どよめく虎党…。そう、7月に若くして脳腫瘍で亡くなった横田慎太郎さん(享年28)が打席に入るときに使っていたテーマソングだった。9月14日のリーグ優勝時に守護神岩崎がマウンドに上がったときと同じ、あまりに感動的な演出に泣き出す阪神ファンも。虎党はまさに大合唱。

 「いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある だからもう迷わずに進めばいい 栄光の架橋へと…」。横田さんの短すぎる生涯と長すぎる阪神の日本一への道のりが重なった。マウンドに上がったのは横田さんをかわいがって、リーグ優勝時に彼の背番号24のユニホームと一緒に胴上げされた岩崎でなく、桐敷で、笑いも起きたが、ムードは最高潮。そして九回2死からマウンドに上がった岩崎が試合を締めた。

 38年ぶりの日本一に総立ちとなって、誰かれとなく抱き合う阪神ファン。歓喜の声が銀傘で増幅される。京セラドームの岡田監督の5度の胴上げに合わせて、こちらでもバンザイコールが5回起こった。スコアボードには「阪神、日本シリーズ優勝」の文字が映し出された。快速に乗れば京セラから阪神なんば線で17分、誰もグラウンドにいない甲子園が、間違いなく揺れていた。

 阪神が3勝2敗と日本一に王手をかけた第5戦の終了後、球団から京セラドームに舞台が戻る第6戦に合わせての甲子園PV開催が発表された。「かなり前から検討していました。クライマックスシリーズの行く末をみながら、準備を進めていました」と演出を担当する球団関係者。実は阪神、ダイエー(現ソフトバンク)と争った2003年の日本シリーズでも敵地福岡ドーム(現福岡ペイペイドーム)に移った第6、7戦で甲子園PVを開催していた。さすがに当時の担当者は現在球団には残っていないので、球団にある資料などで当時の様子を確認したそうだ。ロッテと戦った2005年も第6、7戦が千葉だったので、甲子園PVを検討していたそうだが「あのときは4連敗して終わってしまいましたので」。雌伏20年。球団が長く温めていた究極のファンサービスが、拮抗した関西ダービーのおかげで、再び実現することになった。

 プレイガイドで配布された無料の座席指定券は、第6、7戦ともに10分ほどで予定枚数を終了した。有料にしても即完売しただろうが、そういった議論は出なかったという。甲子園球場までの阪神電鉄の運賃収入、ビールなど球場内の飲食売店、グッズ収入が見込めることもあり、最初から入場料収入にこだわりがなかったようだ。

 開放されたのは内野席のみ。ホームベースに近いエリアに限定したのは、バックスクリーンのビジョンで試合映像を見るためで、一、三塁アルプス席や外野席からでは、首や体を折り曲げないと見えないため、観客の見やすさを優先させたという。一、三塁側アルプス、外野席まで開放しても満員にすることは容易だっただろうが、それはそれで警備員の手配など、経費もかかって大掛かりになる。初日第6戦の観衆は1万3463人。ゲスト解説の阪神OB今成亮太氏は「試合やってないのに…」と阪神ファンの応援熱に改めて脱帽していたが、無料興行として挙行できるぎりぎりのキャパだったといえる。

 試合は敵地京セラドームで開催されているが、演出は甲子園仕様。ビジターとあり、スコアボードは先攻の阪神が上、後攻のオリックスが下で、いつもと表示が逆だった。違いはそれと選手がいないぐらいで、試合前にはウグイス嬢によるスタメン発表、タイガースガールズによるダンスショー、六甲おろしの大合唱など、ほぼほぼ公式戦と同じスタイルの演出が行われた。試合中はタイミングをみて、時折打者の登場曲、投手交代時にはその投手のテーマソングが流れて、臨場感がより高まった。場内DJは「きょうはファウルボールも飛んできませんから、安心して盛り上がっていきましょう」と呼びかけ、笑いを取っていた。今成氏はイニング間に登場し、的確な解説とトークでお祭りムードをさらに盛り上げた。七回表の攻撃前にはラッキーセブンの曲が流れ、「バモス~!」の大合唱だ。

