番付の合理性

相撲協会は力士らが感染した場合に、拡大防止策として生活拠点が一緒の部屋関係者全員を休場とする措置を取っている。第7波が角界にも押し寄せた名古屋場所では実に13部屋、174人が新型コロナ関連で休場した。特に話題になったのが大関御嶽海。初のかど番で6日目まで2勝4敗となった後、部屋に新型コロナ感染者が出た影響で7日目から休場した。新型コロナ関連では夏場所まで、事前に感染が判明して全休するパターンで、翌場所の番付は特例的に据え置かれるか1枚程度の降下となってきた。全世界的なウイルス感染症の影響によるためで、濃厚接触者を含めて不可抗力による休場を余儀なくされるためだ。

名古屋場所では初めて、新型コロナ感染者に伴って途中休場者が出て、御嶽海もその一人となった。それまでの原則に従えば、番付据え置きの可能性が十分にあると世間に思われたことで、ネット上などでは「ふがいない成績だから関脇に落とすべき」「大関陥落は当然だ」などの声が相次いだ。確かに本来の力を発揮できないような取り口が散見され、千秋楽まで出続けていても負け越すことは考えられた。果たして途中までの成績で判断していいのか。

答えはいみじくも、もう1人のかど番だった正代が示した。序盤戦の5日目まで1勝4敗と黒星先行。内容的にも低調ぶりが目立っていただけに、大関陥落は避けられなさそうな流れだったが、6日目の大栄翔戦では別人のようになって力強さがよみがえって勝利。これを皮切りに7連勝して一気に勝ち越し、最終的には10勝5敗だった。このようにいくら途中まで元気がなくても何かのきっかけで好転し、勝ち越すことは珍しくない。勝ち越しあるいは負け越しが決まる前の成績で番付の上げ下げを判断するのは不適切で、現在の番付編成の運用には一定の合理性があるといえる。

当事者の意識

周囲の声においては、負け越しそうになると、番付を落とされないために意図に新型コロナに感染しようとする力士も出てくるのではという意見も見聞きした。主流のオミクロン株が重症化しにくいと考えられてきたゆえか。しかし、相撲を取っている当事者たちの意識は深刻だ。ある30代の関取は「一度かかってコロナの抗体ができた方がいいという考えもあるみたいですが、そうは思いません。高熱に苦しんだり、味覚や嗅覚の障害や息苦しさとか後遺症に悩んだりする方々のことを報道で知っています。普段の稽古にも大いに影響が出ますし、やっぱり感染しないのが一番です」と熱弁した。

現在の第7波では感染者が6月下旬から増加に転じ、死者も7月下旬から急速に増えていった。米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によると、8月20日の時点で、日本の感染者数の多さで世界10位に上がった。同23日には国内の新型コロナウイルス感染症による死者が343人報告され、第6波だった2月22日の327人を超えて過去最多となった。医療従事者の方々の苦労を含めて抜き差しならない状況であることは明白で、「わざとかかって番付を落とされないですむ」のような発想はナンセンスだろう。

そこにある大切さ

場所後の8月には巡業が再開した。新型コロナ禍に突入した2020年以降、全て取りやめになっており約2年8カ月ぶりの開催となった。巡業は本場所が行われない場所でも、全国津々浦々を巡って人々と交流する場。各地の子どもたちが関取衆に挑んでいく企画は各地で盛り上がり、そのちびっ子たちが将来的に力士になる可能性もある。競技普及の面でも欠かせず、本場所と両輪になって角界を支えてきた。

財政面でも貴重で、本場所と合わせて事業収益の増額に貢献してきた。2003年からは「勧進元」と呼ばれる興行主に権利を販売する「売り興行」に変更。決算書をひもとくと、例えば2015年度には巡業の日数が増えて興行契約金が約2億円増加した。翌年は年間75日間も開催したことによって契約金が7500万円もアップなど、右肩上がりだった。20年以降できなかったことは収入の面でも大きな痛手だった。

5日間開催された今回、以前とは随分違った様子だった。朝の稽古で申し合いに参加しない力士や、相撲を取る前の力士たちは土俵下で、マスクを着用しながら四股やすり足などの運動を行った。握手会や赤ちゃん抱っこなど接触する企画は取りやめとなり、写真撮影会や質問コーナーなどのイベントに変わった。

大相撲の歴史を多方面から研究した「叱られ、愛され、大相撲!」(胎中千鶴著)には次のような考察がある。「歴史をたぐってもうひとつわかったのは、この一〇〇年間、大相撲はいつもそこに『あった』ということである。(中略)ファンはもちろんのこと、普段は関心のない人たちでさえも、年六回の本場所をまるで年中行事のように自然に受け止めているではないか」。コロナ禍で形態は違えど、巡業によって人々に身近に国技を感じてもらえたこと自体に大きな意味がある。

様変わり

関係者によると、夏場所後から両国国技館は集中的に改修工事が行われ、しばらくは他のイベントへの貸し出しもしなかった。JR両国駅側の一角には「大型ビジョン」がお目見えし、9月1日から情報サービスを開始する。本場所開催時には取組速報の他、現役力士の紹介や協会の秘蔵映像などを公開。CM枠を販売して広告スポンサーも募るという。また、館内には野球場の「VIP席」のような「プレミアムシート」を新設し、今後稼働させていく予定という。建物周辺も夏を過ぎて部分的に様変わりしそうだ。

他の国内スポーツ同様、依然として新型コロナの影響をぬぐい去れない中での秋場所開催。中心はやはり、力士が相まみえる土俵にある。変わらぬ感染対策が必要であることは言わずもがなで、名古屋場所の時のように場所中に感染者が判明した場合の措置に変更はあるのか。またも目が離せない15日間になりそうだ。

VictorySportsNews編集部

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