さまざまな立場からの称賛

 安青錦の躍進ぶりは驚異的だ。ウクライナ出身の21歳。ちょうど2年前の秋場所で初土俵を踏み、負け越し知らずで出世街道を突き進んで新小結となった。所要わずか12場所。現行の年6場所制となった1958年以降で、従来の記録だった朝青龍、小錦らの14場所を上回り、最も速い(付け出しを除く)昇進を果たした。

 武器は、攻めの基本の一つである前傾姿勢。7月の名古屋場所で横綱豊昇龍に渡し込みで勝って初金星を挙げた取組も、前傾で相手の懐に飛び込んで勝利を手繰り寄せた。母国で相撲経験があったとはいえ、順調すぎる成長曲線。安青錦は東京にいるとき、関取になる前から同じ伊勢ケ浜一門の浅香山部屋へよく出稽古に行く。浅香山部屋のある年上の力士はこう証言する。「三段目や幕下の時から体幹が強く、投げようと思っても全然体勢が崩れませんでした。まわしを引きつける力が強烈で、今まで感じたことのないような感覚でした」。鮮烈な印象を残し、一気に番付を駆け上がった。

 このほかにも、さまざまな立場の人たちがポテンシャルの高さを認める。名古屋場所では、低い攻めから若隆景を押し出した4日目の一番も秀逸だった。日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)はこう評価した。「若隆景にああいう相撲で勝ったんだから、力をつけているということ。そのうち上に上がるんじゃないかな」。大関以上の器であることに太鼓判を押した。相撲へ取り組む姿勢も出世の一因だろう。安青錦の大銀杏を結う床山の床仁は以前、横綱日馬富士や安青錦の師匠に当たる元関脇安美錦(現安治川親方)らを担当したベテランの一等床山。床仁は「昔から何事にも真面目な印象。番付が上がった今も変わりません」と言及した。周囲の予想にたがわず、看板力士への道を着々と歩んでいる。

重くなりすぎる弊害

 若隆景は身長183㌢で、鋭い立ち合いからのおっつけ、前まわしを引きつけての攻めを得意とし、2022年春場所で幕内優勝を果たした。2場所前が12勝、先場所は10勝。大関昇進の目安は「直近3場所合計33勝」とされ、絶好のチャンスを迎えた。右膝に大けがを負って一度は幕下に落ちながらカムバック。余計なことはしゃべらず、令和にあって古風な力士をほうふつさせる魅力を醸し出している。

 安青錦とは共通点がある。ともに幕内平均体重を大きく下回っていることだ。秋場所前に発表されたデータで、幕内平均は158・2㌔だった。それに対し、安青錦は140㌔、若隆景は137㌔。近年は力士の大型化がさけばれ続け、一部には〝体重至上主義〟の風潮が漂う。成長途上の若手力士からは「体重が増えて押されにくくなりました」などの声をよく聞く。重量化により、パワーアップをはじめ効果が確かにある。一方で、自身の体つきや取り口の長所にそぐわず、重くなりすぎる弊害は見逃せない。膝など体への負担や、自身の体をコントロールし切れずにけがをしやすくなる懸念が増す。相撲内容の観点からは、引き技にばったり落ちやすくなったり動きが遅くなったりして、攻防のある熱戦が展開されにくくなるとの見方もある。

 両雄は平均以上の体重がなくても、地道に鍛錬を積んで基礎を習熟し、前まわしを引いたり、もろ差しになったりして相手の重さを無力化するような攻めで白星を重ねてきた。上記の現状を踏まえると余計に、安青錦の新三役としての躍進、若隆景の大関昇進への挑戦には、少なからず意義を見いだすことができる。相撲界は歴然たる番付社会。上位陣が与える影響力は大きい。安青錦、若隆景のさらなる活躍は、若手ら下位力士たちのお手本になるに違いない。

最高位のオーラ

 今回の秋場所は、10月に特別なイベントが二つも控えるという点で、例年とは異なるシチュエーションで開かれる。まずは7日、相撲協会の財団法人設立100年を記念し「百周年場所~古式大相撲と現代大相撲~」を両国国技館で開催。様式美を伴い、大相撲の原型の一つに挙げられる平安時代の宮中行事「相撲節会(すまいのせちえ)」を再現する。「三段構え」を行うのはもとより、例えば、子どもの「童相撲」も簡略化せず、3組6人で実施。準備に携わる相撲協会関係者は「100年に1度の貴重なタイミング。文献を調べたりしながら、昔の様式に忠実に則ってご披露します」と意欲的だった。今や人気定着の国技。その源流をたどるような価値ある興行になる。続いて15日から19日まではロンドン公演。新型コロナウイルス禍を経て20年ぶりの海外公演で、世界的な劇場のロイヤル・アルバート・ホールが舞台となる。

 伝統文化、神事でもある大相撲を国内外で広くPRする一連の行事。中心となるのはやはり大の里、豊昇龍の2横綱で、秋場所で改めて最高位の威厳を示して臨むのが理想といえる。特に豊昇龍は名古屋場所を途中休場しているだけに、秋場所での復活が待望される。1月の初場所後に第74代横綱に昇進し、3月の春場所でいきなり途中休場。5月の夏場所は皆勤して12勝3敗の成績を収めたものの、後から横綱になった大の里に存在感を奪われている。

 豊昇龍も体重149㌔と平均以下。スピードに秀でて粘り強い足腰の持ち主だが、最高位の重圧からか、硬さが目立って本領を発揮できていない。叔父に当たる第68代横綱朝青龍も引退時で154㌔。卓越した運動神経と気迫あふれる攻めで優勝25度をマークした。八角理事長はこう指摘する。「豊昇龍は繊細すぎるきらいがある。叔父さんではないけど、〝俺が一番だ〟くらいに、もっと強気でいった方がいい」と助言した。重要な行事の時だけ披露される横綱の「三段構え」。10月、大の里と土俵で相対する豊昇龍はどれだけのオーラをまとっているか、秋場所にかかっている。


高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事