錦織も伊達も期待する第一生命相娯園のレッドクレーコート

 第一生命相娯園テニスコートは、長年、全国小学生テニス選手権大会(以下、全小)の舞台として親しまれ、多くの小学生がプレーをしてきた。その中には錦織も含まれていて、小学6年生の時に2001年大会の男子シングルスで優勝しており、当時を懐かしそうに振り返る。

「全小で優勝以来20年ぶりにここに戻って来ました。僕は結構忘れやすいタイプなのですが、この場所は、最初の優勝ということもあってすごく思い出深いです。コートの色が全くガラッと変わり、またここでいろんな戦いが見られるのを楽しみにしています。日本で、クレーの練習や試合ができるのは、なかなか今までなかったと思うので、ぜひいろんな方にこれからプレーしてもらいたいですね。ハードやオムニ(砂入り人工芝)では経験できないことが、このクレーではできると思うので。子供たちには、まず全小を目指してやってもらいたい」

 リニューアルされたレッドクレーは、テニス4大メジャーであるグランドスラムの一つ、ローランギャロス(全仏オープン)の会場で使用されているコートと同じ仕様だ。日本では、ナショナルトレーニングセンターに、屋内のレッドクレーコートが2面あるが、今回完成した4面は屋外仕様で日本初となる。日本に新しくレッドクレーコートが完成したことを伊達は歓迎している。

「これからの時代、本当に赤土でやっていくことの大切さを強く感じている。赤土でプレーしていると、空間認識が備わってきて、どうやって相手をコートの外に出して、オープンスペースを作るのかが見えてくる。小さい時から始めれば、なおのことで、必ず一人ひとりの力になると感じています。ここで全小が行われるのは、本当に子供たちにとって貴重な機会になる。どれだけ赤土でそういう意識を持って練習の日々を過ごせるかによって、大きく日本のテニス界も変わっていくのではないかなと強く感じています」

問われる日本テニス協会の手腕

 全仏と同じレッドクレーに変更する計画はいつから始まったのだろうか。第一生命・不動産部の辰巳仁氏によると、「2019年の年末頃に、日本テニス協会(以下JTA)から打診があった」という。「クレーコートの堀起こしを定期的に行っていましたが、ちょうど次の改修をどうするか考えていた時期だったので、どうせ工事をするのであれば、レッドクレー化にいっそ踏み切るかという形で話を進めることになりました」。

 第一生命は、1983年から全小を特別協賛し、大会会場として相娯園テニスコートを提供し続けておりJTAとは縁があった。

「世界に通用する選手の育成をするには、ジュニアの頃からの強化が重要。その主旨に(第一生命として)賛同しました。これまで第一生命が全小でやってきたことをより発展させるような取り組みになるのではないか」(辰巳氏、以下同)

 折しも2022年は、JTA創立100周年、第一生命創業120周年、両者節目を迎えていたが、このタイミングも計画推進の後押しになった。

 もともとJTAは、フランステニス連盟(FFT)と2016年9月にテニス協力覚書を締結していたが、2019年9月からさらに3年間延長して2022年9月3日までとしている。協力内容には、東京とパリのナショナルトレーニングセンターでのジュニア選手合同合宿などが盛り込まれている。

 JTAとFFTとの協力関係を知っていた第一生命は、次世代テニス選手の育成と強化推進に賛同し、日本テニスのさらなる振興に向けて、JTAとの相互共創協定を締結した。多くの日本人選手が、レッドクレーでなかなか良い成績を出せず課題にしていることが、JTAと利害が合致した要因だったのだろう。

「全小はクレーコートで行うこだわりがあります。より品質の高いコートを提供していきたい。小学生からジュニア、そしてプロで活躍する選手を育成できる場として作っていきたい」

 2020年にJTAとのレッドクレー化に関する検討を進め始め、2021年に工事内容やJTAとの協定内容を詰めていき、8月に協定締結に至った。10月に工事着工。フランスから赤土(レンガの粉)をはじめ材料を輸入したが、物流関係で納入は遅れたものの、改修工事の全体スケジュールを見直すことによっておおむね工事は予定どおり進められて2022年3月に完成した。

 日本では屋外初となる全仏仕様と同じレッドクレーコートの施工には、ナショナルトレーニングセンターの屋内レッドクレーコートを施工した日本体育施設株式会社が入った。JTAからFFTにサポートの依頼をして、ローランギャロスを施工した技術者とWeb会議をしたり、施工の手順を動画で送って見てもらってからコメントをもらったりした。

「ヨーロッパおよびフランスと違って雨の多い日本のような天候の事例が無くて、未知数で、わからないところだらけというのが正直なところでした」

 今後、コートの日常的なメンテナンスは、第一生命の関連グループ会社である第一生命チャレンジド株式会社が管理し、定期的に日本体育施設の専門業者にも見てもらう。実は、コートの維持管理は、日本のクレーコートより手がかからないという。

「ただ、雨が多い日本なので、読めない部分もあり、これから実際にいろいろな環境下にコートがさらされた時に、その都度アジャストしていく必要があります。FFTの技術者から、メンテナンスについていろいろ話を聞き、散水などフランスのやり方をまずやってみて、日本の気候にもアジャストできればと考えます」

