オーストラリアテニス協会チーフコマーシャルオフィサーのセドリック・コーネリス氏によると、「2025年大会では、日本国内での総視聴時間が、前年に比べて34%増加した」ということだ。
その視聴時間を現在一手に担っているのがWOWOWだが、2026年にはテニスの4大メジャーであるグランドスラムの中継を開始してから35年目に突入しようとしている(注:ウィンブルドンだけ2008年から中継開始)。なぜ、これほどにも長く、WOWOWは、グランドスラム中継を続けてこられたのだろうか。WOWOW スポーツ事業局長の戸塚英樹氏に話を伺った。
WOWOWブランドならではの強み
「始めた頃は、OTT(インターネット配信による動画やSNSなど)が無く、放送局しかない時代でした。テニスは、時間が読めないスポーツで、地上波向きではないんですよね。それが、開局(1991年4月)当初のWOWOWにうまくはまったと思う。今はCMも入れていますけど、当時はCMもなく最初から最後までお届けするスタイルでやりました。地上波だと、チェンジエンドの時間にCMが入りましたが、われわれは、そこでいろいろなお話ができるのが売りになり、スタイルとして確立されました。
その後は、配信会社が出てきましたが、WOWOWは、放送と配信ができるということが、配信会社との棲み分けになりました。放送では全体がわかるように、それぞれの試合を見たい人にはオンデマンドで見てもらう。そのスタイルがうまくいっているのかなと思います。そして、グランドスラムを長くやっていることも認知されブランドになり、確立されました」
1990年代には伊達公子、2010年代には錦織圭、そして、2018年以降は大坂なおみの活躍があり、日本人選手の活躍が、WOWOWと視聴者とを結び付ける重要な要素になった。
「われわれは有料放送というビジネスなので、いつまでも加入が取れないと厳しい。要所で日本人選手による活躍があって、テニス中継を続けられた要因にもなりました。特に、2014年全米で、錦織選手が準優勝した時は、加入者が激増して、流れが大きく変わり、WOWOWがテニスをやっているという認知が広がりました」
最近では、ワールドカップサッカーの予選が、DAZN独占配信によって地上波で見られない。また、2026年のWBC(野球)も、Netflixの独占配信によって地上波で見られないという状況になり、多くのスポーツファンを悲しませている。その要因となっているのが、スポーツ放映権料の高騰だ。もちろんその高騰の波はテニスにも及んでいる。
「スポーツ全体の話で言うと、グローバルのOTTが、全世界で権利を取ってしまう事例がある。例えば、アマゾンがNBA(アメリカプロバスケットボール)の権利をグローバルで取った。こうなると、われわれは太刀打ちできない状況も有り得る。まだ、テニスにはその波は来ていませんけど、当然、今後のリスクとして考えておかないといけない。
(長年の各グランドスラムとの)関係性は評価してほしいですけど、どうですかね。例えば、うちが1万円として、100万円出すところが現れたら、100万円の方に行く可能性はあるでしょう。2023年に、Jリーグの放映権利をDAZNが取得したことがありましたが、すごい金額になった(11年間の放映権契約で約2395億円)。そういうことが起こり得るのが、スポーツ権利の世界なのでしょうね」
2026年以降の全豪もWOWOWでの放送が決定。両者のタッグは35年目へ
2025年9月には、テニスオーストラリアが、WOWOWと長期にわたる放映権契約(年数は明記されていない)を交わしたことを正式発表しており、日本のテニスファンは、2026年以降も全豪の視聴を楽しめる。
戸塚氏は、長年テニスに携わり、グランドスラムの現場でも指揮を執った。今回は全豪で一番印象に残るエピソードを挙げてもらった。
