謎多き怪プロゴルファーの教え とにもかくにもアドレス〔Dispatch 04〕安達葵紬 ゴルフはじめました

握る

「あっ、これ、家にありましたよ」
 休憩中、安達さんがスイング練習用のぐにゃぐにゃシャフトを見つけた。それから、福住さんを見た。期待のまなざし。福住さん、シャフトを受け取り、解説付きで期待に応える。
「じゃあ、さっきまでの流れでやってみます。足元から、順番に調整していきましょう。まず、まっすぐ立ちます。脚もまっすぐ。肩幅よりすこし広く開くので、厳密にはまっすぐじゃありません。左右の脚が同じ角度で、腰を通り抜けて、自分のおへそを頂点にした2等辺三角形になっているイメージです」
 上半身をゆっくり傾ける。
「背中に定規を入れているようなイメージで、背中はなるべくまっすぐに伸ばしたまま、あと頭、というか首ですね。首を曲げずに、腰を前に傾ける。膝を曲げない、というのは、あくまでイメージで、突っ張らないように軽く曲げて……」
 ビュンと振った。あまりに綺麗で、速すぎるスイングに安達さんびっくり。
「ひとまず握ってみましょうか」
 安達さんには、右手の小指を左手に重ねる「オーバーラッピンググリップ」が適しているのだそう。
「それぞれのかたの手のサイズや握力にも左右されるので、自分が握りやすいと感じるグリップから始めてもらえれば大丈夫です。興味があれば、右手の小指と左手の人差し指をからめるインターロッキングや、ベースボール(右手の小指を左手にからめず、10本の指で握る)なども試してみましょう」
 福住さんが、最初にオーバーラッピングを勧めたのには、理由があった。
「クラブを振ると、手から抜けて飛んでいってしまいそうな気がするとおっしゃる初心者のかたは少なくありません。そういう恐怖心があると、思い切って振ることができなくなり、結果的にアドレスが乱れ、距離も出ない。それじゃあ、楽しくありませんよね。
 オーバーラッピングなら右手の小指薬指・左手の人差し指の3本にある程度力を入れておけば、スイングしても抜けることは滅多にないので、心配無用です」
 だが、安達さんがスイングするにはまだ早い。とにもかくにも、まずはアドレスである。

ぶらぶら、ゆらゆら

「アイアンを持って、アドレスをとると、今度は三角形ができますね」
 さっきまでは両腕だらりだったが、アイアンを握ると、肩のラインと両腕で逆三角形ができた。安達さんもやってみる。
「うん、いいですね。そうしたら、握ったアイアンをぶらぶらしてみますか」
 アドレスをとったまま、右に左に、アイアンをぶらぶら動かす。
 安達さんもやってみるが、すこし違う。福住さんのクラブヘッドは一定のリズム、同じ高さまで上がって、ぶらぶら、ゆらゆら。安達さんのクラブヘッドは不規則な動きで、跳ねあがる左右の高さもバラバラ。
「ぶらぶらさせるとき、手首の力には頼らないほうがいいかもしれません。手首の力で動かそうとしちゃうと、肩のラインと両腕の三角形が崩れちゃうんです。こんな具合に」
 福住さんのぶらぶら、ゆらゆら。アイアンが右に振れても、左に振れても、肩のラインと両腕で生み出す逆三角形の形が崩れていない。ぶらぶら。逆三角形も左右に振れて、ゆらゆら。
「力を抜いて下さい。ぶらぶら、ゆらゆら。アイアンのヘッドの重さを感じて、その重みを振り子のように使って、逆三角形をキープ」
 だんだんと、ぶらぶら、ゆらゆらの精度が上がってきた。上から見ると、安達さんの身体とアイアンが平行に。横からみると、右に振れても、左に振れても、ヘッドが上がる高さは同じ。だいたい、腰の位置。

