文=大島和人
リトルリーグ時代から注目を集めた逸材
清宮幸太郎はプロに行くのか、大学に進むのか、それとも――。怪童の進路は今年の高校野球、アマチュア野球における最大のトピックと言っていい。そもそも彼は中1の時点で全国的な注目株で、12年夏で開催されたリトルリーグ・ワールドシリーズに東京北砂リトルのメンバーとして出場。その活躍と存在感で、当地のメディアからベーブ・ルースになぞらえられるほどの評判も呼んだ。
彼は早稲田実業の中等部から高等部に進むと、1年夏の選手権から全国4強入りに貢献。15年夏に行われた18歳以下の世界大会には高1ながら“飛び級で日本代表に選出され、クリーンアップを任された。
今年1月に発売されたある高校野球雑誌は『清宮よ、迷わずプロへ行け!』という大胆な見出しを掲げていた。筆者も先日、野球誌から清宮選手の“進んでほしい進路”に関するアンケートを受けた。正式な結論は最後の夏を終えた後になるだろうが、そこまでは彼の進路に関する記事が断続的に出るだろう。
彼が在籍する早実は早稲田大への進学率が100%近い系属校。2006年の全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)優勝投手だった斎藤佑樹(北海道日本ハム)も、早大教育学部への内部進学を選んだ。加えて清宮は初等部からの通算12年生で、いわゆる“スポーツ推薦”ではない。彼があれほどの逸材でなければ、外野から進路をとやかく言われることも無かっただろう。
しかし彼の早大進学に関しては二つの気がかりな部分がある。清宮選手は間違いなく現高3の目玉で、高卒1・2年目からNPBの1軍でプレーし得る能力の持ち主。大学の4年間が遠回りという懸念は当然あるだろう。
また早大と早実は同じ“早稲田”でありながら、野球部のカルチャーが正反対。早実はのびのびとして豪快で、上下関係も緩い。一方の早大は規律正しい、緊張感のあるチームだ。そんなギャップもあり、斎藤佑樹世代は最終的に斎藤自身も含めて3名しか早大の野球部に残らなかった。
もっとも高卒選手の進路を必ずしも大学とプロの”二者択一”で考える必要はない。最近は山岡泰輔(JX-ENEOS→オリックス)のように、ドラフト上位を狙える高卒選手が社会人野球に進む例も増えている。もちろんMLB球団と契約を結んでもいい。加えてまだ一般的ではないが、実は現実的な”文武両得”の選択肢がある。それはアメリカ、NCAAへの留学だ。
文武両道のカルチャーがあるアメリカの大学野球
©Getty Images 前回の原稿(※)でも述べたように、アメリカの大学野球は環境に優れ、加えて文武両道のカルチャーがある。野球選手として、一人の人間として、得るものが大きな選択肢だ。また野球ならば日本人選手が戦力になり得る。長くスポーツ留学の仕事に関わり、複数の競技で日米の橋渡しに努めてきた根本真吾氏(アスリートブランドジャパン株式会社代表取締役)はアメリカ人指導者の言葉をこう明かす。
「カリフォルニア州立大ノースリッジ校(NCAAディビジョン1=1部リーグ)のムーア監督は、(15年の)U-18アメリカ代表のピッチングコーチでもあるんです。秋利(雄佑・現三菱重工名古屋)選手を2年受け持っていたというのもあるし、もともと日本人の評価が高かったというのはあるにせよ、U-18の世界大会を見て『本当にみんないい選手だ。全員ディビジョンⅠに行けるし、ウチのチームに来てほしいくらい』って言っていました」
ムーア氏がアメリカ代表のスタッフとして来日したのは15年夏に関西で開催された「第27回WBSC U-18ベースボールワールドカップ」だ。決勝戦は日米対決で、アメリカが2-1と勝利している。そんな決勝戦で、平沢大河(千葉ロッテ)やオコエ瑠偉(楽天)らが並ぶ打線の4番を任されていたのが清宮。つまり彼はU-12時代も含めてアメリカと複数の対戦歴がある。
