森田あゆみと土居美咲が引退して、一つの節目を迎える

 森田あゆみは、33歳での現役引退の決断だった。15歳でプロに転向し、2010年代前半に、世界ランキング自己最高40位(2011年10月)を記録して、グランドスラムやWTAツアーで活躍した。また、女子国別対抗戦フェドカップ(現ビリー ジーン・キングカップ)の日本代表としてもプレーをし、オリンピックの舞台にも立った。キャリア後半では、右手首などのけがに泣かされて、なかなか思うようなプレーができなかった。だが、引退を決意した森田は、晴れやかな表情で次のステップを見据えている。

「確かにキャリア後半は大変なことが多かったですけど、それでも振り返ってみたら、すごい恵まれたテニス人生だったなと思います。本当に最後も自分が完全にやり切ったなって思えるところまでやらせてもらえたので、何も悔いはないです。すっきりしています。(今後は)今まで選手としてやっていたエネルギーを、コーチとして注いでいきたいなって思っています。世界で勝てるテニスを選手と一緒に考えて作っていきたい」

 一方、土居美咲は、32歳での現役引退となった。

 17歳でプロへ転向した土居は、2015年にWTAルクセンブルク大会で嬉しいツアー初優勝を獲得。2016年ウィンブルドンではベスト16に進出して、同年10月には、WTAランキング自己最高の30位を記録した。日本代表メンバーにも選ばれて、フェドカップ(現BJKカップ)やオリンピックでプレーをした。

 2022年シーズン頃から腰の痛みに悩まされ自分の思うようなテニスができなくなって引退を決意。現役として最後の大会となった東レ パン・パシフィックオープン(9/25~10/1、予選9/23~24)では、予選ワイルドカードを得て本戦に勝ち上がり、さらに1回戦を勝利して、満面の笑顔で両手を広げてはしゃぐように喜んだ。

「出し切りましたね。こうやって最後の対戦でこんな素晴らしい選手と対戦できたっていうのは、自分としては、最後のご褒美というか、今まで頑張ってきたご褒美かなと思って、試合中、全力を出し切れることを楽しみながら試合していました」

 引退後、森田も土居も、ジャパンウィメンズテニストップ50クラブ(以下JWT50)に新加入すると発表された。JWT50は、2022年6月20日に設立された一般社団法人で、テニスに携わる次世代が本気で世界を目指せるような環境づくりを目指すと同時に、テニス普及の面では、小中高校生へ向けて興味喚起を働きかけていく。入会資格は、WTAランキング50位以上の実績をもつ元プロテニスプレーヤーで、メンバーには、理事に伊達公子氏、杉山愛氏、神尾米氏、会員に浅越しのぶ氏、長塚京子氏、森上亜希子氏、小畑沙織氏、中村藍子氏、奈良くるみ氏が名を連ねている。

 日本テニス界を変えるには、森田や土居のような若い力が必要で、今後の二人の活動にも注目していきたい。

日本女子テニス界の厳しい現状と今後への期待

 現在、日本女子選手で、世界のトップ100に入っているのは、28歳の日比野菜緒(WTAランキング92位、11月20日付、以下同)だけだ。日比野は、2023年8月に、WTAプラハ大会(チェコ)で予選から勝ち上がってツアー3勝目を挙げて独り気を吐いているが、他の日本女子選手は、100位台や200位以下に甘んじている。また、トップ10入りしていた大坂なおみは、産休のため戦線を離脱しランキングが消滅している。

 一方、中国女子選手は、トップ100に6人(2023年11月20日現在)が入っていて、依然としてアジア女子勢の先頭を走る勢いと活躍を見せている。2023年USオープンでは、21歳のジェン・キンウェン(15 位)がベスト8に、22歳のワン・シンユー(36位)がベスト16に入って存在感を示した。特に、ワン・シンユーは、2022年11月に、WTAツアーの下部大会である安藤証券オープンで優勝した選手で、日本のテニスファンの記憶にも残っているかもしれない。いずれにせよ二人共、着実に成長し、世界の大舞台で結果を残している。

