世界で勝つために設計された伊藤の独創的なスタイル

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世代交代をつげるかのような衝撃的な結果となった全日本卓球。その象徴となった、史上最年少で3冠を達成した伊藤美誠と、史上最年少で男子シングルスを制した張本智和のプレーについて、多少専門的に解説してみたい。

二人の活躍の背景に、3年前に導入されたプラスチック製ボールの影響があるという話も聞くが、筆者はその影響はほとんどないと見る。ボールの違いといっても、過去にあった38ミリから40ミリへの5%ものボールの直径の変更(2000年)や、日本で2001年まで通常の卓球と並行して行われていた「軟式卓球」に比べれば、微々たる違いでしかない。それらにおいてさえも、選手間の実力の逆転や特定のスタイルの選手の活躍は見られなかったのだ。厳密には多少の影響はあるかもしれないが、ボールのプラスチック化を二人の活躍の主要因とするほどの決定的な原理は見当たらない。

ボールの違いよりも明らかなのはプレーの進化だ。

伊藤のプレーで何よりも驚かされたのは、バックハンドドライブの回転量だ。女子シングルス準決勝で対戦した石川佳純も決勝で対戦した平野美宇も、抑えきれずにオーバーミスをする場面が何度も繰り返された。卓球は、相手のボールにどれほど強い回転がかかっていても、ラケットの角度さえ合わせれば返すことができ、それ自体に筋力は要らない。だから女子小学生でも成年男子のボールを返しうる。にもかかわらず石川と平野が伊藤のバックハンドドライブにオーバーミスを繰り返したのは、その回転量が彼女らの経験を上回る量であり、ラケット角度の馴れの範囲を超えていたからだ。卓球のように速いスポーツの場合、動きの多くは条件反射でなされるため、意識で変えられる部分は意外に少ない。頭でわかっていても、反応が組み込まれていない角度は瞬時に出せないのだ。

まだ17歳の伊藤が、中国選手とも対戦経験が豊富な石川や平野が返せないほどの回転量のドライブを打つこと自体驚くべきことだが、さらに驚くのは、伊藤はそれを「表ソフト」という回転のかけにくいラバーで実行していることだ。このラバーは、突起が表面に出ているタイプで、主流のラバーである「裏ソフト」よりもはるかに回転がかかりにくい(「表」とつく理由は、卓球界にこちらのラバーが先に登場し、後に日本選手が裏返すことを発明したという歴史的経緯による)。

なぜわざわざ回転がかかりにくいラバーを使っているかと言えば、回転が少ないボールの希少価値によるやりにくさと、回転がかかりにくい分だけ相手の回転に鈍感なため、回転の読みにくいサービスを返しやすいメリットがあるからだ。伊藤がレシーブのときにフォア側のボールまで動いてバックハンドで打つのはそのためだ。つまり伊藤は、回転のかかりにくいラバーのメリットを享受しつつ、回転をかけたいときには自らのスイングスピードで猛烈にかけるという、強引ともいえる力技の戦略を取っているのだ。

伊藤の異常さはそれだけではない。伊藤はフォア面には回転がかかる「裏ソフト」ラバーを使っている。当然、ボールに前進回転をかける「ドライブ」を中心にするのが定石だが、伊藤は逆に、回転をかけずにスピードを優先する「スマッシュ」やいわゆる「美誠パンチ」を連発するのだ。

つまり伊藤は、回転がかかりにくいラバーで回転をかけ、回転をかけやすいラバーで回転をかけないという、いわば「逆位相」とも言える卓球をしているのだ。このようなスタイルの選手は、知る限り現在も過去も世界のどこにも存在していない。卓球界でも極小の部類に属する伊藤の体格で、世界で勝つために設計された極めて独創的なスタイルと言える。

旧来の卓球を変える可能性のある張本のスタイル

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一方の張本の卓球の凄さは、ひとことで言えば、女子のピッチの速さと男子のパワーの融合である。

卓球の試合を見ていると、一般的に女子選手は台の近くでプレーをし、男子選手は台から離れてプレーをするのがわかるだろう。これは体格と筋力の性差による。トップレベルの卓球においては、勝敗を決するのは人間の反応時間を突き破るボールだ。ラケットの角度や巧妙さには限界がないが、反応時間だけはどれほど鍛えてもそれ以上は縮められない生物学的な限界があるからだ。女子選手の場合は、台から離れるとどれほど強く打っても相手の反応時間を突き破るボールを打つ筋力がないので、台に近づいて早いタイミングで打つことでそれを実現しようとする。一方で男子選手は、遠くから打っても十分に速いボールを打つことができるので、自分の時間を確保しつつ大きなフォームで強打を放つことを選択する。これが男女の台からの距離の差となっている。