「2012年全豪が、プロデューサーとしての最後の年でした。その2年ぐらい前にナダルのドキュメンタリーをWOWOWでつくったことがありました。それで、ナダル陣営とも知り合いだったので、これで最後になりますと伝えました。あの時の男子決勝では、(ラファエル・)ナダルと(ノバク・)ジョコビッチが、(グランドスラム決勝で最長となる)5時間53分の試合をして、ナダルが負けました。私は、普段中継車の中にいるのですが、最後だったので、ロッド・レーバーアリーナで生観戦をさせてもらいました。試合後に、もう1回ナダル陣営にあいさつに行ったら、マネージャーがラファを呼んできてくれる、と。本当にラファが来てくれてハグして、もう僕は感動してしまいました」
一方、海外からの中継では苦労がつきもので、テニスの特性から起因するものが多い。
「他の競技だと、何月何日に何の試合があるとわかるじゃないですか。でも、テニスは、大会期間はわかるけど、誰と誰の試合になるかは、前日にならないとわからない。そこが難しくて、短い時間で、構成を考えないといけないし、見どころのVTRを作らいないといけない。昼の試合なのか、夜の試合に入るのかでも違うので、直前にならないと案内できない難しさがあります」
以前は、現地に入ってスタッフ40人ぐらいで動き、足で稼いだ情報を届けていたが、コロナ禍以降では、東京・辰巳にあるスタジオで実況と解説を付けるスタイルになっている。現地で取材できない寂しさはあるが、逆に見れば、放送業界も技術的進化の恩恵を受けている格好になる。
「現地に行かなくても、東京にコントロールセンターを置けば、カメラをリモコンで操作できるんですよ。われわれは、リモートプロダクションと呼んでいますが、無人カメラをリモートでコントロールする。まだ海外での実績はないですけど、ゆくゆくはたぶんできるようになるのでは。人件費、渡航費、宿泊費など予算の削減につながっています。ただ、海外の中継は、国際映像を大会側で作ってもらえます」
テニスの場合、共通言語が基本的に英語とはいえ、スペイン語など他の言語が使われることも多い。中継中に、いち早く選手のインタビューを視聴者に伝えるために、制作サイドでは試行錯誤している。
「準決勝や決勝は、同時通訳をお願いしています。早いラウンドでは、契約している翻訳家が、選手のインタビューを聞いてから、日本語に翻訳して文字化したものをLINEで送り、それをアナウンサーに見てもらっている。次のステップとして、生成AIによる同時通訳が、近い将来できるようになるのではないでしょうか」
WOWOWが思い描く未来とは?
現在、日本では、男子ATPテニスツアーをU-NEXTが配信し、女子WTAテニスツアーをDAZNが配信している。長年、テニス中継をしていたCS放送のGAORAは、2024年いっぱいでテニスから撤退した。今後、WOWOWは、配信会社とどう差別化を図っていくのだろうか。
「放送と配信の二刀流が、われわれの強みです。今は、見るだけではなく、グッズを買えたり、解説者のテニスレッスンを受けられたり、ライブビューイングをやったり、そして、テニスオーストラリアと一緒の観戦ツアーがあってWOWOWの加入様限定で大会の裏側へ行けたりします。視聴だけにとどまらない体験の付加価値を提供して、本当にテニスにどっぷりとつかってもらうような取り組みをしています」
WOWOWのオンデマンドでは、グランドスラムでの全コートの試合を配信しており、シングルスだけではく、ダブルス、ジュニア、車いすテニス、デフテニス、すべてをカバーしており、視聴者がそれぞれの好みに合わせてお目当ての試合や選手を見ることができる。
「昔は(WOWOWの)2チャンネルを使って別々の試合を中継しましたが、今は全部配信できるすごい時代ですよね。私が現場にいた頃には想像できませんでした」
WOWOWには長年培ったノウハウがあり、ファンがテニスコンテンツを安心して見られるという一日の長がある。
「そこは引き継いでいきたい。時代に合わせて、伝統を守りながら新しいものを取り入れていく」
地上波、衛星放送、配信などの放送業界の熾烈な競争は今後も続いていくだろうし、技術の進歩も加速度的に速くなっていくだろう。そんな中で、スポーツを愛する視聴者が置きざりにされるようなことはあってはならない。一方で、視聴者は、賢い取捨選択をしていかなければならない。
全豪は、メルボルンパークで2026年1月18日から2月1日まで本戦が行われるが、今回知ってもらった裏側を頭の片隅に置きながら改めて見てもらうと、よりテニス観戦を楽しめるかもしれない。