全74試合で意見交換が行われたのは17試合

 2017年のJリーグでは、結果を左右する重大な判定にかぎり、試合後にクラブの代表者と審判アセッサー(審判の評価をする人)が、疑問があった判定について意見交換を行うことになっている。

 ルールの共通理解を深め、審判側もプレーしている現場の考え方を知り、ディスカッションする。世界的にも例のない試みだ。

 17日の第1回JFAレフェリーブリーフィングでは、メディアに対し、上記の試みの結果が報告された。1~3節に行われた74試合のうち、意見交換が実施されたのは17試合。23の事象について話し合った。そのうちPKに関するものは16ある。

 ブリーフィングの冒頭、小川佳実審判委員長は、「たしかに間違っている判定が半分くらいありました」と認めた。

 この“半分”の誤審を、多いと捉えるか、少ないと捉えるか。

 そもそも意見交換の対象にならず、異議なしで正しいと認められた判定がほとんどだ。クラブ側から異議があった時点で、すでに映像を見て、何かしらの問題を見つけているわけで、そのなかで実際に間違っていた判定が半分というのは、逆に少なくも感じられる。

 残り半分の判定は、正しいことは正しいが、正しい理由をクラブに説明しなければ伝わらないものだった、ということ。つまり、審判側とプレーする側に、ルールの共通理解が欠けていた部分ともいえる。だからこそ、クラブとの意見交換や、メディア向けブリーフィングには価値がある。

 たとえば、手を使って相手を押さえるホールディングは、サッカーの魅力を削ぐ行為として、近年は世界的にも厳しく罰せられる反則だ。Jリーガーも少しずつ改善されてきたが、一方で、まだ近代ルールへの理解が追いつかず、ホールディングの悪習慣が残る選手もいる。

 このような習慣があると、守備を手に頼ってしまい、身体をぶつけて正当にボールを奪うことができなくなる。今回の意見交換会でも、あるクラブの強化担当者からは「どんどん笛を吹いてほしい。選手も癖になっているので、笛を吹かれないと、なかなかやめない」と話があったそうだ。

 選手を成長させたい気持ち、試合のクオリティーを高めたい気持ちは、クラブも審判も同じだ。このような意見交換を行うことには、大きな意味がある。

ごまかさすことなく示されたジャッジの基準

©Getty Images

 その後、第1回ブリーフィングでは、意見交換された判定のうち、10シーンについて映像を用いた判定解説が行われた。

 個人的にいちばん驚いたのは、J1第3節のG大阪対FC東京で、今野泰幸のファウルによるPK判定を、誤審と認めたことだ。

 担当した主審は、今野が室屋成に突っ込んだチャージをファウルとし、PKを与えたが、ブリーフィングで解説を務めた上川徹審判副委員長は「誤った判定でした。(今野の)プレーは正当であったと見ます」とコメントした。

 これには驚いた。なぜなら、PKと言い張ってしまえば、充分それで通じる判定だったのに。

 実際、最初に引き映像で見たとき、私は今野のファウルだと思っていた。勢い余ってぶつかり、吹っ飛ばしたように見える。上川氏も初見では同じ感想だったそうだ。中継のメイン映像のように、ピッチの横方向から見ると、接触面がよくわからず、今野のスピードと室屋の倒れ方から、ファウルに見えてしまう。

 このとき、今野はただぶつかったわけではなく、ボールを突っついてクリアしていた。もちろん、ボールに行けば必ずノーファウル、なんてことはない。過剰な力でボールごと相手を吹っ飛ばしたり、ボールごと足を刈り取ったり、あるいは危険なタックルでボールを奪っていれば、ファウルの対象になる。

 焦点となるのは、今野の接触が不用意であったか、無謀であったか、過剰な力であったか。この3点だ。判断は主審に委ねられる。

 私が驚いたのは、まさにそこだ。

 今野が結構なスピードで突っ込んだのは事実であるし、「過剰な力だった」と言えないこともない。そこは主審の主観なのだから、ルール上はPK判定でも誤りとは言えない。

 しかし、上川氏は「接触もあるが、通常のサッカーで起こり得る接触と見ます」と断言。審判に対する風当たりが強くなるのは間違いないのに、わざわざ誤審であることを認めた。

 今回の今野はボールにチャレンジした上で、ぶつかってはいるが、手足を引っ込め、ブレーキもかけていた。相手をつかんでもいないし、引っ掛けてもいない。ピッチの縦方向から見なければ、なかなか視認できないものだが、正当なチャージと見るのが妥当なのだろう。

 近年は審判サイドでも、正当なタックルやフィジカルコンタクトを奨励している。たくましく戦えるJリーガーが育つように、毎シーズン、判定基準として説明してきた。その観点から言えば、今回の今野のチャージをファウルとしてしまえば、「フィジカルコンタクトを奨励する」と言った基準にブレが生じる。

 目先のことを思えば、どうにでも言い逃れできそうな判定なのに、口先でごまかさず、あえて彼らは誤審を認めた。そこに私は、審判としての使命感、彼らの誇りを感じた。

 ルール理解と解釈を合わせるための、正直な意見交換とブリーフィング。この試みはすばらしい。ぜひ成功してほしい。


清水英斗

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合の深みを切り取るサッカーライター。著書は『欧州サッカー 名将の戦術事典』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材では現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが楽しみとなっている。