2023年に38年ぶりの日本一に導いた岡田彰布監督(現オーナー付顧問)の後を受けて、今シーズンから阪神の監督に就任した。自他ともに認める岡田監督直系の愛弟子だが、野球観や起用法では異なる点も多い。OBや関係者の声を集めると「見切りが早い」「すぐ動く」という声を聞く。

 現役時代をよく知る阪神の投手OBは「藤川球児は即断即決の男」と評する。それをよく表しているのが、1,2軍の入れ替えだ。阪神では貴重な右打者で代打の実績もある原口文仁は結果が出ないと開幕から5試合使っただけで2軍に落とした。西勇輝も一度の先発で打たれると抹消され、そのまま出番がない。一日に5人が降格して5人が昇格、計10人を入れ替えたことがある。辛抱が足りないという声もある。その一方で、シーズン序盤から若手にチャンスを与え、終盤戦を見据えて選手層に厚みを持たせているという見方もできる。藤川阪神の特色のひとつだ。

 勝っているときは動かないというのが勝負の鉄則。試合の流れを大事にする岡田監督は実践していた。藤川監督は勝っていてもオーダーを動かすことがある。その点では明らかに違いがある。前言撤回をまったくいとわない。正月に球団の年賀式に出席し、高らかに宣言した3番佐藤輝、4番森下、5番大山の並びをシーズンに入るとあっさり変えた。1番近本、2番中野、3番佐藤輝と3人続けて左打者が続くオーダーは左投手が先発してきた試合で苦戦することが多く、3番森下、4番佐藤輝、5番大山にチェンジ。4番に座った佐藤輝の飛躍もあり、この変更は効果的に機能している。ここはお見事というしかないが、守備位置変更についてはモヤモヤが残っている。

 昨年リーグワーストの23失策の佐藤輝はキャンプから三塁守備に励み、明らかに上達してシーズンを迎えていた。だが、5月下旬、DHがある交流戦を見据えてか、三塁に外国人を起用し、佐藤輝を外野にもっていった。一塁・大山、三塁・佐藤輝のOS砲にロマンを感じる虎党や評論家からは「そもそも4番・三塁、佐藤輝からスタメンは考えるべきだ」「守備位置をコロコロ変えていてはベストナインに選出されない」などとブーイングが起こった。DHがなくなる交流戦後も佐藤輝は外野のままで、当分内野に戻ってきそうにないとみられたが、6月29日のヤクルト戦(神宮)では「4番・三塁」に返り咲いていた。

 野村克也さんが就任した1999年から阪神の指揮官はほぼすべての発言を語録として、一言一句をスポーツ紙で報じられるようになった。そのため、過去の発言と照らし合わされて、言行不一致を指摘されるときもあるが、藤川監督は全く気にするところがなさそうだ。肝が据わっている上にしたたかさ、先を見据えた深謀遠慮が見え隠れする。

 藤川球児という職業野球人のキャリアをひもとくと、まさに変化の人といえるだろう。高知商高からドラフト1位で阪神に入団したが、鳴かず飛ばずの時期が長かった。先発では球威が続かず、ショートイニングでの適性を見出した岡田監督の決断で、リリーフに転向。山口高志2軍投手コーチの助言を取り入れて、右ひざを折っていた従来のフォームを改造。右ひざを伸ばして投げる形に変えて、超絶スピン量の火の玉ストレートを生み出した。

 2005年にはセットアッパーとして七回を任され、80試合に登板し、リーグ優勝に貢献。のちに、ストッパーに昇格し、虎の最終マウンドに君臨した。大リーグに挑戦後は右ひじを痛め、トミー・ジョン手術も経験した。国内復帰先に選んだのは、地元の独立リーグ、高知ファイティングドッグスだった。阪神復帰後は先発に再転向。結果が出ないとなるとリリーフに戻り、実績十分のベテランが、ビハインドの場面で投げることもあった。徐々に球速が回復し、本来の状態に近づき、ストッパーの座に返り咲いたが、投球スタイルはマイナーチェンジ。現役終盤は真っすぐ一本やりでなく、変化球も交え、空いた塁も使い、3つのアウトを取っていった。日米通算で61勝39敗、164ホールド、245セーブを挙げたキャリアの変遷は、まさに変化の人を表している。

 虎番にとってはうれしい変化もある。開幕から試合後のメディア対応で本音を語ることが少なく、インタビュアー泣かせ。そっけなく聞こえる塩対応に「聞き手のアナウンサーがかわいそうだ」という声もよく聞いたが、最近は記者との雑談に応じることも増えてきたそうだ。現役時代から全方位型の外交をするタイプではなく、気が合った記者と、とことん付き合う感じだったが、指揮官としてのふるまいもだんだん身に着けてきた。球宴後は酷暑対策として、練習着、移動着のクールビズも導入した。

 これだけ勝っているのに采配面で厳しくファンからたたかれる時もある。交流戦で7連敗したときや、6月22日のソフトバンク戦(甲子園)で3ボールからセーフティースクイズを坂本に命じた作戦については厳しく批判された。「いらんことせんでええ」が口癖の岡田監督は作戦面ではオーソドックスで、突っ込みどころがなかった。後半戦、一試合一試合優勝が近づいてくる藤川監督は、采配面での変化、アップデートも必要だろう。

 勝負は時の運を味方につけることも大切だ。今季のセ・リーグは主力にけが人が続出。大きなけが人がいない阪神はそれだけで優位に立っているのは間違いない。就任1年目でいきなり優勝できるチャンスは十分広がっている。藤川監督は阪神を変化させながら、実りの秋を目指していく。


VictorySportsNews編集部