意義大きいV10

 まず、名古屋場所で賜杯を手にしたのが横綱照ノ富士だった。伊勢ケ浜部屋の横綱としては、先輩に当たる日馬富士の9度を上回り、10度目の優勝となった。以前は年2場所制の頃などがあり時代によって条件は異なるものの、2桁の優勝回数は一つの節目だ。優勝10度には「土俵の鬼」といわれた初代若乃花や常ノ花、北の富士、栃錦といったそうそうたる横綱が名を連ねる。照ノ富士もことあるごとに「ずっと言っている2桁優勝を目指したい」と並々ならぬ意欲を示してきた。

 道は平たんではなかった。両膝の負傷や糖尿病を患い、大関から序二段まで転落した。この時期、何度も引退が頭をよぎったという。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は次のように明かしていた。「後悔を残してはいけないと思った。気持ちがなえないように前向きな話しかしなかった」。2019年春場所で序二段から本場所にカムバックし、2021年春場所後に大関へ返り咲いた。そして、同じ年の名古屋場所後に第73代横綱に昇進した。

 その後、白鵬(現宮城野親方)が引退し、一人横綱が続く。ただでさえ重圧がかかり、加えて両膝に古傷を抱える。部屋関係者によると、まともにそんきょができない状態が継続することもあるという。5月の夏場所を途中休場した照ノ富士について、横綱審議委員会は秋場所まで様子を見るとし、猶予を与えた。だから照ノ富士が名古屋場所出場を表明したときには驚きの声が上がった。それでも初日から白星街道。本人にしか分からない感覚で結果を出した。優勝決定戦では平幕隆の勝の攻めをしっかり受け止めた後で反撃し、寄り切った。いわば横綱相撲で、照ノ富士は「目指してきた相撲が完成した実感が少しある」。休場は増えたが、しばらく地位に君臨する見通しが立った。いつも以上に意義の大きい制覇となった。 

大関を巡るドラマ

 大関の地位を巡る攻防もクローズアップされた。かど番の貴景勝が負け越して、関脇に転落することが決まった。大関は極端に言えば、2場所に1度、8勝を挙げれば地位を保てるが、昇進するまでのハードルは相当高い。目安とされるのが直前3場所での合計33勝。現役時代に、関脇転落から2度、大関に返り咲いた元栃東の玉ノ井親方はこう説明している。「3場所ということは半年間。その間ずっと2桁をキープしていくのは大変なこと」。陥落した翌場所で10勝すれば復活できる特権がある。夏巡業を休み、頸椎負傷などの回復を図った貴景勝。秋場所は力士人生を大きく左右する本場所の一つとなることは間違いない。

 大関はかつて、番付の最高位を表していた。現在でも日本相撲協会の〝看板力士〟として認められ、公式行事では協会の代表として参加する。昇進に際して理事会の承認を経る特別な地位で、実入りの面でも関脇以下とは大きく異なる。月給は250万円で関脇より一気に70万円増える。名古屋場所で、このチャンスを逃したのが関脇霧島。陥落した名古屋場所で8勝7敗に終わった。首を痛めてから本来の取り口が鳴りを潜めているが、まだ28歳で老け込むには早い。現在の師匠、音羽山親方(元鶴竜)は横綱経験者。師匠の教えを聞きながら鍛錬に励んで出直すしかない。

 照ノ富士の一人横綱が3年近く続いており、新横綱の待望論は小さくない。照ノ富士は次のように言及した。「次に誰が横綱になるかというのは考えるべきではない。なるべき人はなるのではないか」。ある種の運命論で、宮城野親方も「横綱になる人には運命と宿命がある」と説いていた。最高位昇進が必然と感じさせるような大関の出現は、現状を考慮するともう少し時間がかかりそうだ。

新時代の担い手たち

 名古屋場所は来年から新設の「IGアリーナ」に会場が移行する。今年はドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)での最後の本場所としても関心が集まり、連日満員御礼だった。千秋楽。八角理事長(元横綱北勝海)は恒例の協会あいさつでこう述べた。「来年の名古屋本場所は大相撲にとって新たな時代の始まりとなります」。関係者によると、建設中のIGアリーナに相撲協会側は既に下見に訪れシミュレーションを始めている。天井高が30m以上ある広大な空間のため、土俵の上に設置するつり屋根の位置や、力士ら角界関係者の動線など検討事項は多岐にわたる。また約1万2千人収容で、高級感漂うスイートルームも付随するとあって、チケットの席種も興味深い。

 来年の〝新時代幕開け〟の頃には番付がどうなっているか。名古屋場所でも兆候が表れた。関脇、小結が全員勝ち越したのは昨今の群雄割拠を象徴していが、一つの焦点となりそうなのが、大器の関脇大の里だ。右を差せなかったときに引く癖を突かれ、2桁勝利を逃した。それでも途中で持ち直して9勝し、新入幕から4場所連続の三賞となる殊勲賞を獲得した。琴桜、豊昇龍の現大関陣とのせめぎ合いが続けば、自然と上の地位へ視界が開けてくる。

 平戸海は新小結で10勝し、技能賞と活躍した。長崎県出身で24歳の〝中卒たたき上げ〟は厳しい稽古で定評のある境川部屋で鍛錬を積み、着実に地力をつけている。前頭に目を向けると、名古屋場所では西前頭筆頭で負け越しはしたものの21歳の熱海富士への期待は依然大きい。8月10日には秋場所のチケットの一般販売が開始され、早々に完売。新十両として土俵に立つ有望株の大青山ら、新勢力も番付を駆け上がってきそうな雰囲気があり、9月の東京・両国国技館から目が離せない。


VictorySportsNews編集部