リトルリーグ・ワールドシリーズは2万人を超す観客を集め、ESPNで全米中継される毎年恒例のビッグイベント。アメリカではWBC以上の認知度がある。そんな舞台でも大活躍した「KIYOMIYA」の名を記憶するアメリカの野球人は間違いなくいる。彼が米留学を表明すれば、進んで受け入れるチームが出るはずだ。
また清宮がMLBでのプレーを将来的に目指すなら、NCAAへの進学は有用なステップになる。英語、アメリカの文化や野球を学ぶちょうどいい移行期間を確保できるからだ。加えて日本球界ではネガティブな意味合いになる大学中退もアメリカでは一般的な選択。プロの評価を得た上で、本人にその意思があるなら、そこで一足早く次のステップへ進めばいい。
アメリカの大学野球は日本のような首都圏に集中する形ではなく、全国に有力校が散らばっている。ディビジョンⅠと呼ばれる日本で言う一部校が全米に200〜300校あり、地域ごとのリーグ戦を戦っている。学校ごとに奨学金制度が用意されており、清宮級の選手ならば学費全額免除のフルスカラシップが前提になる。
問題はまだ留学のルートが細く、一般的でないという“心の壁”かもしれない。ただバスケットボールは留学生の数こそ野球と同様に多くはないが、八村塁(ゴンザガ大)、渡邊雄太(ジョージワシントン大)といった日本のトップ選手が相次いでNCAAの一部校に進んでいる。またB.LEAGUEのヘッドコーチを見ても水野宏太(レバンガ北海道)、伊藤拓摩(アルバルク東京)、浜口炎(京都ハンナリーズ)、桶谷大(大阪エヴェッサ)など米留学経験者の活躍が目立つ。野球に比べてアメリカとの縁を上手く生かしている競技と言えよう。
日本とアメリカの野球文化の懸け橋に
©共同通信 日本とアメリカは野球世界の二大文化だが、残念ながら交流が乏しい。テクノロジーの活用、データの利用といった部分で米球界は大幅に進んでいる。しかし日本はそこで立ち遅れており、追いつく術を欠いている。日本球界を見回したとき、ギャップを埋めるための橋渡しができる「英語が堪能でなおかつ野球を深く理解している」人材は皆無に近い。根本氏はこう述べる。
「メジャーリーグのデータ解析はマネーボールの時代からもっと進んでいる。野球だけでなくアメリカのスポーツ界全般で、データをAIに分析させてケガの予防に使ったり、トレーニングの最適化をしたりということがある。英語を理解しているというだけでも、情報量が大きく変わってくるし、最先端の情報を直に扱える。しかも野球のキャリアを持っている選手なら、勘所を活かせる。色んな意味で今までにない人材になる」
逆に日本野球のユニークなノウハウを、アメリカに伝えるというニーズもあるだろう。根本氏も「日本は強いですから『どんな練習しているの?』という興味を持っているコーチもいっぱいいる。そこは双方向でやれる」と口にする。
日本人メジャーリーガーの多くは十分なキャリアを持って渡米し、通訳の手厚いサポートも受けて北米に滞在していた。ただし“お客さん”としてアメリカ野球を経験しても、得るものには限界がある。アイク生原氏、長谷川滋利氏のような例外はいるし、ダルビッシュ有投手も中長期的には”日米の懸け橋”となる存在だろう。とはいっても、過去にスポーツビジネス、コーチングのプロフェッショナルとして米球界の深いところまで食い込んだ日本人は少ない。
アメリカはバスケやアメフト、陸上、水泳とあらゆる競技で世界のトップを行き、各種目のエリートが集う場だ。根本氏は言う。「アメリカの大学スポーツには世界中からトップアスリートが集まってくる。そういう人たちとのコネクション、今までの日本球界にない人脈を作れる可能性は高い」
自分が清宮選手を取材して印象的だったのが、そのパワーや技術だけでなく、物怖じせず初対面の大人に自分を主張するパーソナリティだった。アメリカは彼をスポイルするのでなく、その持ち味を存分に引き出す土地になるのではないだろうか?
もちろん彼の未来は本人と家族が熟慮して決断するべきことだ。ただ「早稲田大とNPB」というドメスティックな二者択一に縛られる必要はない。清宮選手の野球人生を開くためにも、日米の両球界が良縁を作るためにも、NCAA留学が仮に実現すれば大きな可能性を秘めたチャレンジとなるはずだ。