さらに、白鵬擁護派や協会批判派の論調に共通するのは、「過去に暴力不祥事を起こした親方の処分は軽かったのに、なぜ貴乃花や白鵬に対してだけこれほど厳しいのか」という、過去の事例を引き合いに出した「処分の不公平感」の訴えである。

 しかし、これらの論調は、現代における組織のコンプライアンスが歩んできた「歴史的変遷」と「公益法人のガバナンス(統治)」を完全に無視した、極めて浅薄な感情論に過ぎない。

 事実に即して冷静に分析すれば、貴乃花氏や白鵬氏が組織を去ったことは、むしろ公益財団法人としての日本相撲協会が今日まで存続するために「不可避、かつ制度的に正当なルール適用」であったことが証明される。

「排除された」のではない。重大な規律違反と「自主退職」という厳然たる事実

 まず、大前提として歪められてはならないファクトがある。貴乃花氏も白鵬氏(元宮城野親方)も、相撲協会から「解雇(免職)」の処分を受けたわけではない。彼らは双方とも、各種の処分案や調査が行われ、自らの意思で「退職届」を提出し、自主的に相撲協会を去ったという事実がある。

 彼らがそうした状況に追い込まれた原因は、執行部の主観的な嫌悪などではなく、彼ら自身が「公益財団法人の定款およびコンプライアンス規定を著しく逸脱した」からに他ならない。

 貴乃花氏のケースを振り返ろう。弟子である貴ノ岩の暴力被害を発端としながらも、親方であれば誰でも課せられている「協会への報告義務」を完全に無視し、独断での行動を繰り返し、通常の職務も放棄した。さらに、相撲協会との間で法的対立関係にあり、ガバナンス上の深刻な問題が指摘されていた外部顧問(元相撲協会顧問)との極めて密接な関係が露呈した。もしあの時、相撲協会執行部がこうしたガバナンスを無視したスタンドプレーを許していれば、相撲協会は所管官庁(文部科学省)から公益財団法人の認定を取り消されていた可能性が高い。それだけではなく、相撲協会が保有する資産もなくなった可能性もあり、その後のコロナ禍を無事に乗り切れたかどうかも不透明であった。貴乃花氏の退職は、自らが組織の統治(ガバナンス)を拒絶したことによる、必然の幕引きであった。

 白鵬氏も同様である。現役時代から、自らの取組に自ら物言いをつける、万歳三唱など度重なる問題行動が目立ち、再三注意されていたが完全に無視するかのように問題行動を繰り返した。こうした「指導者・管理者としての適格性」への深刻な懸念は、彼が引退して親方になるまさにその瞬間に、相撲界の歴史上かつてない「異例の条件」として突きつけられていた。

 2021年9月、日本相撲協会の理事会において白鵬氏の年寄「間垣」襲名が承認された際、協会は前代未聞の「条件付き誓約書」への署名を義務付けた。このような条件付きの襲名は相撲界の歴史において白鵬氏が初めてという極めて異例の事態であった。当時の年寄資格審査委員会や理事会では、彼の現役時代の問題行動(ガイドラインが示されていたにもかかわらず守られなかった東京五輪への無断観戦などを含む)を重く見た親方衆から、「襲名を認めるにしても条件を付けるべき」「10年間は部屋付きの親方として親方業を習熟すべき」という厳しい意見が出ていたのである。

 結果として、白鵬氏は師匠同席のもと、「新人親方として理事長をはじめ先輩親方の指揮命令・指導をよく聞き、与えられた業務を誠実に行うこと」「協会の規則・ルール・マナー、相撲界の習わし・しきたりを守り、そこから逸脱した言動を行わないこと」を明記した誓約書にサインさせられた。にもかかわらず、親方となってからの彼はどうだったか。宮城野部屋において弟子の凄惨な暴力事件が発生した際、相撲協会への報告義務を怠っただけではなく、コンプライアンス委員会の調査では口止めや事態の矮小化を図ったと認定された。

 これは、かつて自身が結んだ誓約書を真っ向から破る背信行為である。どれほどのスターであっても、社会通念上のルールや法規定を免除される特権など存在しない。彼らルール違反者が去ったからこそ、相撲協会は社会的信頼を維持し、組織を存続させることができたのである。

メディアの商業主義が加担する「不毛な陰謀論」の再生産構造

 なぜ、これほどまでに客観的な事実が揃っているにもかかわらず、世論は未だに「協会悪玉論」や「貴乃花・白鵬同情論」に傾くのだろうか。その背景には、一部マスコミが抱える歪んだ報道姿勢と商業主義がある。

 マスコミにとって、知名度抜群の「大スターの不祥事や組織との対立」は、PV(ページビュー)や視聴率、すなわち「数字が取れる」格好のコンテンツである。そのためマスコミは、事態の根底にある複雑なガバナンスの法理や組織の定款を意図的に無視し、扇情的な見出しを掲げて事態を「判官贔屓のドラマ」へと仕立て上げる。

