なんといっても、関西では阪神人気が圧倒的だ。シーズン中もクライマックスシリーズも、ほぼ毎試合地上波で試合がテレビ中継される。ラジオもしかり。オリックスの試合を観ようと思うと、DAZNやCS放送との契約が必要だ。在阪のスポーツ新聞の扱いは言うまでもない。2021年のシーズン中に10連勝し、首位に躍り出たが、この時期阪神の新人佐藤輝が絶好調で1面を奪うことはなかった。オリックスが連覇を飾った昨シーズン、阪神は開幕から9連敗し、大低迷。ところが阪神が低迷すればそれはそれで大事件になるので、オリックスの露出が増えるということには、つながらなかった。

 阪神の本拠地は兵庫県西宮市なのに…、オリックスは大阪市なのに…と嘆いてみても、始まらない。記者の大先輩にこう聞いたことがある。

「タイガースは親会社の名前がよかった。阪神電鉄の中にある阪神という単語に、大阪と神戸という大都市の名前が2つも入っている。そのおかげで大阪の人も神戸の人も勝手に親近感を感じて、オラがチーム、タイガースとして熱烈に応援している。これが阪急電鉄だと企業名になる。これはサッカーでいえば、ロンドンとマンチェスターの真ん中にあるのに、その2大都市をダブルフランチャイズにしているのと同じ。こんなに大きな都市2つをホームにしているプロスポーツチームは、世界でも阪神以外にない」

 阪神の担当記者の数はニューヨーク・ヤンキースよりもサッカーのレアル・マドリード、バルセロナよりも多いと言われている。

 阪神人気は最近の話でなく、長らく続いている。イチローが出現し、シーズン200安打を放った1994年頃、阪神がちょうど暗黒時代でオリックスに注目が集まった時期はあったが、その後低迷期に入り、2005年に近鉄と球団合併。2つのパ・リーグチームが合体し、清原和博の加入など話題はあったが、阪神人気を上回るようなことはなかった。

 オリックスのフロントが考えたのは、独自路線。阪神と張り合うことなく、マーケティングを進めた。その成功例がオリ姫企画。女性ファンを呼び込もうと2015年からスタートし、山本由伸、山崎福也らの加入で盛り上がった。山崎颯一郎に至ってはK-POPアイドルのような人気。イケメン選手を存分に売り出す戦略は当たり、2月のキャンプは明らかにプロ野球ファンとは違う客層が宮崎に押し寄せて、アイドルのコンサート会場の出待ちのような雰囲気になった。なんだか華やかな風景を眺めながら球団職員は「阪神とファン層が違うと思いますよ」と話していた。

 カルビーの特別協賛を取り付け、じゃがいも持参で入場券が優待される「じゃが割」や「オリ男爵」も大好評だった。SNSも駆使し、球団広報らが自ら情報発信。あの手この手で地道にファン拡大に動いた。

 身近で見ていて頭が下がるファン獲得への努力があっても、関西での人気の序列を覆すことは簡単ではない。だが、試合の勝敗となれば別だ。オリックスの選手たちが、関西シリーズを千載一遇のチャンスととらえ、沸々と闘志を燃やしているのは想像に難くない。

 交流戦で対戦するとき「きょうは阪神戦だから全国ネットだよ」と試合前に喜んでいたオリックスの選手に遭遇したことがある。「オフのテレビ出演、イベントの回数や謝礼の額が全然違う」という声や「阪神の育成選手があんなに大きく新聞に載るのに僕は載ったことがない」というレギュラー選手の嘆き声も実際に聞いた。今回のCSも地上波テレビ放送は初戦のMBS(毎日放送)だけだった。人気の阪神と比較すると自虐的になりがちな選手もいるオリックスだが、日本シリーズの舞台で圧倒できれば、面目躍如。留飲を下げることができる。

 実際オリックスのCS優勝会見で阪神に絡めたインタビュアーの質問に対して、中嶋聡監督が塩対応で返していたようなシーンがあった。昨年の日本一は自分たちという自負があるだろう。オリックスファンも何かと阪神との格差に直面することも多かった。阪神ばかり注目される関西対決を望んでいなかったオリックスファンも一定数いる。

 岡田監督は関西全体を覆い尽くす阪神びいきの空気感が危険ということを百も承知なのか、球界最年長監督(65歳)が「こっちは久しぶり(9年ぶり)やし、挑戦する方ちゃうの、立場上な」と最初極めて下手に出ていた。阪神での引退勧告を拒否して、1994年にオリックスに移籍、95年に引退後、コーチ、2軍助監督なども経験した。2010年からは3年間、監督としてオリックスの指揮を執った。阪神とオリックスの人気格差については、誰よりも熟知していると言えるだろう。要らぬ一言がオリックスの怒りを招くかもしれないと警戒しているなら、ことさら殊勝な姿勢は理解できる。と思ったが、翌日岡田監督はオリックスの絶対的エース山本由伸について「由伸そんな怖ないよ。絶対打てへんなんてあるわけないやん」と発言。常に本音、強気の指揮官らしいコメントだが、これを大きく報じられ、伝え聞いた山本の心中はいかに…。

 オリックスは戦力的にもパ・リーグを独走したチームである。関西が阪神一色に染まれば染まるほど、「なにくそ阪神」と選手、コーチ、フロント、ファンがより一丸となるかもしれない。男の嫉妬というのは面倒くさいものであるが、時にものすごいパワーを生むこともある。


大澤謙一郎

サンケイスポーツ文化報道部長(大阪)。1972年、京都市生まれ。アマチュア野球、ダイエー(現ソフトバンク)、阪神担当キャップなどを務め、1999年ダイエー日本一、2002年サッカー日韓W杯、2006年ワールド・ベースボール・クラシック(日本初優勝)、阪神タイガースなどを取材。2019−2021年まで運動部長。2021年10月から文化報道部長。趣味マラソン、サッカー、登山。ラジオ大阪「藤川貴央のニュースでござる」出演。