福薗好文に戻った日

 錣山親方は〝井筒3兄弟〟の末っ子。甘いマスクに筋肉質な体格で、39歳まで現役を続けた。引退後は井筒部屋から独立し、東京都江東区に6階建ての部屋を創設。関脇経験者の阿炎や元小結豊真将(現立田川親方)らを育てた。日本相撲協会内では、所属していた時津風一門の枠を超えて貴乃花親方(元横綱)を支援し、2017年に一門を離脱した。翌年、相撲協会の副理事選挙で落選する不遇も経験。最近では本場所の木戸(入場口)担当で、チケットを切る際の親切な声がけや写真撮影への対応などでファンを喜ばせていた。

 2015年ごろから持病の不整脈で本場所を休む状況が出てきた。2年前の九州場所で阿炎が幕内初優勝したときも休場。晩年は病魔との闘いで体の線も細くなっていた。入院中に「俺は何とか頑張って治療しています」とのメールをもらったが、早すぎる逝去だった。

 ただ、3兄弟の末っ子としての立場に戻った際、明るい表情はやはり印象的だった。例えば2022年6月19日。実兄の元井筒親方(元関脇逆鉾)の長女、清香さんと十両志摩ノ海の挙式披露宴が開かれた。錣山親方は姪の晴れやかな場で終始、2019年に亡くなった兄の遺影を抱えていた。式の前に「今日は兄貴の代役だから」とうれしそうにウインク。

 その言葉通り、式中は清香さんの父親代わりのように新郎新婦と一緒に各テーブルを回って挨拶していた。出席者の祝辞や余興などではことあるごとに遺影を高々と掲げ、天国の兄に祝福を届けている様子だった。

 披露宴の2カ月前の4月16日、老朽化していた東京都墨田区の旧井筒部屋がマンションに建て替えられ、竣工式が催された。1階部分に将来、稽古場にできるようなスペース、2階には大部屋が確保された。上層部は一般住居用。式に駆け付けた錣山親方は「ここは母方の祖父母、両親、先代井筒や(先代夫人の)杏里さんも住み、これからは清香ちゃんや志摩ノ海も住んでくれてうれしい。1階も昔の部屋と全く同じ造りでびっくり」と感慨に浸った。建物の名称「T・Fフラット」の「T」は、母方の名字でもある「寺尾」に由来。井筒部屋で力士たちが鍛錬を積んだてっぽう柱も保管されている。通算出場1795回は史上4位。旅立ってもなお、「角界の鉄人」の存在感、息づかいは至るところで受け継がれていく。

元鶴竜が期待される理由

 その井筒部屋に入門した元横綱鶴竜が昨年12月27日に年寄「音羽山」を継承、襲名し、陸奥部屋から独立するニュースも駆け巡った。横綱経験者には引退後5年、しこ名のまま親方として相撲協会に残れる資格がある。陸奥親方(元大関霧島)が4月に65歳の定年を控えるのを前に部屋の今後に絡み、鶴竜親方の動向にも関心が集まっていた。無事に名跡を継承、襲名し、東京スカイツリーから徒歩圏内の墨田区向島に部屋を構えた。着実に歩んだ力士時代同様、「少しずつやっていきたいですね」と謙虚に意気込みを語った。

 力士の中には将来のことを考えて早くから年寄名跡の手配について準備するパターンも少なくない。しかし、関係者によると、音羽山親方は現役時代に名跡の取得などについてさほど画策してこなかったという。本人が周囲に明かしたところでは、現役中に名跡のめどがつくといつでも辞めることができ、力士として駄目になってしまうかもしれないとの思いがあったから、との主旨の説明だった。横綱として退路を断って力士人生を全うする心構えで、真摯な姿勢が垣間見える。事情を伝え聞いた相撲協会幹部は「ある意味で、すごく真面目だ」と評価した。

 それ以外にも、現役時代を鑑みて今後の指導力に期待が膨らむエピソードがある。師匠だった元関脇逆鉾の井筒親方死去に伴い、井筒部屋から陸奥部屋に移籍した後のこと。ぶつかり稽古で幕下以下に胸を出していたところ、若手が少しおう吐してしまった。それでも向かっていこうとした当該力士に対し、横綱鶴竜は嫌な顔一つせず、そのまま当たりを受け止めて稽古をつけ続けた。この若手は「普通、吐いた後にぶつかられるのは嫌じゃないですか。でも横綱は平然とした表情で、何事もなかったかのように胸を出していただけました。ありがたかったですし、やっぱりすごいなと思いました」と感服していた。厳しさの中の愛情。思いは今後、自身の弟子たちに伝わっていくに違いない。

師匠定年と霧島の恩返し

 初場所の一番の見どころは大関霧島の綱とり。陸奥部屋では、音羽山親方から体のつくり方を含めて強くしてもらった縁がある。昨年11月場所の九州場所では13勝2敗で2度目の優勝。その後も鍛錬を怠らず、初日に備えている。部屋付きで、成長ぶりを見てきた立田山親方(元幕内薩洲洋)は証言する。「昔から、こちらが言わなくても自分から稽古をしていた。部屋で一番強いやつが一番稽古をしているという感じ」と認める。師匠の陸奥親方は春場所後に定年を迎えるため、部屋を持てなくなる。「陸奥部屋」の名称がなくなり、力士たちは移籍する可能性もある。師匠からしこ名を譲り受けた霧島。現在の部屋に在籍中に大願を成就させれば、これ以上ない恩返しとなる。

 番付掲載の力士数が600人を切ったことは、昨年12月25日の初場所番付発表時に公になった。初場所は599人で、1979年春場所以来45年ぶりの500人台となった。少子化に加え、2020年以降の新型コロナウイルス禍に伴う行動制限により、スカウト活動に支障が出ていたと漏らす親方衆は少なくない。相撲協会は新弟子検査の体格基準を事実上撤廃して門戸を広げるなど策を講じている。

 体の小さな新弟子が増える可能性もあるが、音羽山親方の存在は一つの見本になりそうだ。力士を志してモンゴルから来日したが細身。師匠だった元井筒親方は床山志望と間違えたほどだ。しかし、継続的に鍛えて最高位に君臨。音羽山親方はこう表現していた。「自分の体が全てを表している」。努力次第で出世できることを、体つきが何よりも証明している。

 初場所では他にも関脇琴ノ若の大関昇進挑戦や、自己最高位の西前頭筆頭に上がった21歳の熱海富士、23歳で新入幕の大の里ら若手の奮闘も楽しみ。錣山親方に育てられた西前頭2枚目の阿炎も熱い視線を浴び、能登半島地震の被災地出身力士たちは、いつも以上に故郷を背負っての土俵になるだろう。前売りチケットは早くも完売。見どころ満載の土俵を前に、場所開催を知らせる触れ太鼓があと少しで鳴り響く。


高村収

1973年生まれ。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事