文=松原孝臣

世界ランキング上位を次々に撃破してアジア王者に

 快挙が生まれた。4月15日、卓球のアジア選手権で、平野美宇が優勝したのである。アジア選手権優勝が卓球では快挙である理由は、次の点にある。

 卓球は、圧倒的に中国が強い。その上、オリンピックでは個人戦に1国あたり2名しか出られないが、アジア選手権ではより多く出られる。その中にあって、平野は準々決勝でリオデジャネイロ五輪金メダルそして世界ランキング1位の丁寧、準決勝では同2位の朱雨玲、決勝では5位の陳夢と、3人の中国の実力者を破ったのである。この大会での日本女子優勝は実に21年ぶりという栄冠でもあった。

 優勝の価値の大きさは、瞬く間に海外で伝えられたことにも表れている。国際卓球連盟が、準々決勝の日のあと、平野の活躍をオフィシャルサイトに掲載し続けた。

 大会中に17歳の誕生日を迎えた平野美宇は、早くから将来を嘱望される存在だった。

 2007年の全日本卓球選手権バンビの部(小学2年生以下)では小学校1年生で優勝。2012年にはジャパントップ12卓球大会に11歳で出場した。

 大きく注目を集めたのは2014年のこと。同学年の伊藤美誠と組んだダブルスで、ワールドツアーのドイツ、スペインオープンで優勝したのである。ドイツオープンでの優勝時の2人の合計年齢は史上最年少で、ギネスにも認定された。2015年の世界卓球選手権個人戦では日本代表に選ばれている。
 
 そんな平野が大きく飛躍するきっかけとなったのは、2015年の秋に発表された翌年のリオデジャネイロ五輪代表から落ちたことにある。世界ランキングの上位2名が個人戦、3番目が団体戦の代表に選ばれる規定があったが、平野は4番目。よきライバルでもあり仲間でもある伊藤が3番目で代表をつかんだのだから、なおさら悔しさは募った。

従来の守備重視から攻撃的なスタイルに変更

©Getty Images

 その後、大きな決断をする。新しいコーチに教わることにし、プレースタイルも新たな方向性に取り組んだのだ。従来は粘り強く打ち合い、相手のミスを待つなど守備的だったが、自ら攻めていくスタイルを志向した。

 そのチャレンジは功を奏した。2016年4月のポーランドオープンでワールドツアーシングルス初優勝を飾る。10月のワールドカップでは大会史上最年少の16歳で優勝する。2017年1月の全日本選手権では、3連覇中の石川佳純を破り史上最年少の16歳9カ月で優勝。そしてアジア選手権での大活躍である。

 現在の平野は、相手のボールが台につくや否や打ち返すスピードを持ち、それによって対戦者は反応が遅れる。サーブも並みいる選手たちの中でも目をひくほど威力を秘めている。中国の監督が「私たちより進んだ技術がある」と評したのも、決して外交辞令ではない。

 新たなプレースタイルを目指したことが数々の活躍につながっているのは間違いないが、考えてみれば、五輪代表から落ちたあと、従来のスタイルを磨き上げるという選択肢もあったし、その方がリスクもより少なかったのではないか。そもそもコーチの変更もまた、大きな賭けと言えるかもしれない。これまでに積み上げてきたものがありながら、それでもそこから踏み出した勇気が、今日をもたらしている。

 平野の成長は、日本女子全体にも刺激となる。2020年の東京五輪の出場枠もまた、3名。そのうち個人戦は2名だ。石川佳純は健在だし、伊藤もいるし、福原愛も2020年を視野に入れている。さらに10代には、有望な選手がまだたくさんいる。平野も決して油断できない状況にある。

 すでに3年後への競争は始まっている。切磋琢磨する中で各々がレベルをあげることは、オリンピックでの悲願の打倒・中国にもつながっていく。 

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松原孝臣

1967年、東京都生まれ。大学を卒業後、出版社勤務を経て『Sports Graphic Number』の編集に10年携わりフリーに。スポーツでは五輪競技を中心に取材活動を続け、夏季は2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオ、冬季は2002年ソルトレイクシティ、2006年トリノ、 2010年バンクーバー、2014年ソチと現地で取材にあたる。