崩したローテーション

 霧島は従来、地味な存在ながら着実に地力を蓄えてきた。夏場所ではプレッシャーのかかる中で11勝し、直近3場所で合計34勝と昇進目安の33勝を上回った。熱心な稽古に加え、冷静な取り口も強さの一因。もともとモンゴルの遊牧民だったという出自で、穏やかな性格の素顔が各メディアで紹介された。ただ看板力士になるほどに、当然のことながら狙い澄ましたターゲットを仕留めるしたたかさも秘めている。

 象徴的だったのが、人生を大きく変えた3月の春場所千秋楽。1差で追っていた大栄翔を本割、決定戦で連破した。裏には周到な準備があった。所属する陸奥部屋関係者によると、日ごとに交代していた付け人のローテーションを千秋楽に崩した。当日、突き、押しが得意な幕下大日堂を入れた。出番前の支度部屋では大日堂に当たらせ、大栄翔戦のシミュレーションを繰り返して徹底的に対策。相手の攻めをしのいで突き落とし、逆転優勝につなげた。

 これまで大関に昇進したモンゴル出身力士は朝青龍を皮切りに5人いて、全員がのちに最高位を射止めている。霧島が成長した一つの要因は、2019年9月に部屋へ転籍してきた鶴竜親方(元横綱)の存在。同じモンゴル出身の兄弟子は温厚な人柄でも知られており、霧島は相撲の取り口はもちろん、食事面を含めた体づくりについてもアドバイスを授かってきた。場所後の6月3日、鶴竜親方の断髪式には、晴れて看板力士として参加。親方の最後の横綱土俵入りでは太刀持ちを務めた。「最高ですね」。これ以上ない恩返しを果たした霧島は口にした。大相撲における番付上昇は一般的なスポーツにおける単なるランクアップではない。一連の儀式を通じ、連綿と続く伝統文化としての一面を色濃く感じさせた。

先人の力説

 場所直前と場所中に外国出身の優勝経験者2人が相次いで現役引退を発表したのも夏場所の特異な事例となった。逸ノ城と元大関の栃ノ心。ともに外国出身で、親方になるために必要な年寄名跡襲名をせずに角界から去ることになったが、好対照な様相を呈していた。

 逸ノ城はモンゴル出身で、くしくも霧島と同様、遊牧民の家庭に育った。腰痛を理由に、夏場所前に突然、両国国技館で引退会見を開いた。3月の春場所では十両優勝し、夏場所では幕内に復帰して活躍を期待されていただけに不自然なタイミングだった。しかも2021年には日本国籍を取得。年寄名跡を襲名して引退後は日本相撲協会に残るための措置で、改名した日本名の姓は師匠の湊親方(元幕内湊富士)と同じ「三浦」を名乗った。しかし、関係者によると最近は親方に反発し、弁護士を通してでしかやりとりしない方針を伝えるなど、師弟関係に亀裂が入っていた。

 191センチ、219キロの巨体を誇り、将来は大関以上も待望された逸材にしては残念な最後。いみじくも、鶴竜親方を入門時から育て上げた故井筒親方(元関脇逆鉾)は生前、力説していた。「モンゴルとか外国から来る子は育った環境、文化が日本とは違うから、新弟子の頃からしっかり教えてあげなきゃいけない。それが父親代わりでもある師匠としての責任なんだ」。改めて、弟子を指導する師匠の大切さが浮き彫りとなった。

 一方、ジョージア出身の栃ノ心は左肩のけがの影響で力が出ず、夏場所は5日目まで5連敗。そして6日目に両国国技館で引退会見を開いた。こちらは日本国籍を取得していないため協会に残らないが、完全燃焼した様子がありあり。「毎場所のようにけがは多かったけど、体をここまで使えたのは幸せです」と満足感すら漂わせた。

好意的なサンクチュアリ

 モンゴル勢とは異なり、欧州出身力士が引退後に親方になる例は少ない。ブルガリア出身の元大関琴欧洲は鳴戸親方として部屋を持っているが、エストニア出身の元大関把瑠都も角界を去っている。ただ夏場所後、栃ノ心の引退と入れ替わるように、ヨーロッパから新たな関取が誕生した。ウクライナ出身の獅司(雷部屋)だ。193センチ、175キロの体格を誇る大器。2020年春場所初土俵で、すぐにでも十両に上がるかと思われたが、新型コロナウイルス禍の影響を受けてきた。入門時から指導していた若藤親方(元幕内皇司。現在は木瀬部屋付き)によると、新型コロナ禍で出稽古に赴く機会がなくなり、伸び盛りの頃に強い稽古相手にもまれることがなかった。それでも最近はがむしゃらさを取り戻して新十両。獅司は母国の戦禍に胸を痛めながら「今、ウクライナは大変です。パパとママを助けるという気持ちで頑張りたいです」と意欲を示した。

 折しも、動画配信大手ネットフリックスで鑑賞できる大相撲を題材にしたドラマ「サンクチュアリ―聖域―」が全世界的にヒットして話題になっている。出演者の風貌や国技館に似た映像表現など迫力ある仕上がり。中には現実離れしている演出や過激な表現もあるが広く視聴者の関心を引いている。この現象を、日本相撲協会幹部は好意的に受け止めている。「ドラマを通して、一人でも多くの方々に相撲に興味を持っていただけるのはありがたい」。夏場所の会場に外国人の観客の姿が目立っていたように、相撲が海外から注目される土壌は底堅い。栃ノ心が幕内優勝した際、ジョージアの大統領や首相らをはじめ同国民全体から祝福を受けたフィーバーぶりを思い返すと、獅司が活躍していけば母国にとっていいニュースになることは想像に難くない。

 次の本場所は7月の名古屋場所で、豊昇龍、大栄翔、若元春の3関脇が同時に大関昇進をかけるという異例の場所。6月には新型コロナの影響で途絶えていた各部屋の地方合宿も次々に再開され、各地の後援者やファンとの触れ合いが戻ってきている。土俵での熱戦を国内外に発信できれば、角界にとっても熱い夏になりそうだ。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事