1972年大会以来2度目の開催を目指す札幌市が3月に実施した住民アンケートでは、郵送調査で賛成派がわずかに過半数を超えたが、反対派が38・2%に上った。IOCは札幌市の開催能力を高く評価しているが、最大のネックとして地元支持率の動向を注視している。地元では公表されている開催経費に対する不安が根強い。「なぜ五輪開催が必要なのか」。札幌市や日本オリンピック委員会(JOC)はこの単純な問いに対し、開催決定後に多くの混乱を招いた昨夏の東京五輪・パラリンピックと同じ轍を踏まないためにも、積極的な情報公開を通じて不信感を払拭していくことが求められている。

 50年前にアジア初の冬季五輪開催をきっかけに地下鉄や地下街などの都市基盤の整備を進めた札幌市は、2度目の開催を契機に「持続可能なまちづくり」として老朽化した施設などインフラの再整備につなげたいという思惑がある。今月10日には招致の機運醸成を高めるために発足させた全国組織「プロモーション委員会」の初会合を開き、会長に就任した札幌商工会議所の岩田圭剛会頭は「オールジャパン態勢が構築されたことを大変心強く感じている。全国の機運醸成につながるメッセージをつくってまいりたい」と挨拶。委員会は官民合同で形成され、委員には政財界の有力者ほか、ノルディックスキー・ジャンプ男子で1998年長野五輪団体金メダルの原田雅彦氏やスピードスケート女子の岡崎朋美さんらスポーツ界からもそうそうたる名前が並ぶ。共生社会の実現や「持続可能な開発目標(SDGs)」への寄与など具体性に乏しい開催意義について、目指す大会の姿や開催メリットをしっかりと国民に明示し、支持拡大につなげるのが狙いだ。

 開催地決定のプロセスは、昨夏の東京五輪・パラリンピック開催が決定した時とは大きく異なる。当時は複数の立候補都市がIOC総会でプレゼンテーションしてIOC委員が投票する方式だったが、最近では高額な開催地負担を理由として立候補都市が減少しており、IOCは19年に選定の仕組みを変更。開催地の決定は原則7年前としていた規定を撤廃し、候補地と個別に対話しながら、有力都市を早めに一本釣りできる方法に刷新した。新方式で32年夏季五輪の開催地に決まったブリスベン(オーストラリア)は21年2月の理事会で最優先候補地に選ばれ、同年7月の総会で承認。30年大会はこの方式で決まる初の冬季五輪となる。

 30年招致では、スペインがバルセロナを含むカタルーニャとアラゴンの共催で初開催に意欲を示しているが、札幌市の対抗馬と目されているのが、米ソルトレークシティーとカナダのバンクーバーだ。どちらも過去に冬季五輪を開催した実績があり、札幌市同様に既存施設の活用で開催経費を抑え、環境負荷を減らすとアピールしている。大きな違いは世論調査での地元支持率が高い点だ。ただ東京五輪のマラソン・競歩会場だった札幌市はIOCに運営能力を評価され、有力視されている。10日の初会合で渡辺守成IOC委員は「札幌市が立候補地の中では非常に優位な立場にある」との認識を示した上で「札幌五輪が本当に実現するかどうかは、この1点、市民の支持率に懸かっている」と指摘した。

 3月の住民アンケートで浮き彫りとなった反対理由は開催経費負担への懸念だ。札幌市は大会運営経費を2000~2200億円、施設整備費800億円で最大3000億円と見積もり、市の実質負担は450億円としている。しかし、昨夏の東京五輪・パラリンピック大会では、経費が招致時に見込んだ7340億円からほぼ2倍の1兆4530億円近くに膨れあがったという現実を国民は目の当たりとしている。「本当に計画通りの金額でおさまるのか」との疑念は簡単にはぬぐえない。実際、スピードスケートは「帯広の森屋内スピードスケート場」を利用することを計画しているが、観客席はわずか1000席。あるスケート関係者は「建て替えや増設しなければ、とても五輪規模の大会開催は現実的ではない」と語る。

 東京大会でのトラウマが、国民の脳裏に大きく刻まれている。疑念をどう丹念にぬぐっていくのか。「プロモーション委員会」の初会合を終え、日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長は「大会開催の意義、東京2020大会でのネガティブなイメージ、不信感、不安感というところに関しても丁寧に説明しながらご理解いただく、そういう場をもっともっと増やしていかないといけない。国民の皆さまに不信感を持たれないような形でちゃんと説明責任を尽くして進めていくことが大事だろうと強く認識している」と話し、IOC委員の太田雄貴氏も「いきなりこう決まりましたと渡されても人の感情っていうのはそんなシンプルなものではない。ガラス張りでしっかりとプロセスを見せることが非常に重要」と厳しい表情で言ったが、年内には開催地が事実上決定することを踏まえると、残された時間はわずかだ。


VictorySportsNews編集部