 日本ではなかなか出会えない、高いレベルのツアーコーチと練習相手を求めて、2019年から中国・広州にあるアラン・マーのテニスアカデミーに拠点を移したのが、22歳の内島萌夏(198位)だ。中国で練習してから実力を上げ、1年前にはトップ100入り目前だった。

「正直コロナになってからは海外の選手も中国に入れず、ここ最近は中国の選手と練習することが多かった。自分は運よく中国に入国してから大会がなくなり、中国に残ることができた。コロナシーズンでは、ジュ・リン選手やジェン・サイサイ選手などトップの選手と毎日同じコート、同じ環境で練習でき、自分のためになりました。ツアーでも身近に同じチームの選手がいるのは刺激になりますし自分も頑張ろうと思えるので、自分はすごく気に入っています」

 さらに、内島は、近年の中国選手たちの成長と勢いの理由を次のように語っている。

「中国も中国で、国内でもライバル意識をもって、たぶんみんな頑張っていると思います。身近な選手が結果を出すと、自分でもできるっていう自信をくれたりします。一人が結果を出すと、自分もできるという気持ちにさせてくれる。それが理由かはわかりませんが、お互いに刺激を与え合っているのが大きいかなと思います」

 日本にも良い兆しがないわけではない。

 女子テニス国別対抗戦ビリー ジーン・キングカップ(以下BJKカップ、旧フェドカップ)のプレーオフ「日本vs.コロンビア」で、日本(ITF国別ランキング19位、4月17日付、以下同)は、コロンビア(29位)に3勝2敗で勝利し、ファイナルズ(トップ12カ国で世界一を決定する戦い)進出をかける予選(18カ国)への出場権を手にした。2024年シーズンでは、“杉山ジャパン”として、世界のトップへ向けて再挑戦となる。

 また、日本女子の若手に目を向けてみると、2023年のITFジュニアファイナルズで、17歳の齋藤咲良(ITFジュニアランキング5位、11月13日付、以下同)が準優勝、18歳の石井さやか(8位)が3位という好成績を収めた。この大会は、各年ITFジュニアランキング上位8名しか出場できない大会で、17歳のクロスリー真優(10位)も出場権を得ていたが、けがのため欠場して、代わりに16歳の小池愛菜(16位)が出場した(年齢は大会当時)。

 ちなみに、クロスリーは、ジュニアのビッグタイトルの一つであるオレンジボウルで昨年優勝している。さらに一時的ではあるが、ITFジュニアランキングのトップ10に日本女子が4人名を連ねることもあった。もちろんジュニアで活躍したからといって、プロでの活躍が保証されるわけではないが、そのことを杉山愛BJK日本代表監督も重々承知しながら、日本女子テニスの未来を考えている。

「ジュニアのトップ10にあれだけいるのも初めてです。すでに齋藤選手も石井選手もWTAでもランキングを得て、上げてきている中で、すごく将来性もあります。日本で開催された東レPPOでコンタクトをとって、いろいろ話を聞いたりしました。トップジュニアの層が厚いと思いますし、お互いがいい形で刺激し合って、切磋琢磨している。『ジュニアは良くても、一般はね』と、昔は言われがちでしたけど、そこのトランジション(移行)をうまくすることによって、本当に早ければ、来年、再来年に、BJKの日本代表チームに入ってきてもおかしくないなと思います。(選手)個々のチームが充実していくことも大事ですけど、そこにわれわれBJKのチームだったり、ナショナルだったり、ネクストジェンだったりが、どれだけいい形でサポートできるかが、これからとても大事になってくるなと思っています」

 2024年には、ママになった大坂なおみが、WTAブリスベン大会から復帰をする予定だが、果たして日本女子は、グランドスラムやツアーで活躍できる目安とされる世界のトップ100にどれだけ名を連ねることができるだろうか。

 個々の選手の実力を上げるのはもちろんだが、ツアーレベルに引き上げ定着できる選手を育成できるような日本人コーチを増やすことも引き続き急務である。そして、海外へ高いレベルの練習や環境を求めなければいけない現状を少しでも早く改善して、日本でツアープロを育成できるシステムと環境を築くことが必要だ。それは、日本テニス協会の取り組みだけに頼るのではなく、民間ベースでも積極的に動くべきもので、そうでなければ日本のテニスは、海外からさらに遅れをとってしまうことになる。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。