兄弟子が見た素顔と絆

 千秋楽、土俵そばで行われた優勝インタビューでの言葉が印象的だった。豊昇龍は誰に喜びを伝えたいかと問われると「最初に親方に、その後に叔父さんに言いたい」と笑み。館内は温かい雰囲気に包まれた。角界という特別な世界において、日常の根幹をなすのは親方と弟子の師弟関係。他のプロスポーツとは違い、入門時から衣食住を共にし、相撲の技量だけではなく人間性の面も指導もする。力士がよく師匠のことを「おやじ」と表現するように、まさに父親代わり。慕う気持ちが希薄になると、相撲へ取り組む意識に影響する怖れもある。

 こうした類いの質問で、近年は師匠の名前が最初の方に出てこない場合もあるが、豊昇龍はいの一番に立浪親方(元小結旭豊)の存在を口にした。それだけ、良好な関係がうかがえる。同親方は昇進に「いい弟子を持ちました。うれしいの一言」と愛弟子を褒めた。

 もともとの生活習慣が日本と違うため、外国出身力士に礼儀作法や角界のしきたりなどを教えるのは時間を要しやすい。豊昇龍にとって一つの節目となったのが4年前の名古屋場所だった。西幕下2枚目で、3勝3敗から14日目に敗れて初土俵以来初めての負け越し。新十両の夢も破れた。そのときを述懐するのが、立浪部屋の兄弟子だった元十両飛天龍の持丸貴信さん。持丸さんによると、豊昇龍はショックのあまり相当落ち込み、最初は千秋楽パーティーの準備を手伝おうとしなかったという。豊昇龍や現幕内の明生らに胸を出し、弟弟子の面倒を見ていた持丸さんは明かした。「ちゃんとやらなきゃ駄目だよと注意しました。いろいろと教えていくには若い頃が肝心。そのとき素直に忠告を聞いていましたよ」。

 叔父の元朝青龍は暴行問題の責任を取って引退を余儀なくされた。番付面で順調に出世していった豊昇龍。ゆくゆくは関取になると確信していた持丸さんは、あえて元朝青龍が辞めたときのことに触れた。すると豊昇龍はこう言い切った。「叔父さんは叔父さん、僕は僕です。僕はそういうことはしないです」。自らに言い聞かせる姿勢が今につながっている。

ポイントになる大関時代

 勢いに乗り、叔父と同じ最高位に駆け上がれるか。大関時代の進化がますます重要になってくる。朝青龍は身長約185センチ、体重も140キロ台と大柄ではなかったが、抜群のスピードや強靱な足腰、そして負けん気の強さを武器に巨漢をもなぎ倒していった。大関をわずか3場所で通過。最後の2場所は連続して14勝1敗で優勝し、第68代横綱になった。

 バランスのいい体つきで節々が太く、特に秀逸だったのはふくらはぎから足首にかけての充実具合。遠くからでも後ろ姿であの足首が目に入るだけで朝青龍と分かるほどの立派さで、史上4位となる優勝25度を支えた。大関時代の成長ぶりを、高砂部屋の兄弟子だった元一ノ矢の松田哲博さんは次のように説明した。「関脇の頃までは結構無駄な動きもあり、筋肉や運動神経に頼った相撲を取っていました。(中略)それが大関に上がる頃にそういう動きの無駄が消え、筋肉が厚くなってきたんです」(『日本の身体』内田樹著)。当時を境に、四股も重力を利用したきれいな動作に変わったといい、好成績とリンクしていった。

 豊昇龍にとって名門立浪部屋の大先輩には、横綱双葉山がいる。現在でも不滅の69連勝を誇り、堂々たる立ち振る舞いから「不世出」と形容される第35代横綱だ。双葉山の大関時代はわずか2場所。69連勝のまっただ中で2場所連続の全勝優勝と文句なしの昇進だった。力士が急成長を遂げて大化けする際、体も大きくなることがよく見受けられる。双葉山は1935年から1937年にかけて約20キロ太ったとするデータがある。年齢的には22歳から25歳。小結から平幕に戻った後、一気に大関となって横綱昇進を決めた時期と重なり、強さの礎を築き上げた。現在24歳の豊昇龍は188センチ、142キロ。「ここで終わるわけではない。次に向けて頑張りたい」と横綱への意欲を語る。綱を張るには、伸びる時期に稽古に裏打ちされた体の強化も必要となる。

朝青龍時代の再現か、それとも…

 名古屋場所では31歳の横綱照ノ富士が腰痛で途中休場し、大関貴景勝は両膝のけがで全休。大関霧島も肋骨のけがで昇進場所を初日から休んだ。途中から出場する気概を示したものの負け越し、9月の秋場所はかど番となった。いずれも不安を抱える状況。現時点で最も勢いのあるのが新大関だとすると、将来的に豊昇龍の一人横綱となる可能性もあり得る。この場合、朝青龍が頂点に君臨していく状況に近くなりそうだ。朝青龍は2003年初場所後に横綱へ昇進したが、同じ場所の最中に横綱貴乃花が引退。さらに同年九州場所では横綱武蔵丸が土俵を去った。4年後に白鵬が昇進するまで朝青龍は1人で最高位を務めていた。

 土俵の活性化という意味で、豊昇龍に続く人材が上がってくることが望まれる。名古屋場所では萌芽があった。まず挙げられるのが伯桜鵬。19歳の新入幕として臨み、前への圧力、勝負どころを押さえた巧みな技で元大関の高安や優勝経験者の阿炎らを撃破。千秋楽まで優勝の可能性を残す大活躍で11勝4敗の成績を収め、敢闘賞と技能賞の二つに輝いた。浅香山審判部副部長(元大関魁皇)はこのように評した。「精神的なずぶとさがある。いなしや投げなども鮮やかに決まるということは、タイミングもいいということだ」。鳥取城北高時代に2度高校横綱になった逸材は、元横綱白鵬の宮城野親方の下で鍛錬に励む。幕下15枚目格付け出しの初土俵からわずか4場所目とは思えない取り口は誰もが認めるところだ。

 また名古屋場所での大関とりを逃したが、大栄翔と若元春の両関脇は来場所以降に望みをつなげた。小結琴ノ若は11勝して大関とりの起点をつくった。29歳ではあるが大関経験者の朝乃山は途中休場を挟みながら東前頭4枚目で勝ち越し、大関復帰を狙う。伯桜鵬以外の新入幕、豪ノ山と湘南乃海もそろって10勝して敢闘賞。元アマチュア横綱の大の里らが来場所の新十両となった。世代交代が着実に進む角界。果たして横綱、既存の大関陣の巻き返しは?豊昇龍をはじめ、将来を占う観点からいつも以上に見逃せない場所が続く。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事