大会の名称は『SBCドリームテニスツアー』。特別協賛は、湘南美容クリニック。日本国内の男女共催賞金大会で、その名の通り“ツアー”の形式を取っている。年に複数回開催される“ツアーラウンド”に出た選手は、戦績に応じてポイントを獲得可能。その獲得ポイントで決まる“SBCランキング”上位選手が、年末開催の“ファイナル”ステージに出場できる。

 また、通常のプロ大会がトーナメント方式で一週間かけて行われるのに対し、同イベントは2日間の開催。初日がラウンドロビン(リーグ戦)、二日目がノックアウト方式となる。また1試合に要する時間(ゲーム数)を短縮し、各選手は1日2試合を戦うのも特徴だ。

 ただそれら斬新なフォーマット以上に、日本の選手たちを色めき立たせたのは、賞金額の高さである。昨年は2回開催された“ツアーラウンド”の優勝賞金は、男女各100万円。準優勝は50万となり、総額は男女それぞれ560万円だ。さらに“ツアーファイナル”では、その額は大きく跳ねあがる。優勝者は1,000万円を手にし、準優勝は300万円。総額は男女各3,260万円に及んだ。

 ちなみに、“ツアーファイナル”に出場した日本ナンバー1選手の西岡良仁は、昨年ATPツアー250カテゴリーの韓国オープンで優勝している。その際の賞金は170,035USドル(約2,200万円)で、準優勝が99,185ドル(約1,300万円)。ツアー準優勝とほぼ同等の賞金額は、国内大会のそれとしては破格だ。なお同大会の出場条件は、JTA(日本テニス協会)登録者。大学生や高校生も出場可能だが、賞金を受け取れるのは、プロ登録している選手のみとなっている。

 この『SBCドリームテニスツアー』の発起人にして“ツアー代表”を務めるのは、SBCメディカルグループ総括院長の、相川佳之氏である。同氏がこの規格外のイベントを立ち上げたのは、「テニス界への恩返し」だと言った。

「私は大学から硬式テニスを始めて、大学の医学部のテニス部に入りました。毎日テニスに打ち込み、医学部のテニス大会で優勝したことで、自己肯定感がすごく上がったんです。練習の継続が結果につながったため、いろんなことに自信を持てるようになったんですね」

 それら精神面の変化に加え、医師として欠かせない「体力や集中力」、さらに「創造力」も培われたと相川氏は述懐する。

「テニスは体力と集中力、頭脳をすべて使います。ビジネスについて考える力もついたし、今の自分があるのはテニスのお陰だと思うんです」

 だからこそ、50歳を超え「若者への貢献活動に入る年齢かな」と感じた時、「テニス選手の助けになりたい」と思ったのも、ごく自然な流れだった。

 具体的に何ができるかと考えた時、選択肢はいくつかあったという。例えば、実業団のチームを作ること。あるいは、元ソニーUSA社長の盛田正明氏のように、テニス基金を作ること。それら思索の末に相川氏が至った結論が、「テニス大会を作ること」だった。

 既存の大会ではなく、独自の大会を立ち上げた理由は、「大きく3つある」と相川氏は言う。

「一つは、遠征費となる賞金を選手に手にしてもらうこと。二つ目は、もっともっとテニスファンが増える活動をしたいということ。日本ではテニスは”やる”スポーツであって、”見る”スポーツではない印象が大きいと思うんですが、見る人を増やしたい。そしてもう一つは、選手にスポンサーがつく機会を設けること。そのために、大会と“プロアマテニス”をセットにしました」

 その3点を、個々に見ていってみよう。

 まずは一つ目の「賞金」。テニスの世界ランキングを上げるためには、世界各地で開催される多くの大会に出場する必要があり、そのためには元手が掛かる。手にした賞金を元手に、世界へと羽ばたいて欲しいというのが相川氏の願いだ。

 二つ目の「ファンの増加」は、大会や試合のエンターテインメント性を高めることで、実現していきたいという。

「私は格闘技イベントのメインスポンサーにもなっているんですが、格闘技は試合前に、5~10分の選手の紹介ムービーが流れるんですね。それを見ることでファンは感情移入し、初めて見る格闘家の試合も面白く見られるんです。ああいう仕組みを、テニス界にも持ってこられないかと思っているんです」

 確かに興行イベントとしては、一対一の対戦構造ということもあり、格闘技とテニスは互換性が高いかもしれない。そのビジョンを、相川氏は次のように語った。

「恐らく、選手がなぜテニスを選んだか、どういう想いや境遇で頑張っているのかというストーリーが、ファンを作ると思うんです。ですから、そういうストーリーを動画やパンフレットで伝えることで、選手個々のファンを増やしていきたいと考えています」

 そして三つ目の、「選手にとってのスポンサー獲得の場」。これは、「ゴルフ大会のプロアマイベントに着想を得た」という。「ゴルフでは、企業経営者と選手が大会前に一緒にゴルフをして、そこで顔見知りになることが多いんです。テニスでも、そういう場を少しずつ増やしていけたらと思っています」と相川氏。実際に選手たちも「“プロアマイベント”でペアを組んだ方が、友人を誘って応援に来てくれました」と言った。そのような人脈から、新たな縁が生まれることもあるだろう。

 最後に、昨年のツアーファイナル優勝者について触れておきたい。

 男子の優勝者は、23歳の清水悠太。ジュニア時代から世界の舞台で活躍し、将来を嘱望されたサウスポーだ。だが身長163㎝と小柄なこともあり、プロ転向後の最高ランキングは313位。まだグランドスラムの予選等には出られていない。賞金の使い道は「半分は貯金」と笑ったが、彼にとって賞金以上に大きかったのは、決勝で尊敬する西岡良仁と戦えたことかもしれない。自身と同じく小兵でサウスポーの西岡と戦うことにより、なぜ西岡が世界の33位まで行けたかを肌身で感じられたはずだ。

 女子の優勝者の桑田寛子は、32歳のベテラン。最高で世界の150位に達したランキングは、現在は449位に落ちている。この4年ほどは「テニスを変えようと思い、迷いがあった」。長い試行錯誤をくり返し、最終的に「以前のようにラケットをしっかり振り抜き攻めよう」と心を決めたという。その矢先につかんだ優勝と賞金は、自身を信じる根拠になっただろう。再び上のステージで戦うべく、年が改まって早々、タイへの遠征に出ている。

 昨年、手探りの中で立ち上がったこの大会では、「やりたいと思いながらも、作り込みが十分ではなかった」点も多々あったと相川氏は振り返る。選手たちとも幾度も話し合いの席を持ち、そこから得たフィードバックを反映して、今年も同大会は開催予定だ。

 相川氏の願いと狙いは、『SBCドリームテニスツアー』によって実現するのか?その成果を知るには、少なくとも今年一年は見ていく必要ありそうだ。


内田暁

6年間の編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスとして活動し始める。2008年頃からテニスを中心に取材。その他にも科学や、アニメ、漫画など幅広いジャンルで執筆する。著書に『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)、『中高生のスポーツハローワーク』(学研プラス)など。