国際オリンピック委員会(IOC)のインターネットメディア「五輪チャンネル」がアイスショーの開幕前に「羽生結弦がリンクに戻ってくる!」との見出しで記事を配信。フィギュア界にとどまらない注目度を改めて感じさせられた。
「ファンタジー・オン・アイス」は新型コロナウイルス禍で3年ぶりの開催となった。ため込んできた鬱憤をはき出すかのように羽生はオープニングから全開。いきなり4回転トーループを線が細く美しい空中姿勢で軽やかに決めると、ハビエル・フェルナンデス、ジェフリー・バトル、ステファン・ランビエルら羽生ともゆかりの深い出演者らの先頭に立ってシンガー・ソングライター、スガシカオの「午後のパレード」の生演奏に乗せ、時に歌詞を口ずさみながら全身を使った切れ味鋭い動きで観客の心を一気にわしづかみにした。その後、約3時間10分の公演の大トリとして再び登場すると、スガシカオが歌う「Real Face」の激しい曲調に合わせて体を操り、エンディングでは4回転トーループからのトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を鮮やかに着氷させ、右足首のけがの影響を感じさせなかった。
94年ぶりの五輪3連覇が懸かった北京五輪では、ショートプログラム(SP)で予定した4回転サルコーが1回転になる痛恨のミスが出て8位と出遅れ、フリー前日にはクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)の練習で古傷の右足首を捻挫する緊急事態に。患部は腫れ上がり「普通の試合だったら棄権していた」との状況だったが、痛み止め注射を打ってリンクに立つと、前人未到のクワッドアクセルに果敢に挑んだ。回転不足となって転倒したが、五輪の舞台でどんな窮地に立たされても意志を貫く、その生きざまはファンのみならず多くの人の心を打った。
フィギュア界の歴史を変え続けてきた男が追い求めるもの
「限界への挑戦」をモットーにフィギュア界の歴史を変え続けてきた。そんな男が平昌五輪で2連覇後、新たに掲げた目標が子どもの頃からの夢だった4回転半習得だった。公式戦で誰も決めたことのない超大技。その練習はまさに熾烈を極めた。世界一美しいトリプルアクセルを跳ぶ羽生をもってしても軸が作れない。「何回も何回も体を打ち付けて本当に死にに行くようなジャンプ」を「毎回、頭を打って脳振とうで倒れて死んじゃうんじゃないかと思いながら練習していた」。それでもコーチのいない仙台のリンクでただ1人、試行錯誤を繰り返して理想像を求め続けた。
考え得る全てのことをこなし、力の限りを出し切った北京五輪でのフリー後「あれが僕の全て。誇れるアクセル」と充実感ものぞく表情で言い切った。そして、報道陣の興味は今後のキャリアへ。2月20日のエキシビション終了後、そのことについて聞かれると「(大会かアイスショーか)フィールドは問わないって自分の中では思っています」と話し出し、こう続けた。「こうやってたくさん見ていただける羽生結弦のスケートっていうものをちゃんと自分自身、もっともっと納得できるような形にしていきたい。もっともっと皆さんが見たいって思ってもらえるような演技をしていきたい」。
冒頭に記したように公演初日に進退について意思表明することはなかったが、今回の「ファンタジー・オン・アイス」は羽生のこれからの未来につながる一歩となる。観客の視線を一身に集め、その思いを余すことなく全身で表現する姿は、さらなる至高を求める王者の立ち振る舞いそのものだったからだ。「壁の先には壁しかない。人間というのはそういうもの。課題を克服しても人間は欲深いからまた超えようと思う」。これは、ソチ五輪で金メダルを獲得した翌シーズン、中国杯で練習中に他の選手と激突するアクシデントも乗り越え、全日本選手権3連覇を果たした際の言葉だ。この言葉どおり、挑戦し続けてきた羽生はどんな答えを出すのか。
羽生が6月26日の千秋楽(静岡・エコパアリーナ)まで全12公演を走り抜けた頃、例年通りであれば、来季のグランプリ・シリーズのエントリーが発表される時期となる。