出身地の妙

 昇進関連では貴景勝と同様、5場所連続三役の関脇大栄翔にも関心が集まる。優勝などの好成績を収めれば、大関昇進の声が出てくる可能性もある。小結だった3月の春場所では霧馬山(現大関霧島)に優勝決定戦の末に敗れたが、その後は関脇として勝ち越しを続け、7月の名古屋場所は9勝、秋場所は10勝した。昇進の目安として直前3場所で合計33勝との数字がメディアなどで取り沙汰されているが、あくまで目安に過ぎない。

 大栄翔は埼玉県朝霞市出身。大相撲では出身地が重視される。番付表にしこ名とともに明示され、序ノ口力士を含め、本場所の土俵に上がるときには必ず故郷の名称がコールされる。今場所、幕内上位に特異な現象が起きた、ともに再小結の阿炎(越谷市)、北勝富士(所沢市)を含め、三役以上に埼玉県出身力士が3人も名を連ねた。同一県の三役3人は2003年九州場所の青森県(若の里、高見盛、岩木山)以来、20年ぶりの出来事。複数の横綱を輩出して相撲どころと呼ばれる青森県に対し、埼玉県出身者の初優勝は2021年初場所の大栄翔まで待たねばならなかった。ただ近年は、大栄翔と北勝富士が巣立った強豪の埼玉栄高出身者が次々に角界入りするなど相撲熱が高まりつつある。

 折しも、埼玉県を題材にして2019年に大ヒットした映画「翔んで埼玉」の続編が11月23日に全国公開される。題して「翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」。告知イベントには出演者とともに同県の大野元裕知事も出席し「映画をきっかけに県の素晴らしさを広めたい」と語り、気合が入っている。千秋楽は11月26日。もし、九州場所で3人のうちの誰かが賜杯を抱くような活躍をすれば、話題性の面で映画との相乗効果が期待できる。

通常化でクローズアップされる元大関

 今年は新型コロナウイルス禍からの本格的な通常化の年といえる。2020年に始まったコロナ禍では部屋間を行き来する出稽古が自粛されてきたが、5月の夏場所の際には、初日約2週間前の番付発表後から初日直前までの期間も解禁された。各巡業も盛況。東京開催場所前恒例の横綱審議委員会による稽古総見は9月の秋場所前に一般に無料公開されて両国国技館のアリーナで開催された。一般公開は2019年秋場所前以来4年ぶりだった。九州場所前には貴景勝も属する二所ノ関一門の連合稽古が2020年2月以来で実施され、関脇琴ノ若や期待の十両大の里らも切磋琢磨した。

 稽古が元通りになって整い、力士の真価が文句なしに問われる状況といえる。そこでクローズアップされるのが元大関で東前頭2枚目の正代。熊本県出身で、九州場所では熱狂的な声援を受ける。2020年秋場所後に大関へ昇進したものの、在位は13場所。今年初場所で関脇に転落してしまった。原因の一つに挙げられたのが稽古環境。〝三年先の稽古〟という言葉があるように、鍛錬に即効性は薄く、蓄積されて実になるとされる。正代の所属する時津風部屋には以前、横綱の白鵬や鶴竜をはじめ、大勢の関取衆が場所前に集まっていた。正代は土俵に駆り出されて上位陣の相手を務め、自然と力が伸びていったとの分析があった。しかしコロナ禍が続き、稽古の貯金を使い果たす様相で不安定な成績も目立っていた。

 ただ、秋場所では貴景勝、豊昇龍と2大関撃破で8勝7敗と勝ち越し。貴景勝戦の後には「引くことは考えなかった」と語り、身上の前への圧力も復調してきた。九州場所前は、出稽古に来た霧島や大栄翔らと手合わせするなど順調な調整。上体を高くして当たる立ち合いは以前と変わらないが、前さばきのうまさがよみがえれば、まだまだ健在だ。

求められるメディアの姿勢

 以前の賑わいが戻ってきた地方巡業では残念な出来事も発生した。秋巡業中に九重部屋の幕下以下の未成年力士が飲酒したことが発覚。日本相撲協会は10月24日、師匠の九重親方(元大関千代大海)と当該力士を謹慎処分にしたと発表した。この件に関しては、スポーツ紙を中心にさまざまな情報が飛び交った。情報源の違いによって記事のニュアンスが変わり、読者の戸惑いがSNSなどで広まっていた。

 同様の状態で思い出されるのが2017年の九州場所。当時横綱だった日馬富士が秋巡業中に幕内貴ノ岩に暴力を振るったことが明るみに出て、場所後に引責の形で引退した。このとき当初から、一般紙を含めてメディアはこぞって「ビール瓶で殴打」と断定して報じた。かなりセンセーショナルな字面だ。しかし、同席者からは早い段階で「ビール瓶では殴っていない」との証言も出ていた。最終的には警察の捜査などの結果、カラオケのリモコンや素手で殴打したと結論づけられ、ビール瓶で殴った事実は認定されなかった。それゆえにマスコミ各社は誤報といえるが、紙面などで謝罪とともに訂正した文面は見当たらなかった。

 裏付け不足と指摘されても仕方がなく、一方の主張を鵜呑みにする恐ろしさが表出。土俵上の勝負のように、大勢の人たちが見守る中で起きた事象ではないだけに、土俵外の出来事に対しては一層の丁寧な報道が求められることを、九重部屋の一件で想起させられた。

 日馬富士の件から6年が経過し、当然のことながら番付の顔触れも大きく変化した。休場した照ノ富士と同じ伊勢ケ浜部屋に所属し、西前頭8枚目で21歳の熱海富士は秋場所で優勝決定戦に登場し、売り出し中の成長株だ。世代交代の過渡期にある昨今。将来を占う意味でも、場所前の不祥事を吹き飛ばすような若手の躍進も楽しみだ。


VictorySportsNews編集部