ともあれ、他の欧州の大都市のようにベルリンでも、チャンピオンスリーグのような華やかな舞台で自分たちのクラブが戦うのを見てみたい、と夢見たのがラース・ウィンドホーストだった。ウィンドホーストは1990年代、ドイツが再統一したばかりの時代に若き天才企業家として台頭し、「テナー・ホールディング」という投資会社を通して2019年から2022年までの3年間に3億7400万ユーロをヘルタに注入した。しかしヘルタのクラブ幹部らとの軋轢と内部闘争がひどく、チームの強化もうまく行かずに人件費は膨張。毎年残留争いを続けて、瞬く間に3億7400万ユーロは消えてしまった。ウィンドホーストが役員として連れてきたユルゲン・クリンスマンが2020年の残留争いの真っ只中に監督に就任するも、6週間後には自らFacebookで辞任を発表したのは、ヘルタの混乱ぶりを示す一つのエピソードでしかなかった。ベルリンの地元紙では次から次へとスキャンダルのネタがつきず、もう呆れて言葉もないくらいだった。ということで、ウィンドホーストが掲げた「ビック・シティ・クラブ」構想は揶揄の対象としかならなかった。

そのウィンドホーストが『777パートナーズ』に株式を譲渡し、ヘルタは3月11日、同社を新株主として発表した。ウィンドホーストに支払われたのは1億2000万ユーロと報じられており、同社は当面、段階的に計1億ユーロの投資を行うことになっている。はじめの3000万ユーロは既に赤字を補填するために使われたが、これがなかったら、ヘルタは来季ブンデスリーガで戦うライセンスすら危うかったという。

グループによる恩恵

777パートナーズというのは、ジョシュ・ワンダーらが創立した米国マイアミに置くプライベート・エクイティ・ファームであり、航空分野など、世界60以上の企業に投資を行っている。サッカーでも近年、ラ・リーガのセビージャ、セリエAのジェノア、ベルギーのリエージュ、フランスのレッドスター、ブラジルのヴァスコ・ダ・ガマ、オーストラリアのメルボルン・ビクトリーに出資して注目を集めてきた。ヘルタはそのポートフォリオの7つ目のクラブとしてグループに加わったことになる。ちなみに8つ目はイングランドのエヴァートンになると言われている。

こういったサッカークラブのグループは他にも、マンチェスターシティやメルボルン・シティFC、ニューヨーク・シティFCなどのシティー・フットボール・グループ、ザルツブルクやライプツィヒのレッドブルグループなど、他にもある。777パートナーズのフットボールグループ責任者は、シティ・フットボール・グループ構築に携わった英国人のドン・ドランスフィールド。スポーツディレクターはホッフェンハイムの元ビデオアナリストでRBライプツィヒとHSVのチーフスカウトを務めたヨハネス・スポースである。これらのグループ内では経営や育成のノウハウやスカウティング・分析の共有、選手たちの行き交いが活発になるため、ヘルタとしてもそれらの面で恩恵を受けられることを期待しているようだ。

ブンデスリーガでは「50プラス1」というルールがあり、例えば英国やフランスのように、一人の投資家が完全にクラブを買収してオーナーになることはできない。バイエル製薬の100%子会社であるレーヴァークーゼンやフォルクスワーゲンの子会社であるウォルフスブルクは例外的に認められている。ホッフェンハイムの場合は、SAP創始者であるディートマー・ホップが、自分の持株を全てクラブに譲渡することになっており、RBライプツィヒの場合はレッドブルの資金ではあるが発言権は50%以下にすることで、ルールに抵触しないようにしている。777パートナーズも、持株は78.8%ではあるが、全ての株に発言権があるわけではないため、認められるということらしい(DFL(ドイツサッカーリーグ機構)はライセンス申請書類を審査中)。

ヘルタの会長カイ・ベルンシュタイン(42)は13日の記者会見で、「今日は、ビック・シティー・クラブというラベルと近年の誇大妄想を葬る、非常に良い日だ」と語った。ウィンドホーストに対する皮肉であり、もっと謙虚になろうというサインではある。しかし777パートナーズの目指すところは、将来的にヘルタで金を儲けることである。まずは借金を返済してヘルタの経営を健全化し、中長期的には利益を得る。黒字を出すようになった場合にはその収益の95%が777パートナーズに、残り5%がクラブに入る契約になっているという報道もある。

ファンの反応

777パートナーズは、投資するクラブを選ぶ際には伝統があり、ファン・ベースとのつながりが強いことも選考条件になっていることを強調している。さていったい、ヘルタのファンたちはこれからどういった反応を見せるのか。ドイツのサポーターたちは、例えばホッフェンハイムやRBライプツィヒなどのクラブや、「資本家」というものに強い拒否反応を見せる傾向がある。その点で期待されているのは、ベルンシュタイン会長が熱狂的なサポーターグループの出身で(それを強調するように同氏はいつもジャージの上着を着ている)、ファンたちとの密な関係を生かして、うまく間に立ってくれることである。

しかし21日には、777パートナーズはサウジアラビアで資金を募っているというニュースが入ってきた。2021年に英国プレミアリーグのニューカッセルを買収したサウジアラビアの政府系ファウンド、PIFと話をしているというのだ。ヘルタは777パートナーズとの契約を結ぶ上で、疑わしい投資家の金は受け入れないと言っている。そして2022年のW杯カタール大会に向けられたドイツのファンたちの疑いの目、いやそれどころか拒否反応を見ると、一悶着が起きてもおかしくないかもしれない。サウジアラビアも、その政治体制や国際関係上の立ち位置などの理由で、ドイツでは批判的に見られているからである。

現在ヘルタは、勝点21で16位と、例年と変わらない残留競争を続けている。そして街の東の方では、自分達よりもずっと小規模で予算も限られたチーム、ウニオン・ベルリンが、昨季は欧州カンフェレンスリーグ、今季はヨーロッパリーグを戦い(16強でベルギーのサンジロワーズ相手に敗退)、リーグ戦では現在、来季チャンピオンスリーグ出場権を意味する3位につけている。そしてその新鮮さと旧東ドイツ時代から続く熱いサポーターの伝統も手伝って、全国区でも応援されるクラブになっているのだから、ヘルタとしての心境は複雑だろう。まずはどうにか1部残留を決めて、少しずつ再生していくしかない。新しいパートナーを得たことで、来季以降のチームの刷新と強化戦略がどんなものになるのかに、注目したい。


VictorySportsNews編集部