 時には、根拠のない単なる噂や意図的な虚偽の憶測までを交え、「巨大権力(相撲協会)にいじめられる悲劇のヒーロー」という構図を面白おかしく取り上げる。こうしたバイアスのかかった報道は、制度や規律の実態を知らない無知な人々を容易に煽り立て、ネット上での感情的なバッシングや不毛な陰謀論の渦へと引き摺り込んでいく。メディアが「数字」を優先して本質を歪めて報じ、それが大衆の無責任な同情論を呼び、さらにそれがネット記事のコメント欄を増殖させる。この底の浅い「マッチポンプ式」の再生産構造こそが、現在の不健全な世論を生み出している元凶に他ならない。

「昔は甘かった」というダブルスタンダード論が完全に破綻している理由

 貴乃花・白鵬擁護派が好んで主張する「過去の別の親方の処分はもっと軽かった」という論法は、現代の組織運営において全く通用しない。理由は極めて明快である。

 第一に、「コンプライアンスの基準は、時代とともに劇的に変化・厳格化している」という当然の事実である。 これは相撲界のみならず、現代のあらゆるビジネスやスポーツ組織に共通する。例えば、20年前に「厳しい社員指導」や「身内のなあなあな穏便処分」で済まされていたパワーハラスメントや企業不祥事が、現代社会で発覚すれば、一発でブランド崩壊や経営陣の解任に直結する。社会全体のコンプライアンス基準が不可逆的に強化されている現代において、「過去の甘かった時代の処分例」を引き合いに出し、「今の貴乃花や白鵬に対する処分は厳しすぎる」と主張するのは、時代の変化を認識できない時代錯誤な暴論でしかない。

 第二に、ガバナンスにおける処分の評価は、「事象が発生した『当時のタイミング』における組織規定・社会基準」に照らし合わせて、横並びで判断すべきものだからである。日本相撲協会は、相次ぐ不祥事の反省を踏まえ、暴力根絶やハラスメント防止のガイドラインを数度にわたって改定し、処分基準をその都度厳格化してきた。そして、各不祥事が起きた「その時点の規定」に則り、当時の社会通念上、必要とされた重い処分を粛々と適用し続けてきたのである。

 それにもかかわらず、数十年前の低い基準で行われた過去の事例と、現在稼働している高度なコンプライアンス基準を縦軸で比較して「不公平だ」と叫ぶのは、比較の前提条件が揃っていないため、制度の仕組みを理解していないナンセンスな議論に過ぎない。

 ここで批判派は、「伊勢ヶ濱親方(元横綱・照ノ富士)の暴力事件」を引き合いに出し、「なぜ、白鵬の受け入れ先となった伊勢ヶ濱親方が暴力事件を起こしたのに、あちらの処分は軽いのか」と二重基準(ダブルスタンダード)を叫ぶ。

 しかし、この比較こそがガバナンスの本質を全く理解していない無知の露呈である。

 伊勢ヶ濱親方の暴力行為は決して許されることではない。しかし、この事案において自らが事象の発生後に一切の隠蔽工作を行うことなく報告し、事実関係の調査に即座に応じ自らの非を全面的に認めた。その結果、改定された現在の暴力処分基準に則り、「本人が即時に非を認め、隠蔽や常習性のない突発的な事案」に対する客観的な処分が粛々と執行されたのである。

 これに対して白鵬氏の場合はどうだったか。彼は「問題を起こせば年寄資格審議の対象になる」という、前代未聞の個別な「条件付き誓約書」を自ら交わしていながら、弟子の暴力事件を自ら報告せず、組織的に「隠蔽」しようとしたのである。

 「即時報告し、ルール通りに自浄作用を働かせた師匠」と、「誓約書を破って暴力事件を報告せず組織的に隠蔽した師匠」を同列に扱い、「処分の重さが違うのは不公平だ」と叫ぶのは、比較の前提条件が根本から崩壊している。近代的な組織運営において、この二者に処分の差が出るのは至極当然のロジックである。

「明文化されたルール」の徹底こそが組織を守る唯一の道

 貴乃花氏を狂信的に擁護した層と、現在の白鵬氏を情緒的に擁護する層の心理構造は一致している。彼らは「現役時代の圧倒的な実力と実績」という輝かしい記憶に眩惑され、「相撲協会執行部が嫉妬してスターを退職に追い込んでいる」という、認知の歪みを起こしているのだ。

 しかし、日本相撲協会が、文部科学省の厳格な指導のもとで公益財団法人の地位を保てているのは、勝敗という競技結果ではなく、「定款に規定された組織としての透明性」と「社会規範に適合したガバナンスの遵守」が客観的に証明されているからである。

 現在の相撲協会執行部が貫いているのは、政治的な排除などではなく、いかなる大スターであっても組織の規律を破れば等しくルールを適用するという、制度として極めて健全な「ガバナンスの王道」である。

 世間の無責任な同情論や、時系列を無視した無意味な処分比較に惑わされてはならない。日本相撲協会が示した、何者にも例外を作らない「客観的な規律とルールの厳格執行」こそが、大相撲という組織が現代社会において存続し続けるための、唯一の道なのである。


VictorySportsNews編集部

著者プロフィール VictorySportsNews編集部