あれと同じ

「遠くへ飛ばそうとするより、何度打っても、まっすぐ同じように球が飛ぶほうが上達への近道です。いくらパワーがあっても、間違った場所に飛んでばかりでは、(球がホールに)入りません。短いショットでも、確実にターゲットに向かっていくほうがいい。あれと同じですね。兎とカメ。ちょっと違うか。蟻とキリギリス……う~ん」
 安達さんが気を遣った。
「急がば回れ?」
「あっ、近いです。そうそう……」
 ついに、福住さんがボールを置いた。ピンはなし。
「何も気にせず、さっきのぶらぶらで打ってみて下さい」
 安達さん、うまく打てない。ボールには当たったが、斜め右に転がる。
「いいんです、いいんです。ぶらぶらだけ意識して打ってみましょう」
 今度は、斜め左。
「さっきのぶらぶらのままだと、ちょっと打ちにくくないですか」
「はい。まっすぐ立ってぶらぶらだと、重心がずっと身体の真ん中にあるじゃないですか。そうすると、なんか手打ちみたいになっちゃって」
「すごい!」
 福住さんがびっくりするぐらい大きな声で喜んだ。
「安達さん、すごすぎますね。そう、最初はあえて失敗してもらおうと思って、球がないときのぶらぶらで打ってもらったんです」

ふたつの重心

 福住さんが、先ほどのぐにゃぐにゃシャフトを手に戻った。
「これで、同じようにぶらぶらしてみて下さい」
 安達さん、うまくいかない。肩のラインと両腕でつくる逆三角形はしっかりできているが、逆三角形を振るスピードと、すこし遅れてしなるシャフトの先端(重心)のスピードがシンクロしていないのだ。
「ゴルフのスイングにおける重心は、ふたつあるんです。〈自分の身体の重心〉と〈ゴルフクラブの重心〉。このふたつを移動させるリズムがシンクロすると、あのぶらぶらのスイングで、シャフトが身体に巻き付きます」
 ビュンと振った。写真を見ても、ぐにゃぐにゃシャフトが身体に巻き付くように、動き出している。
「安達さんは、たぶんすぐにできますよ。身体の動かし方を分かっていますから」
 それから、約15分。
 安達さんが、ほんとうにすぐできるようになってしまったことに、一同驚いた。けれど、ぐにゃぐにゃシャフトではできても、普通のアイアンでは、なかなか難しい。
「シャフトの重心掴むの、難しいな」
 悔しそうにこぼしたところで、初めてのレッスンは終わった。

Dispatch 06 につづく


安達葵紬 あだちあおぎ
1999年3月4日, 長崎県生まれ. 二人組ユニット「カノサレ」のメンバーとしての活動を中心にモデル, 舞台などで幅広く活躍している.西日本鉄道株式会社のCM「空気イス女子高生」では高い身体能力を発揮. 映画『なつやすみの巨匠』(2015), 『ファンファーレ』(2023)では, 名だたる出演者のなかにありながら独特の存在感を放っている.


福住尚将 ふくずみなおゆき
1978年, 原宿生まれ. 城西国際大学体育会ゴルフ部出身. 大正大学大学院人間学研究科社会福祉学専攻博士前期課程修了. 株式会社RARECREW 取締役. プロゴルファー.
13歳から自転車ロードレース競技を始め, 父の影響で16歳でゴルフを始める. 大学卒業後は, 大学院進学の傍ら2004年ミニツアーを転戦中に, 賞金欲しさにプロ転向. その後, ゴルフから離れ企業に勤めるなか, 2021年にインスタントラーメンC M出演者のゴルフ監修をきっかけに, 緩やかに復帰. 盟友のプロゴルファー市原建彦の運営するミニツアー「F Jツアー」をマーケティングで支えながら, コースマネージメントはじめ, ゴルフにまつわる〈ステレオタイプの排除〉をテーマとしたティーチングをアマチュア向けに実践している. 琉球大学国際地域創造学部ではゴルフツーリズム論(バリアフリー観光論)を担当.


VictorySportsNews編集部