文=手嶋真彦
“経済第一”を理念とする「いわきFC」の存在
共同通信 エコノミー・ファーストと言っても、飛行機の話ではもちろんなく、難解な話をするわけでもない。日本人の多くに馴染みのある例で説明しよう。企業が事業を継続し、雇用者に給料を払い、設備や人材に投資するには、利益を出す必要がある。"経済第一"で物事を進めていかなければ、社員や家族の生活は成り立たない。それがすなわちエコノミー(経済)・ファースト(第一)だ。プロスポーツの世界も同じで、"プレーヤーズ・ファースト"(選手第一)を実現するには、その前に"経済第一"で発想し、活動し、相応の利益をあげなければならない。
そんな自明の理をわざわざ持ち出さなければならないのは、日本の従来のプロスポーツが、必ずしもエコノミー・ファーストではなかったように映るからだ。Jリーグの場合は、責任企業という名のいわば"祖父母"による援助が"家計"の危機を救ってきた。そうした支援を全否定するわけではない。問題は、何らかの事情で援助が途絶えたときに浮かび上がる。経済的な自立は、いずれにしても望ましい。とはいえ、先立つものはやはり必要で、それゆえ経済第一は難しいというジレンマがたいてい付きまとう。
そんなエコノミー・ファーストをある種の理念として打ち出し、福島県いわき市で精力的に活動している新興のサッカークラブが「いわきFC」だ。「スポーツを通じて、いわき市を東北一の都市にする」という明確なビジョンを掲げ、クラブ創設1年目は地域への趣旨説明と賛同を得るための地道な活動に重きを置いた。2年目の2017年は、複数のユニークなプロジェクトが本格的に動き出す。見据えているのは、スポーツクラブが地域の幸福度を高める中心軸となり、各種の取り組みから儲けを出して、収益をスポーツのために再投資するという経済循環だ。
さまざまな雇用をスポーツクラブが生み出し、地域経済を活性化する。コーチやトレーナーの働き口が増え、待遇を改善できれば、指導やケアの質が上がり、選手の利得になるだろう。競技者が引退した後の、セカンドキャリアの受け皿や選択肢も増加する。そうした好循環まで、いわきFCは視野に入れているのだ。
4月中旬には、専用のトレーニンググラウンド「いわきFCフィールド」に隣接するクラブハウスが、一般客も利用できる商業施設となってオープンする。3階には飲食店が5店舗、2階にはスポーツジムが、1階には世界的なスポーツ用品メーカー「アンダーアーマー」の直営店のほか、英会話教室なども入居する予定で、いわきFCには賃貸料が入ってくる仕組みだ。
人工芝のグラウンドは屋根付きの観客席を備えており、公式戦の開催も想定しているという。チームや選手の応援以外にも目的や楽しみがあり、それを地域経済活性化のひとつの求心力とする"商業型クラブハウス"は、日本では過去に例がない。
そのトレーニング施設では、中高生年代の選手育成にも着手する。2017年4月スタートのU-13年代を皮切りに、2020年までにはユース(U-18)とジュニアユース(U-15)の全カテゴリーが揃う予定だ。女子選手の育成にも携わる。
いろんな価値を生み出してマネタイズする
共同通信 いわきFCのアカデミー事業が異色と言えるのは、その中身と費用だ。代表取締役の大倉智によれば、目指していくのは「スマート(賢い)・アスリート」の育成である。
「子供たちには語学力を高めてもらいますし、栄養学に触れ、自分自身の身体についても知ってもらう。つまりインテリジェンスを伸ばす指導に重きを置きます。将来、プロ選手になる子も、別の道に進む子も関係なく、どんな世界でも通用する人材を育てていく試みです」
しかも、月謝はかからない。コンバインと称されるセレクションを通過できれば、費用の心配をせず、アカデミーの一員となれるのだ。エコノミー・ファーストの話をする大倉が何度も使ったのは、「価値」という言葉だった。
「スポーツでいろんな価値を生み出して、それをマネタイズ(収益化)していく。それがいわきFCの進んで行く道です」
アカデミーの無料化も実はマネタイズの対象で、今後はスポンサーを募っていくという。スポーツクラブが「日本の未来を担う人材の無料育成」に乗り出し、その取り組みに共感し、価値を認める企業や個人からの協賛金を運営費用に充てるのだ。エコノミー・ファーストを前面に、スポーツからさまざまな価値を創造していく、いわきFCの挑戦は最大級の注目に値する。(文中敬称略)