本戦出場を果たしたのは第90回大会(14年)で、チームとしては8年連続の不出場となる。

 筆者は東農大OBで大学1年時に第72回大会(96年)の箱根駅伝を走った。10区を任されて総合8位のゴールに飛び込んでいる。しかし、この頃から母校の“崩壊”が始まっていたように思う。翌年、東農大は総合15位(最下位)に終わり、その後は6年間も箱根駅伝に出場することができなかったのだ。

 筆者が大学に入学する頃、帝京大はモスクワ五輪5000・10000m代表の喜多秀樹監督を、拓大はソウル五輪5000m・10000m日本代表の米重修一監督を招聘。駒大は大八木弘明監督(当時はコーチ)を指揮官に迎えた。実業団でバリバリ活躍したキャリアを持つ“プロコーチ”がフルタイムで指導するようになり、箱根駅伝のレベルが急上昇していく。東農大はその流れについていけなかった。

 それでも第80回大会(04年)に日体大OBで旭化成出身の前田直樹監督のもと7年ぶりに本戦復帰すると、第84回大会(08年)からは7年連続出場。第86回大会(10年)では14年ぶりのシード権獲得となる5位に入っている。それが最後の“花火”だった。

 前田監督が退任したときには、主力数人がついていくかたちで他大学に移り、東農大の戦力は低下。その後、東農大OBである2人が監督を務めるも、浮上のきっかけをつかむことができなかった。現在は東農大OBで1991年東京世界選手権の男子マラソン代表である小指徹監督がチームを必死で立て直している。

チームの将来性はある、ただ…

 今回の箱根駅伝予選会は過去ワーストの18位に終わったが、チームの将来性を考えると、今後の期待は大きい。今年は2年生が中心で、予選会のチーム上位10人に4年生はいなかったからだ。高槻芳照(2年)が個人14位、 並木寧音(2年)が同28位に食い込んでいる。2人は11月13日の日体大長距離競技会10000mでも快走。並木が28分20秒49、高槻が28分22秒69をマークしている。

 とはいえ、予選会突破をめぐる戦いは甘いものではない。予選会の8~12位(駿河台大、専大、国士大、拓大、大東大)はケニア人留学生を有するチーム。同13~15位の筑波大、上武大、城西大は直近3年間で本戦出場経験がある。16位の立教大は学生駅伝で活躍した上野裕一郎駅伝監督が就任して3年目。今回の出走メンバーに3・4年生は1人だけだった。17位の流経大にも強力なケニア人留学生がいる。

 東農大が第99回大会の箱根駅伝に出場するには、上記のようなライバルを最低でも8校は“ゴボウ抜き”しなければいけない。

 東農大は東京都世田谷区にキャンパスがあり、箱根駅伝を目指すチームのなかでは比較的都心部にある。オールウエザーの400mトラックを完備しているだけでなく、近くにはクロカン練習ができる砧公園もある。しかし、箱根路から遠ざかり、陸上部の寮は老朽化。待遇面を含めて、他の強豪校と比べて見劣りする部分は小さくない。

大学の体育会が低迷する一方、人気が上昇する付属校

 一方で、大学の志願者数は箱根駅伝の不出場に関係なく、高い人気を誇っている。2021年志願者数ランキングは私立大学で33位、志願者数は22187人だった(※大学通信調べ)。

 最近は附属高校も注目を浴びている。週刊誌の報道では、皇位継承第2位の立場にある秋篠宮悠仁さまの進学先候補のひとつとして、東京農業大学第一高校、通称「農大一」が浮上しているという。

 農大一は外部受験をする生徒も多く、附属の東農大だけでなく、国立大や難関私立大などにも多くの進学者を出している。年々偏差値は上がっており、現在の偏差値は65(※みんなの高校情報)。都内私立校のなかでも上位校となっている。

 ほかの附属高校としては群馬県高崎市の農大二と埼玉県東松山市の農大三がある。

 農大二は野球、ラグビー、陸上競技のスポーツ強豪校として有名だ。全国高校駅伝(男子)には昨年まで29回の出場を果たしているが、全国トップクラスの選手が東農大に進学するケースはほとんどない。昨年は石田洸介が男子5000mで13分34秒74の高校記録(当時)を樹立するも、東洋大に進学した。

 農大三も近年は男子長距離が強い。東農大に進学する選手は少なくないが、エース級は他の大学に進学することが多い印象だ。

 近年の箱根駅伝を見ていると、陸上部だけの頑張りでは太刀打ちできない領域に来ている。筆者が学生時代、同じようなレベルにいた東洋大は大躍進したが、東農大は大きく置いていかれた。大学側が陸上部にどれだけ“投資”したのか。それが大きな分かれ目になったように思う。

 東洋大の陸上部はこの20年で寮が2度も新しくなっているが、東農大は筆者が在籍時から変わっていない(当時も古かった!)。近年、大躍進を続けている東京国際大などの施設と比べても、大きな開きがある。東農大陸上部は学内の「強化指定」に入っているが、中途半端な支援しかできていないように感じているのだ。

 伝統のある野球部とサッカー部、相撲部も陸上部と同様にかつてのような活躍ができていない。東都大学野球連盟の創設から加盟している野球部は2部リーグが主戦場ながら、1部に昇格することもあった。しかし、1993年秋季リーグを最後に1部から遠ざかり、2003年春季リーグで初めて3部降格。2019年秋季リーグでも16年ぶりに3部降格となった(現在は2部リーグに所属中)。

 大正12年に創部されたサッカー部は現在60歳前後のOBに元日本代表やJリーグの監督経験者が多い。だが現在の所属は東京都大学サッカーリーグ1部。関東大学サッカーリーグ2部昇格を目標に戦っている。

 スポーツで大学の存在をPRする必要がなくなったことが弱体化の原因かもしれない。

やっぱり見たい!箱根駅伝での「大根踊り」

 一方、「大根踊り」で有名な全学応援団だけは健在のようだ。コロナ禍前は各地のイベントに引っ張りだこで、土日は1年先まで予約でびっしりというくらいだった。応援団としても、箱根路は一年で最大の見せ場だっただけに、現在の状況はさみしさを感じているだろう。

 いちOBとして東農大の“箱根復帰”を期待せずにはいられない。そのためには陸上部が努力するだけでなく、大学側もこれまで以上の“サポート”をしていく必要があるだろう。大正、昭和、平成とつないできた伝統の“松葉緑の襷”を令和の時代でも誇らしげに揺らしてほしい。それは多くの大学OBが願っていることだ。東洋大にできて、東農大にできないことはない。筆者は本気でそう思っている。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。