井岡といえば、この年末戦も10度目になる。TBSの大みそか格闘技中継でこれだけ長く主役を務めるだけでもすごいことだが、今年はとくに紆余曲折があった。試合の発表まで済ませていた王座統一戦が12月に入ってキャンセルとなり、急きょ別の対戦者を迎えることになった。

 もともとはIBF(国際ボクシング連盟)のジェルウィン・アンカハス(フィリピン)とチャンピオン対決のはずだった。しかしオミクロン株拡大により外国人の新規入国が原則禁止され、このカードは延期に。コロナの感染対策ならば仕方がない、アンカハス戦がなくなり年末のイベントも消滅と思ったところ、政府の水際対策の影響を受けない日本人挑戦者を立てて開催されることになった。待望の統一戦がお預けとなって一時は戸惑った井岡だが、「一番は試合をしたい」と実戦の機会を最優先したのだった。

代役は型枠大工のハードパンチャー

 対戦相手に選ばれたのは福永亮次(角海老宝石)。日本、地域王座そしてWBOランキングを持つタイトル挑戦有資格者で、1月15日に予定していた試合に備えて調整中のタイミングであることも都合がよかった。急ごしらえのタイトルマッチだが、見どころはある。

 ひとつは福永が強打者であること。プロ戦績は15勝4敗。勝ち星のうち14試合をKOで決めているサウスポーのハードパンチャーで、必然的に試合のキーポイントはいかに井岡に当てられるかになる。直近の試合は大苦戦の判定勝利だったものの、これを経験としてとらえれば貴重な一戦だった。長いラウンドの戦い方を学ぶ機会となったからだ。

 馬力と強打は15歳から続けている型枠大工の仕事のおかげだと、福永本人が言っている。挑戦者のバックグラウンド・ストーリーも今度の試合を彩るものである。

 中学卒業後、大工として働き始めた。ボクシングのグローブを握ったのは25歳と遅い。当時は朝まで飲んでケンカして、仕事に行くだけの生活。なめられたくない、という思いで近くのジムに入門した。

 プロ受験を勧められ、27歳になる直前にプロデビュー、30歳で新人王。連敗して限界を感じ、一度はジムから遠ざかった。移籍して再びリングに立ち、初の王座に就いたのが33歳だった。今回井岡から世界タイトルを奪えば、35歳4ヵ月で日本人男子ボクサーの最年長初奪取記録となるのだが、“ボクサー年齢”が若いこともあって福永にロートル感はまったくない。

 アンカハスの代役で世界挑戦の話が舞い込んで「夢かと思った」という。1年前、井岡が田中恒成(畑中)とタイトルマッチを行っているちょうどその時間は仕事をしていた。いまは独立して一人親方として働き、収入はファイトマネーよりも多い。今回も年内は仕事を入れていたため、井岡挑戦のオファーを受けてまず行ったのは取引先への連絡だった。その調整がついて夢の舞台に立つ気持ちが固まった。

番狂わせを虎視眈々と狙う

 半月ばかり次戦の日が早まるうえに対戦相手の難易度が格段に上がった福永は、一日二部練習の急ピッチで仕上げている。準備期間は短いものの、気合の入りようは相当。「この試合に人生をかける。人生最大のチャンス」「向こうは調整試合ぐらいに思っているでしょうけど、全部つかみ取る」「大みそかに倒して勝てばめっちゃヒーロー」。パンチ力と野心を持ち、ハングリー――ドラマチックな番狂わせに欠かせない要素を福永も備えている。

 ただし、挑むチャンピオンが井岡というのは分が悪い。こちらも前戦は優位を予想されたメキシカンとの試合で意外な苦闘を強いられた。井岡ほどの名選手をして「ボクシングは甘くない」と気を引き締めなおしたところだ。「(アンカハスと)お互いこれに勝って統一戦を実現させたい」と井岡は語っているが、先を見て足元をすくわれるようなタイプでもない。「もう(福永との試合を)やると決めた。それに尽きる」。モチベーションうんぬんが懸念されるチャンピオンではない。

 さて大みそかのリングで見るのは現実か、ドラマか。


VictorySportsNews編集部