両手を膝についた大谷翔平(3回表)

 まさに両チーム総力戦となった第7戦、ピッチャー事情はその最たるものだった。第3戦で延長18回、6時間半を超える熱戦を戦った両チームの投手陣は疲弊していた。なかでもドジャースはトライネンに代表されるようにリリーフに難があった。佐々木朗希も急造のクロ―ザーとして十分に役割を果たしてはいたが、まだ100%の信頼ではなかった。だからこそドジャースは先発陣の豪華なリレーという、異例の投手起用で戦った、というより戦わざるをえなかった。その代表が大谷翔平であり、山本由伸でもあった。

 名場面のひとつに大谷が3回に打たれたスリーランホームランをあげた理由は、なんといってもこんな大谷をいままで見たことがなかったからだ。大谷が打たれることは、もちろん普段からある。いつもは首を軽く横に振ったり、厳しい表情を浮かべたり、時にはうなずくようなしぐさも見せることもある。その大谷が、ボールがスタンドに飛び込むのを見届けたうえで、ぐったりと疲れ切った様子で両手を膝について下を見る。そんな姿に正直衝撃を受けた。大谷も人間なんだ。当たり前のことだが、そんな言葉が頭をよぎった。

 ただでさえ二刀流復帰のシーズン。中6日、7日、多い時には10日以上あけて投げていたのに、いきなり中3日だ。ロバーツ監督は試合後に出演した番組の中で、大谷が自らいけると伝えたうえでの登板だったこと、イニングは設定せずできるだけ長く(とはいっても3イニングくらいを想定)と思っていたことを説明している。

 大谷のこれまでの行動を考えれば、第7戦の先発に行かない選択肢はない。ただ、初球から本調子とは程遠いものだった。いきなりカーブが高めに抜ける。2球目のカーブも大きく外れる。3球目のスライダーもストライクが取れずスリーボール。ここでストレートで最初のストライクを取るが球速は155キロ。どう考えてもいつもの大谷ではなかった。5球目のストレートをスプリンガーにとらえられた。疲労を引きずっているのは明らかだった。このイニングは相手のミスもあって、結果として3人で抑えたが、続く2回も試練は続いた。ストレートの球速こそ159キロを計測し始めたが、変化球をうまくコントロールできない。多彩な球種を持つ大谷の選択肢がだんだんと狭くなっていくのが手に取るように分かる。フォアボールとヒットで一塁二塁のピンチ、打席のバーショは長打力のある左バッターだ。スライダーが高く入るが、ここはバーショが打ち損じてライトフライ。わずかにタイミングがずれたが、ホームランになってもおかしくない甘いボールだった。さらにヒットでツーアウト満塁の大ピンチ。迎えるは9番のヒメネスという場面。9番といっても打席での粘りは特筆すべきものがある。いやなバッターに最後は159キロのストレートで三振を奪った。吠えた大谷、しかしこの時点で球数は43球、汗びっしょりだった。本来とはほど遠い出来で、2イニングをゼロで抑えたのは大谷の執念としか言いようがなかった。もうここで交代した方がいいと思ったのは私だけではなかったはずだ。

 しかし、ロバーツ監督の判断は続投。結果は、ヒットと申告敬遠のランナーを置いて、甘く入ったスライダーをこんどはビシェットに打たれスリーランホームランにされた。そして見せたのが、両手を膝についたあの姿だった。究極の登板だったに違いない。思い通りにスピードが出ない、コントロールができない、でも大谷はマウンドに立ち続けた。試合後、大谷は「打たれても打線の一人として一生懸命プレーしようと思った」と話したように、自らのプレースタイル二刀流で最後までチームに貢献し続けた。もちろんこのホームランを責める人など誰もいない。このシーンは、二刀流・大谷翔平の覚悟とすごみ。ワールドシリーズ第7戦の重さとチームの絆。実際はこんな陳腐な言葉では言い表せないほどの野球の偉大さを感じさせられた場面だった。

ミゲル・ロハスが見せた執念(9回表裏)

 数々のビッグプレーが生まれた第7戦の中でも、起死回生とか、値千金とかいうフレーズが最もあてはまるのが、9回のロハスのプレーだろう。2度もチームを敗退の危機から救ったのだ。

 まずは9回表、1点を追う場面。ワンアウトランナーなしでの打席だった。次に控えるのは大谷翔平。ロハスは試合後に「翔平につなげるようにセンターに打ち返すイメージだった」と打席を振り返っている。ただ粘ったあとの7球目、ロハスにとって打ちごろのスライダーが内角低めに入ってきた。無心で振りぬいた打球はレフトフェンスを越えた。まさに起死回生の同点弾だった。ロハスは野手としてチーム最年長、シーズンを通してチームの精神的な柱となってきた。しかし、けがでワールドシリーズはプレーできるかどうかさえわからない状況だった。ロハスはシリーズ後にムーキー・ベッツのポッドキャスト番組で当時の心境を語っている。「ただチームのためになりたかった。心の準備はできていた」と。ベテランとしてこれ以上ない仕事だった。

 もうひとつ、ロハスはこのホームランのあと大谷からかけられた言葉を別の番組で明かしている。ロハスは来シーズンを現役最後のシーズンにすると宣言しているが、大谷から「引退したらだめだよ。あと10年は一緒にプレーしよう」といわれたという。それをうれしそうに話すロハスの姿からは、大谷への尊敬の念がにじみ出ていた。

 さらに続けると、9回裏の守りでロハスはもうひとつのビッグプレーを見せた。ワンアウト満塁、マウンドには山本由伸でバーショの当たりはセカンドゴロ。ふだんなら何も心配いらない打球だったが、1点入れば終わりの前進守備の場面。ロハスは態勢を崩しながらもホームへストライク送球しアウトをもぎ取った。リプレー検証にもなったきわどいプレーだったが、ロハスの高い技術力と「絶対に勝つ」という強い執念が生んだビッグプレーだった。

