ピクシーが力説したこと

 18日は式典に合わせてさまざまな催しが実施されたが、ひときわ拍手と歓声が大きくなった瞬間があった。Jリーグの名古屋グランパスで選手、監督として活躍したドラガン・ストイコビッチ氏が姿を現したときだった。華麗なプレーで「ピクシー(妖精)」の異名を取り、ユーゴスラビア代表として活躍。1990年ワールドカップ(W杯)イタリア大会では準々決勝でディエゴ・マラドーナ擁するアルゼンチンと互角に渡り合った(PK負け)。名古屋では選手として8季プレーし、その後監督を6シーズン務めた。2010年には監督としてクラブ初のJ1制覇に導いた。「ピクシーおかえり!」の声がかかったように、時は過ぎても、押しも押されもせぬスターだ。

 改修前の瑞穂で数多くの鮮烈なプレー、チームを鼓舞する姿で人々を魅了してきた。名古屋在籍中はスタジアムから5分ほどの場所に住んでいたという。今回、新装の競技場を見て回り、こう力説した。「以前のスタジアムとは全然違う雰囲気だが、前と同じ場所にスタジアムがあるということが大事。みんなの魂、スピリットが宿っている」。選手、スタッフの汗と涙が詰まっているグラウンド。ファンと共有している数々の思い出は、最新設備になっても色あせない歴史、伝統として受け継がれる。

 ストイコビッチ氏といえば監督時代、日産スタジアムでの試合中、ベンチの方に飛んできたボールをダイレクトで豪快に蹴り返し、ゴールに入れるという〝革靴シュート〟でも有名。完成式典の日もピッチに入り、革靴で巧みにリフティングする場面があった。「陸上トラックもあるけどサッカー専用スタジアムを思わせる素晴らしさを感じる。何より芝の質が高い。いいプレーができると思うので新しい歴史をつくっていってもらいたい」。世界を知っている観点から、新しいスタジアムを絶賛した。

85年を経てたどり着いた特色

 1941年に完成した瑞穂陸上競技場は2015年から、地元に本社を置く大手ガス器具メーカーのパロマが命名権を保持している。生まれ変わったスタジアムは6階建てで、観客スタンドは全席屋根付きで約3万席に増えた。設計段階から障害者団体などを含めて多面的に意見交換を重ね、車いす利用者席を約300席用意したり、バリアフリートイレやベビーケアルームを分散配置したりと多様性も重視。原型が出来てから85年の月日を経て、誰もが楽しめる時代先取りの構造になった。

 大きな特色の一つが、住宅街に存在している点。それ故に地域との結びつきを大切にしており、象徴的な施設がある。スタジアムの主動線を担う3階コンコースと、隣接するレクリエーション広場の外周デッキを結んだ回遊路「MIZUHO-LOOP」。総距離約1キロで、上空から見ると8の字の形状となっている。イベント開催日以外に一般開放されるのが魅力で幅員も広い。ジョギングやウオーキング、散歩と思い思いに過ごすことができ、日常に溶け込みやすい空間になった。

 女子マラソンの元世界記録保持者で2000年シドニー五輪金メダリスト、岐阜県出身の高橋尚子さんにとってもゆかりの地。1998年に瑞穂陸上競技場発着の名古屋国際女子マラソンで日本新記録を樹立して優勝した。完成式典でのビデオメッセージで「大きな自信となり、本当の意味でマラソンへの第一歩を踏み出す大会になりました」と述懐。既に視察していた新スタジアムの感想をこう述べた。「単に競う場所ではなく人と人とをつなぐ場所。トップアスリートから市民の皆さんまで、笑顔が広がって地域が一つになる、みんなのスタジアムになるんだという感じがしました」。本質を突いた発言だった。

セールスポイントと新時代のシンボル

 新生されたスタジアムを中心としたスポーツパーク。管理運営は複数の組織から構成される指定管理者「株式会社瑞穂LOOP-PFI」が担い、ミズノや竹中工務店、新東通信、日本管財などが名を連ねた。その一角を担うミズノスポーツサービスは全国で多くの施設の管理、運営に携わっている。関係者は「瑞穂は広い敷地内に多彩な建物、設備がそろっていて大変魅力があります」と語る。スタジアムの他にも体育館やラグビー場、野球場、スケートボードなどができるアーバンスポーツの広場、相撲場、宿泊研修室、いろいろな遊具を兼ね備えた公園―。多岐にわたって、集合体としての「スポーツコンプレックス」を形成している。

 敷地内を流れる山崎川は桜の名所で、市民の憩いの場だ。来春にはスタジアムの前に広がる「にぎわいの丘」エリアにカフェやレストランが誕生する見通しという。主要ターミナルの名古屋駅や金山駅からアクセスも良く、地下鉄の三つの駅から徒歩圏内とセールスポイントは多い。愛知県内に目を向けると、サッカーなど球技専用競技場で約4万4千人収容の豊田スタジアムも知名度が高いが、それぞれに良さがある。

 かつて、歌手のコンサートなどが東京や大阪といった大都市で催されながら名古屋では実施されない現象が目立ち〝名古屋飛ばし〟との言葉も飛び交ったこともある。それでも昨年には世界最新鋭の設備を持つ屋内施設、IGアリーナ(名古屋市北区)が開場し、海外資本を含めてラグジュアリーホテルの開業が相次ぐ。パロマ瑞穂スタジアムも新時代の名古屋のシンボルになるのか。ストイコビッチ氏は「皆さんが一瞬一瞬を楽しんで、記憶に残る時間を過ごしていただきたい」―。まずはアジア大会、アジアパラ大会が試金石になる。


高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事