東北楽天ゴールデンイーグルスの石井一久監督と三木肇二軍監督に、千葉ロッテマリーンズの吉井理人監督。コーチでは福岡ソフトバンクホークスの吉本亮、寺原隼人、埼玉西武ライオンズの鬼﨑裕司、楽天の雄平、川島慶三、田中雅彦、北海道日本ハムファイターズの代田健紀、横浜DeNAベイスターズの相川亮二、田中浩康、阪神タイガースの馬場敏史、藤本敦士、野村克則、広島の福地寿樹といったところが、在籍期間の長短はあれど、現役時代にヤクルトでプレーした経験を持つ。

 また、どちらかといえば元日本ハムという意味合いが強そうだが、今春に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で指揮を執った栗山英樹監督も、前回2019年のプレミア12や2021年の東京五輪で侍ジャパンを率いた稲葉篤紀監督(現日本ハムGM)も、かつては選手としてヤクルトに在籍したOBである。

またWBCで栗山監督を支えた城石憲之コーチ(現在はスワローズの二軍コーチ)は、引退後、日本ハムでのコーチ経験があり、2015年のプレミア12や2017年のWBCで小久保裕紀監督を支えたスコアラーには、志田宗大(現巨人スコアラー)が登用されるなど、監督を支えるポジションとしても起用が光る。

 グラウンド外では、1990年代のヤクルト黄金時代の主力選手であった古田敦也氏、真中満氏、宮本慎也氏らがテレビの野球中継で解説者として活躍。2020年にヤクルトで現役を引退した五十嵐亮太氏は民放各局で解説者を務め、ワイドショーのコメンテーターとしても頻繁に登場しており、昨年まで籍を置いた坂口智隆氏や、在籍期間は短いが内川聖一氏も引退後もメディアで活躍をしている。
解説者のメンバーがスワローズと関係値も強いフジサンケイグループのフジテレビやサンケイスポーツなどで活躍しているというわけでもなく、古田氏はテレビ朝日、宮本氏はNHK、五十嵐氏に限っては全ての民放局で活躍をしている。

 少し大げさかもしれないがヤクルトのOBが球界を“席捲”しているとも言えそうだが、なぜ「燕ブランド」がもてはやされるのか? 1つには1990年から9年間チームを率いた野村克也元監督の影響がありそうだ。

「僕自身、野村克也監督の影響を多分に受けているのは間違いないと改めて感じた。日本・アメリカ・韓国・台湾でプレーしたが、戦略・戦術的な発想という意味では、『野村野球』が根っこにある。ヤクルトのスタッフの中にも、野村イズムに触れた指導者が多いので、話が通じるのが早いし、他球団で経験を積んだ指導者と話すと、考え方の違いが際立って面白い。こうして、監督の考え方が次の世代へと受け継がれていくのだと思う」

 ヤクルトの髙津監督は、一軍監督就任前に著した『二軍監督の仕事 育てるためなら負けてもいい』(光文社新書)にそう記している。同じように、現役時代に野村監督の下でプレーした前述の石井、吉井両監督、三木二軍監督、さらに古田氏、真中氏、宮本氏らもそのベースに「野村イズム」があるのは間違いないだろう。

 しかも、野村元監督の“教え”は野球に関するものだけではない。これも先述の五十嵐氏が「野村さんの考え方とか指導ですよね。『野球を取ったときに何も残らないような人間にはなるな』っていう」と話しているように、ヤクルト時代の教え子たちは名物とも言われたミーティングで、しっかりとした「人間教育」も受けてきた。

 もちろん先に名前を挙げたヤクルトOBが、みんな野村元監督の教え子というわけではない。五十嵐氏にしても入団はヤクルトでの野村監督のラストイヤーとなった1998年であり、1年目は一軍で登板する機会もなかったため“教え”を受けることはほとんどなかったという。そんな五十嵐氏も含め、直接の教え子ではなかったOBまでもが野村元監督の影響を受けているのはなぜなのか? 五十嵐氏が言う。

「僕は古田さんから聞いてきました。野球に関してもそうなんですけど、たとえば『自分たちは一野球選手ではあるんだけど、1人の人間としてどうかっていうところも大切だ』とかね。メディアの方に対しての受け答えもそうだし、自分たちがやったことをしっかりとしたメッセージで伝える力とか、そういうところも教えてもらったと思います」

「ID野球」という言葉に象徴される野球観に、「野球選手である前に、1人の社会人たれ」という人間教育。野村元監督は今から四半世紀前にヤクルトのユニフォームを脱ぎ、3年前にはこの世を去ったが、その“教え”は脈々と受け継がれている。それは野村元監督の退団後に入団した選手たちにも大きな財産となり、指導者や解説者などの立場になっても生かされているに違いない。

「そう考えるといろんな人が影響を受けているのは間違いないと思います。そこに色が加わったりだとか、良い味付けもされていると思いますけどね。僕は髙津さんと一緒に食事する機会が多くて可愛がってもらってたんですけど、そういう先輩との受け答えだったり普段の会話だったり、そういうところからも(野村元監督の教えを)学んだ気がします」

 野村元監督はヤクルトの監督に就任する前は南海(現福岡ソフトバンク)ホークスでプレーイングマネジャーを務め、ヤクルト退団後は阪神、楽天でも指揮を執った。その中でも最も長く采配を振ったのは9年間に及んだヤクルト時代であり、この間に4度のリーグ優勝、3度の日本一に輝いている。

 自身の監督人生でも、まさに絶頂期にヤクルトの選手たちに伝えた「ノムラの教え」。それを直接受けた髙津監督と、そこに「良い味付け」をされながら継承してきた選手たちが、セ・リーグ3連覇に向けてここからどのように反撃していくのか──それも今後のペナントレースの見どころの1つだ。


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。