なぜ2年連続で来日?

 PSGといえば、世界のサッカーファンで知らない者はいないくらいの有名クラブだ。2011年にカタール・スポーツ・インベストメントに買収されて以降、クラブへの巨額投資が次々と行われ、欧州サッカー界を席巻していった。近年はさらに勢いが増しており、2017年には世界最高のサッカー選手の1人、フランス代表キリアン・エムバペ、同じく2017年にブラジル代表エースのネイマール、2021年にはスーパースター、アルゼンチン代表リオネル・メッシを獲得するなど、世界中をあっと驚かせた。

 メッシは昨シーズン限りでPSGを退団し、米国のインテル・マイアミに移籍したが、スペイン代表を率いたルイス・エンリケ監督の就任が決まり、レアル・マドリーからスペイン代表マルコ・アセンシオやバイエルン・ミュンヘンからフランス代表リュカ・エルナンデスという実力者らを獲得した。また、マジョルカからは韓国代表の注目の若手イ・ガンインの獲得が発表されている。

 今回の来日ツアーも、日本のサッカーファンからの注目度は非常に高い。セバスチャン氏は昨年のツアーでの成功体験が、2年連続での開催に結びついたと説明する。

「昨年のツアーは素晴らしい経験で本当に成功したツアーでしたので、私たちは戻ってきました。昨シーズン同様、今回もチームは最善の方法で次のシーズンに向けて準備することができ、選手たちもベストなコンディションに持っていけるのではないかと思います。それ以上に、日本のファンのPSGに対する情熱にとても感動しました」

 昨年のツアーでは3試合合計で約16万5000人、公開練習にも約1万3000人が集まった。一方で、新シーズンに向けた重要な時期でもあり、日本で強豪と手を合わせられることも大きな要素だったという。

「中東で最も優れたクラブの一つアル・ナスル、そこに所属するクリスティアーノ・ロナウドとの対戦。さらに現在シーズン中であるセレッソ大阪は、フィットネス的に良い対戦相手になると考えています。そして、第3戦の相手、(2022・2023年シーズンの)欧州チャンピオンズリーグのファイナリストであるインテル・ミラノとの対戦。それぞれ異なる戦術、サッカーのプレースタイルを持っている相手であり、チームの準備に役立つのではないかと考えています」

先日の来日記者会見にオンラインで登場するセバスチャン氏

 もちろんサッカーの試合をするためだけに来るわけではない。サッカークリニックやイベント、他にもハンドボールチームやeスポーツチームも日本にやってくる。昨年のPSGの柔道チームしかり、ここぞとばかりにPSGを日本で推していく。

「もちろん、日本は私たちにとってマーケティングの戦略において一つの重要なマーケットです。そのために日本にもオフィスを構えたり、カフェを2店舗(※)開いたり、さまざまな展開を行っています。今後も私たちは、日本でのパートナーシップをどんどん築きあげたい」
(※カフェは2022年に閉店。2018年9月に日本のアパレルブランドと組んで公式ショップをオープン。現在は渋谷と名古屋の2店舗で展開)

サッカーチームとしてのPSGより、「PSG」ブランドそのものを広めたい?

 セバスチャン氏の発言にあるとおり、PSGブランドの日本での展開は昨年のジャパンツアーで大きく注目されたが、それ以前から渋谷でショップを開くなど、着実に日本における足場を築いている。これは日本でジャパンツアーを行う他のビッグクラブとは少し違うところかもしれない。一時的な公式ポップアップストアやイベントは過去にも来日した海外クラブも行っているが、常設の公式ショップはPSGくらいだろう。実際に上手くいっているかは別にして、継続的かつ計画的に日本という市場でPSGブランドを売り込んでいる様に見える。サッカークラブとしてではなく、PSGというブランドそのものを日本で広めていきたいのかもしれない。

「まずPSGがカタール・スポーツ・インベストメントに買収された時から、プロジェクトが始動しています。私たちが作ろうとしているのは、世界中に認知されるスポーツフランチャイズ。なぜこのように展開するのかというと、PSGがパリ市を象徴する唯一のクラブとして、様々なバリュー、ファッションライフスタイル、さらにはグルメなど、いろんな部門で、ブランドとして広めていこうとしていて、それが理由の一つです。一例をあげると、私たちはジョーダンブランドやディオールといった、様々な有名ブランドとパートナーシップを築き、更に若い世代とクリエイトして展開してきました。これらすべて、私たちのPSGとしてのブランドを広げていく理由の一つです」