 レッドクレーコートの使用にはJTAの枠が設けられ、月曜日から水曜日の9時30分から21時まで、月曜と火曜に4面、水曜に2面を貸し出す。利用できる選手は、JTAが決めており、4月や5月には、日中中心で多くのプロ選手による利用があった。

 第一生命とJTAの協定には、全小のさらなるブランド化も盛り込まれているが、現段階でどんなプランがあるのだろうか。

「全小は、今年第40回になりますが、大会の前後に地域のイベントとして、地域住民をレッドクレーコートにお招きしてテニスに触れ合える取り組みもしたい。大会の認知度を上げて盛り上げていきたいです」

 レッドクレーコートには、動画配信ができるような通信関係のインフラが整っており、色々な媒体を通じて、幅広く大会を発信していくことが検討されている。また、各都道府県の全小予選大会にも、第一生命が関与して盛り上げられないか、JTAと意見交換をしている。

 将来的には、ジュニアあるいは一般レベルの国際大会を誘致するビジョンもある。

「できれば誘致していきたい。現時点で、この大会をというのがあるわけではないですが、国際大会を誘致するためコートの仕様を国際レベルに対応できるようにしていますので、より幅広くいろんな大会に使っていただきたい」

 第一生命は、テニスの普及と同時に社会貢献として、地域住民のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上を実現することも目指している。第一生命が中心となった「SETAGAYA Qs-GARDEN」というまちづくりプランがあり、公園の整備は、2021年9月に完了。野球場は人工芝化をして2022年1月からオープン。近隣の日本女子体育大学と世田谷区に貸しているが、区民も使用できる。そして、ファミリー向け分譲マンション、学生向け住宅、サービス付き高齢者向け住宅は順次整備されて、まちびらきは2023年3月を予定している。

 レッドクレー化も、このまちづくりプランに含まれており、QOL向上の一翼を担っていく。

「テニスを通じて、体を動かす、いろんな人に実際やっていただくことで、QOL向上につながっていくのではないか。初心者がいきなりテニスをするのはハードルが高い部分がありますので、『テニス プレー&ステイ』、『テニピン』をテニスへの導入として、いろんな地域の方々に知っていただいて、広めていきたいですね。そういったことを通じて、地域住民のQOL向上を実現させたい。テニスの普及にもつながっていくと思われるので、(地域住民のQOL向上と)両立できていくのではないでしょうか」

 「テニス プレー&ステイ」は、通常よりも遅いボール、短いラケット、小さいテニスコートを使用することで、簡単にラリーができ、テニスを楽しみやすいプログラムだ。「テニピン」は、ハンドラケットを使用する子供向けのプログラムで、遊びの延長のように気軽にボールを打つことができる。

 ちなみに、現段階で地域住民の一般テニス愛好者が、レッドクレーコートをレンタルしてプレーできるチャンスはないが、愛好者からプレーしてみたいという声が寄せられており、イベントという形で楽しんでもらう機会を設ける可能性はある。

 東京2020オリンピック&パラリンピックが終了して、スポーツから離れていく企業があり、さらにコロナ禍も重なって、企業の生き残りがより厳しさを増し、長年スポーツに携わり続けることは容易ではなくなっている。そんな中で、第一生命による長年のサポートと新たな取り組みへの姿勢は、なかなか真似できることではないだろう。第一生命として、日本テニス界の未来に何を望み、何が実現されれば良いと考えているのだろうか。

「テニスのプレーを通じて、幅広い年齢の方々に興味を持ってもらって、ウェルビーイング(肉体的、精神的、社会的すべてが満たされた状態)、健康向上、心と体を豊かにしていくことへつながっていけばいいですね。特に、ジュニア、子供たちに興味を持ってもらって、次世代で活躍してもらうことにつながっていけば。また、日本でのレッドクレーコート普及のきっかけなっていければ、よりテニス界も盛り上がっていくのではなないでしょうか」

 2024年パリオリンピック&パラリンピックでは、テニスと車いすテニスが、ローランギャロスで開催され、当然コートサーフェスはレッドクレーになる。

「毎年全仏はありますが、オリンピックによって、レッドクレーコートを初めて目にする人が増えてくるかもしれない」

 レッドクレーコートの日本での認知向上と同時に、次世代選手が、全仏と同じテニスコートでプレーすることによって意識を高く持ちながら将来的にプロでの活躍につなげる。それらの一助になれればと願う第一生命。これらの実現には、協定パートナーであるJTAの手腕が、今後問われていくのは言うまでもない。

 6月13日付の世界ランキングでは、日本男子選手の名前がトップ100から消滅し、日本女子選手では、大坂なおみ(43位)と土居美咲(99位)しかいないという厳しい局面を日本テニス界は迎えている。ジュニアを含めて日本テニス選手の実力向上は急務であり、実力を上げるには多くの日本選手が抱えるレッドクレーへの苦手克服は重要な要素になってくる。早期改善するには、レッドクレーの戦いを熟知していて、適切かつ熱意ある育成と指導ができ、そして実績のある外国人コーチの招致も必要になってくるだろう。

 果たして、第一生命という企業が取り組むテニスコートのレッドクレー化を、JTAは福音にできるだろうか。再び世界のトップレベルで活躍できる日本選手を世に多く送り出し、日本選手の層を厚くして、日本テニス界の実力を底上げすることが求められる。そして、普及面では日本テニスのすそ野をさらに広げていけるかも大切だ。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。