 ベッツはロハスをワールドシリーズ連覇の「影の立役者」と絶賛した。ロハスは言った、「こういうプレーは教えることができるようなものではない。勝ちたい気持ちが強いと勝手に体が動くものだ」と。このロハスのプレーに、続いたのがセンターに入ったパヘズだった。左中間の大きなフライをランニングキャッチ。キケ・ヘルナンデスにぶつかりながらもボールを離さなかった。この回を終えて延長に入ったが、流れをドジャースに傾けるには十分すぎるプレーだった。

山本由伸 中0日の衝撃(9~11回)

 第7戦を語る上で、絶対に外せないのはMVPに輝いた山本由伸の快投だろう。山本のブルペンの映像が流れただけで、トロントのファンはため息をついて静まり返ったといわれている。

 話は戻るが、山本は第6戦で先発し、6回1失点で勝ち投手になっている。ここで決めるぞと意気込んでいたブルージェイズの出鼻をくじいた投球は見事としか言いようがなかった。その日の会見で、山本は「明日はベンチで応援します」と語っている。さすがに連投はないと思っていたのは、いつわりない思いだったに違ない。そんな山本に連投もありえるよと声をかけた人がいた。矢田修トレーナーだ。ここはNHKの報道を引用するが、総力戦なら連投という場面があるかもしれないと準備を促したという。矢田トレーナーに体のケアをしてもらった山本は、いざとなったら行くという気持ちで第7戦に臨んでいたのだ。ちゃんと準備があったからこそできた登板だったわけだ。

 話はその5日前に遡る。第3戦、あの延長18回の試合だ。その2日前に完投勝利をあげていた山本がブルペンで準備を始める姿に、度肝を抜かされた。その時のことをロバーツ監督が振り返っている。「山本は『ワールドシリーズのマウンドに野手を立たせるわけには絶対にいかない。自分が投げる』と言ったんだ」と、当時のやり取りを明かした。結局、フリーマンのホームランで決着がついて山本の登板はなかったが、この時から山本の腹は決まっていたのだろう。

 マウンドに上がった山本は決して万全ではなかった。スネルからワンアウト一塁二塁で引き継いだマウンドで、いきなりカークにデッドボールをぶつけている。コントロールのいい山本らしくない試合の入りだった。ワンアウト満塁、フォアボールもデッドボールも、犠牲フライもエラーも許されない。前日に100球近く投げたピッチャーのリリーフ登板、仮に失点しても誰も文句の言えない場面だが、エースはここからが違った。味方のビッグプレーにも助けらホームを踏ませなかった。山本は10回もマウンドへあがり三者凡退に抑える。見慣れた風景だが、先発からの連投となったことを考えたら、すでに偉業といってもいい。さらに11回。その直前にウィル・スミスの勝ち越しホームランが出て、この回を抑えたらワールドチャンピオンになるイニングだ。最もプレッシャーがかかる場面でも、ロバーツ監督に迷いはなかった。マウンドに向かって山本が走っていった。

 ここで最後のドラマが動き出す。先頭はブルージェイズの主砲、ウラディミール・ゲレーロ・ジュニア。父であるウラディミール・ゲレーロはエクスポズやエンジェルスで活躍した強肩強打の外野手だ。野球殿堂入りしているものの、ワールドチャンピオンのタイトルは手にしていない。息子のジュニアは、父にチャンピオンリングをという強い思いを持っていた。フルカウントから山本がインコース高めに投げ込んだ156キロのストレートをものの見事にレフト左にはじき返した。ツーベースヒットで、ノーアウト二塁。絶対に負けられないという強い気持ちが伝わってくる一打だった。ブルージェイズは送りバントでワンアウト三塁として、同点を狙う。ブルペンでは佐々木とカーショウが準備をしているが、ベンチは動かない。

 迎えるは、このシリーズ絶好調の5番・バージャー。この打席こそ、山本とドジャースの勝負勘が最も冴えた瞬間だと言っていい。具体的に見てみよう。初球はスプリット、わずかにアウトコース高めに外れる。2球目も同じコースでボール。山本はコースぎりぎり、それもわずかに外れたところに投げ込んでいく。バージャーが手を出しても内野ゴロもしくはポップフライになる確率が高いコースだ。選球眼の良いバージャーは、誘いには乗らない。結局全球スプリットでストレートのフォアボール、一塁に歩いた。サヨナラのランナーとなるが、このフォアボールは意図的だったのだろう。結果的にワンアウト一塁三塁としたことで、続くカークをダブルプレーに仕留めることができた。

 しかし、申告敬遠ではなく、コースぎりぎりを攻めながら、最後フォアボールにしたというのは、これぞ山本由伸の真骨頂ではなかっただろうか。スプリット4球を投げていたからこそ、続くカークは考えたはずだ。キャッチャーのカークは配球を読むのがうまいとカーショウも話している。そのカークをネクストにおいて、山本は4球スプリットで誘う投球をした。カークは当然、スプリットとストレートのコンビネーションを頭に描いていたはずだ。しかし、初球はカットボールでファウル、2球目にカーブを見逃してストライク、2球で追い込まれた。もう次のボールを予測できなくなっているカークの頭の中は想像するに難くない。そして最後はアウトコース低めにスプリット、バットを折りながらのショートゴロゲッツーで試合を締めた。

 やはりこの場面が、ワールドシリーズのハイライトだろう。とにかく最後は山本由伸のピッチャーとしての完成度の高さを見せつけられた第7戦となった。


VictorySportsNews編集部

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