 極端な見方をすると、PSGがサッカークラブであることを知らなくても、フランス・パリ発のブランドとして知ってもらえるなら良いということだろう。

 余談だが、ハンドボールチームも同時期に来日するのは、PSGが最初から計画を練ったというよりは、結果的に時期がかぶったという表現の方が正しいかもしれない。日本のハンドボールチーム「ジークスター東京」(※)が、昨シーズンまでチームに所属してシーズン後に引退した、フランスハンドボール界の英雄リュック・アバロを通してPSGと接触し交渉したところ、トントン拍子でまとまった。PSG側がサッカーのジャパンツアーとまとめた上で発表したかったのか、公式発表をなかなかしなかったことに、ジークスター東京が焦れて、一足早くPSGハンドボールチームの来日を発表している。
(※元日本代表キャプテンであり、TikTokへの投稿で有名な”レミたん”こと土井レミイ杏利が在籍するハンドボールのプロチーム)

先日行われた「ハンドボールジャパンツアー2023ツアーアンバサダー就任記者会見」

 PSGのハンドボールチームは、国内リーグを何度も制覇している強豪。7月31日にジークスター東京戦、8月2日には日本代表戦(いずれも有明アリーナ)があり、非常に見応えがあるはずだ。

「PSGが日本にさまざまなブランドの要素を持ち込むことに関連しています。日本がとても重要な戦略市場であるからで、私たちはサッカークラブの中でも異なる部門を持つスポーツクラブであり、これらの側面をすべて持っていきたい。サッカーだけではなく、eスポーツやハンドボールでのPSGの挑戦の魂を見せたい」(セバスチャン氏)

 ただ、肝心のサッカークラブとしてのPSGは、今回もベストメンバーをそろえて来日してくれるのだろうか。日本のファンが最も気になるところだろう。セバスチャン氏はこう断言する。

「我々はいつも全てのトッププレイヤー、Aチーム(レギュラー陣)の選手を、日本ツアーに連れてくる。ファンを騙すつもりはありません。プロジェクトがスタートした当初から、常に本気で日本や他国のツアーにも臨んできました。昨年エムバペ、メッシ、ネイマールを連れてきたのと同様に、今年もトッププレイヤーを全員連れて日本に行きます。我々はベストポテンシャルなサッカーをお見せします」

PSGから退団の可能性が噂されているエムバペ&ネイマール

 とはいえ、連日気になるニュースが飛び交っている。7月18日時点、エムバペやネイマールの周辺が騒がしい。まず7月16日にスペインのメディアから、エムバペが8月にレアル・マドリーに電撃移籍するのではないかという報道が出たのだ。

 PSGは今シーズン(2023・2024年シーズン)いっぱいで契約が終了するエムバペに対して、契約延長を望んできていたが、エムバペ側が断ったとされる。現在のサッカービジネスでは、有力選手が契約期間の途中で移籍することで、所属元クラブは億単位の臨時収入を得ることができる。特にエムバペの様な大物選手ともあれば、契約期間中の移籍であれば移籍金が数十億円を軽く超える。だからこそ、PSGは簡単には譲れないのだ。

 エムバペはPSGとの来夏までの契約期間を全うするものの、その後、移籍金が発生しないフリーの状態を望んでいるとされていた。フリーの状態であれば自由に移籍しやすくなり、噂に上がるレアル・マドリーへの加入の障壁も少ない。しかし、PSG側としては数十億円以上の移籍金収入が入る可能性があるので、0円でエムバペを手放すことだけは避けたい。そこで業を煮やしたPSGの経営陣がエムバペ側に最後通牒を突きつけ、期日を設けた契約延長へのサインの回答を迫り、サインしないなら今夏で売却するのではという見方が出ていた。

 この状況に加えて、更にフランスのスポーツメディアでは、PSGが怪我の多い高額年俸のネイマールを今夏に放出するかもしれないという報道が出ている。ネイマールを放出して得た移籍金収入をエムバペの契約延長に回すというもの。あくまで現段階では憶測の域を出ないが、急転直下に事態が動くのがサッカー界。エムバペ、ネイマールが今シーズンもPSGのユニフォームを着続けるのか。

 そもそもエムバペやネイマールが仮にPSGを離れたら、代わりの大物選手を獲得できない限り、PSGのビジネス面、ブランディングへのダメージは大きいだろう。

 万が一、エムバペ、ネイマールのどちらか、あるいは両者共にジャパンツアーに来ないことはありうるのか。ツアーの直前でスター選手の不参加が発表されたら、ファンの失望は大きいだろう。ただ、エムバペもネイマールも、数日後に迫っているジャパンツアーまでに移籍交渉がまとまるかは微妙だろう。ツアー自体には参加して、残留するにしろ移籍するにしろ、ツアーが終わってから発表となる可能性が高い。

 そして、2人のいずれか、または両者とも移籍なら、エムバペとネイマールの2大スーパースターの共演が見られる最後の舞台が日本の可能性もありうる。

 日本で待つファンをハラハラさせているPSG。セバスチャン氏の「トッププレイヤーを全員連れて行く」という言葉を信じて待つのみだ。


大塚淳史

スポーツ報知、中国・上海移住後、日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局に勤務し、帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。スポーツ、芸能、経済など取材。