 粋だったのは球団マスコット、ラッキーとキー太のがんばり。京セラドームに出張中のトラッキーに代わり留守を預かった。第6戦では、1点を追う四回、阪神の攻撃で、1死から糸原が二塁への内野安打で出塁すると、ラッキーが姿をあらわし、一塁ベースへ出塁。木浪の左前打で三塁に進むと、今度はキー太が一塁ベースに立った。京セラと同じ、一、三塁の好機を甲子園球場で再現し、タイムリーを願ったが、坂本は三振、近本は右飛に倒れて無得点。2者残塁に終わったが、ファンはやんやの大喝采だった。

 オール阪神ファンだった。球場外の看板には「阪神タイガースの応援のみに制限し、阪神以外の応援行為及び他球団の帽子、服装の着用、他球団の応援グッズの使用を禁じる」と掲示された。オリックスファンの入場は禁じていないが、明らかにオリックスを応援しているような服装での入場をNGとした。公式戦ではほぼほぼ阪神ファンが埋め尽くす甲子園球場だが、左翼席上方にビジター専用応援席が存在する。球団の人気によって区域の大小がある(広島、巨人、ソフトバンク、ロッテは4区画と広い)が「ビジターファンも大切にしたい。安心して応援してもらいたい」(球団幹部)として、このエリアでの阪神ファンの応援は禁じられている。だが、今回の甲子園PVではオリックスファンのエリアはもうけなかった。これに関しても球団内では大きな議論にならなかったようで、球団関係者も「まあホームですからね」と話していた。実際、第6戦の試合前、オリックスのユニホームを着たファンを球場外で少しだけ見かけたが、入場を断念したか、ユニホームを脱いで入場したとみられる。

 虎党だけのスタンドは阪神の攻撃時はもちろん、オリックスの攻撃時でも遠慮なく応援できるため大盛り上がり。甲子園のスコアボードのビジョンは最近の球場としては小さめで、試合映像は「老眼やからスタンドからよく見えない」という初老のファンの声も。テレビ座敷のように見やすい環境とは決していえなかったが、本拠地でシリーズを味わう一体感は別物。ファンは一投一打に身震いした。その声量はいつもの甲子園よりも大きめに聞こえた気がした。1万人強しか入っていないのに…。

 普段内野席にいるファンは外野席やアルプス席のファンと比べると、おとなしめに応援していることが多い。甲子園PVでは普段外野席やアルプス席で大きな声を出して応援しているファンが内野席に集まったようで、いつもよりも大きな声援が真上にある銀傘に反響して増幅され、公式戦よりも少ない観客なのに地響きにも似た、聞いたことのないような重低音が常時発生したのでは…。現場にいた筆者のこの見立てを7戦目に鉢合わせした球団幹部に伝えたところ「なるほど。それはあるかもしれませんね」と合点がいったような返事をもらった。

 純度阪神ファン100%の甲子園はまさに虎党の桃源郷だった。ひいきの引き倒しをたしなめられることも、応援の熱量に引かれることもない。来場者からは「試合をやってるみたいやった。選手が見えた」「普段のシーズン中からやってほしい」などの声があふれた。

 岡田監督の日本一監督インタビュー中、映像が途切れた。カンテレの中継が終わったためで、一瞬ファンから「えーっ」という声が漏れたが、今成氏が救った。「ボクを胴上げしてください!」と言って出てくると、球団、球場スタッフに担がれ、5度宙を舞った。機転を利かせたこのサプライズにまた虎党は大満足だった。

 発表された第7戦の観衆は1万2424人だった。横田さんの現役時代の背番号24が2つ重なっていたのは単なる偶然か、壮大なる伏線回収だったのか。野球をやっていなくても、これだけの人々を満足させる空間が他にあるだろうか。エアボールパークに筋書きのないドラマが幾重にも描かれた2日間。来年100周年を迎える甲子園は多くの野球人、そして多くの野球ファンの想いが受け継がれ、野球の神様に愛された比類なきスタジアムだった。


大澤謙一郎

サンケイスポーツ文化報道部長(大阪)。1972年、京都市生まれ。アマチュア野球、ダイエー(現ソフトバンク)、阪神担当キャップなどを務め、1999年ダイエー日本一、2002年サッカー日韓W杯、2006年ワールド・ベースボール・クラシック(日本初優勝)、阪神タイガースなどを取材。2019−2021年まで運動部長。2021年10月から文化報道部長。趣味マラソン、サッカー、登山。ラジオ大阪「藤川貴央のニュースでござる」出演。