通常、台に近ければ自分の持ち時間も少なくなるので、スイングは小さくなり、ボールの速さは一定限界内のものとなる。これが一般的な女子選手の卓球だ。ところが張本は、女子選手のように台の近くに陣取りながら(卓球ではこれを「前陣」という)、その位置ではありえないほど大きく体を使い、強烈なボールを放つ。それがわかりやすいのはフォアハンドのフォームで、両足を肩幅の2倍以上にまで広げ、打球前に相手に背中が見えるほど上体を捻って、一気に180度も捻り返す。ラケットの旋回角度は実に270度にも達する特大サイズのスイングだ。十分な時間があれば誰でもこのようなスイングができるが、張本はそれを時間がないはずの至近距離でやってのける。結果、一般の男子選手より絶対的に速いボールというわけではないが「その距離から打つボール」としては十分すぎる殺傷力を持つ。それを実現しているのは、驚異的な判断の速さと身のこなしの速さだ。それはあたかも張本のまわりだけプランク時間(※物理学で定義された時間の最小単位)が異なる「張本時間」が流れているかのようだ。

張本のバックハンドは、打法そのものよりも、相手が決め球を打ってこようが逆をつかれようが体勢が崩れようがお構いなしに、マシンガンのように打ち続ける発想の方に特徴を持つ。他の選手なら、当てるだけにして一度守りに入るか、十分な体勢で打つために台から離れて時間を確保する場面があるものだが、張本にはその発想自体がない。そこには、何が何でも前陣を死守したまま強打を放ち続けようという強い意志と、それに支えられた徹底的な訓練が感じられる。

昨年12月に仙台で行われた世界選手権最終選考会のとき、試合前の練習時間に、一般の男子選手が台から離れて豪快なボールを打ち合っていたのに対して、台にピッタリとついて性急ともいえる連続強打をひたすら繰り返す張本の姿は異端であり異様でさえあった。

ひとりが新しいスタイルで成功すると、あっという間に追従する選手が現れるのがスポーツの常だ。成功例はひとつでよい。可能性が示されれば十分なのだ。その可能性に賭けて多くの才能と時間が費やされ、やがてそれがスタンダードとなってゆく。これがスポーツの進化のプロセスだ。

伊藤の卓球はあまりに斬新であるため追従者は限られるだろうが、張本の「パワー前陣卓球」は、ある意味正攻法であるため、多くの追従者が出るだろう。それは、旧来の卓球をその選手とともに過去のものとしてしまうかもしれない。

生物の進化は目撃することはできないが、卓球の進化は今、目の前で起こっている。なんとドラマチックなことだろう。

平野美宇、驚異の進化遂げた17歳。転機となったリオ五輪の落選とスタイル変更

2017年4月15日中国の無錫で行われたアジア卓球選手権大会で17歳の平野美宇が優勝を飾った。中国選手が多数出場するこの大会での日本女子の優勝は実に21年ぶりの快挙である。2016年に行われたリオリンピックでは日本の4番手に甘んじ、代表の座に届かなかった平野美宇だが、なぜここにきて驚異的な進化を遂げているのか。そこには変化を恐れずに攻め続ける彼女の力強い姿勢があった。

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張本智和は、どんな小学生だったのか? 元専門誌記者が見た7年半

張本智和(JOCエリートアカデミー)の衝撃的な優勝で幕を閉じた今年の全日本卓球選手権大会。「チョレイ」に対する報道がやや過熱し過ぎている向きはあるものの、卓球に携わってきた人々は、連日テレビやネットで張本智和の特集が組まれることを喜んでいる。張本が一般的に認知され始めたのは昨年からだが、卓球界では以前から多大な注目と期待が寄せられてきた。その中でも、7年に渡って張本を見続けてきた元専門誌記者の渡辺友氏に、張本の成長過程を振り返ってもらった。(文:渡辺友)

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世界選手権メダルラッシュの卓球ニッポン 活躍の要因と東京五輪への展望銀メダリスト・森薗ら躍動! 明治大はなぜ校舎内で卓球を開催したのか「卓球の鬼」平野早矢香は、なぜ5度も日本一になれたのか? 相手の呼吸を読む3つのポイント

伊藤条太

卓球コラムニスト。1964年、岩手県生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績。東北大学工学部を経てソニー株式会社にて商品設計に従事。卓球本収集がきっかけで2004年より月刊誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年、ソニーを退社しフリーに。近所の小中学生に卓球を指導しながら執筆活動にいそしむ。著書に『ようこそ卓球地獄へ』『卓球天国の扉』等。『奇天烈逆も~ブログ』更新中。