東京2020大会の名場面も誕生

卓球の聖地“東京体育館”

 東京2020大会 の名場面の一つに挙げられるシーンも、この東京体育館が舞台だった。卓球で最初の種目だった混合ダブルス。現在は引退した水谷隼と伊藤美誠(スターツ)のペアが日本卓球界初の金メダルを獲得した。静岡県磐田市の互いの実家が近所という2人。赤を基調とした床の上で、同系統の色のウエアを着た年上の水谷と伊藤が抱き合って歓喜に浸った。東京体育館に仕立てられた華やかなステージ。新型コロナウイルス禍の影響で無観客実施の状況下で微笑ましい一幕となり、さわやかな風を吹き込んだ。

 劇的な勝ち方が盛り上げを演出した。ドイツのペアと当たった準々決勝。11点先取の最終ゲームで2―9と大幅なリードを許した。さらに6―10と相手にマッチポイントを握られて絶体絶命のピンチ。ここから驚異的な粘りを発揮し、16―14と大逆転して勢いに乗った。強豪の中国ペアに挑んだ決勝でもゲームカウント0―2とされながら、積極的な攻撃で逆転し、今まで勝ったことがなかったという相手を撃破した。その後も女子団体で銀メダル、女子シングルスの伊藤と男子団体が銅メダルを獲得と、日本勢は躍進を遂げた。

 卓球観戦の醍醐味は何といっても圧倒的なスピード感。ラケットのラバーで回転をつけながら、息をもつかせないような高速ラリーが展開される。カット打ちの選手だと台から離れた位置で相手の強打を返し、ダイナミックな応酬が繰り広げられる。ボールが軽くて小さい分、選手の能力を公平に出させるためには、会場設定に繊細さが求められる。東京体育館を運営する東京都スポーツ文化事業団は、配慮する点についてこう説明する。「試合中、空調の風が強いと競技の妨げになるため、空調を弱めに設定することがあります。競技特性の奥深さを感じます」。徹底した仕事ぶりで好勝負の舞台を整えている。 

東京体育館メインアリーナ

輩出した人材でステータス向上

 1956年に完成した東京体育館。メインアリーナの他、サブアリーナや陸上競技場も併設されている。1964年の東京五輪ではメインアリーナが体操会場となり、屋内プールでは水球が実施された。21世紀に入ってもフィギュアスケートや体操の世界選手権をはじめ多くの国際大会の会場となるなど長期間にわたって国内外から確かな信頼感を得ている。

 卓球では2000年代序盤から、毎年のように全日本選手権の会場となってきた。2004年には当時15歳の福原愛が女子ダブルスで2連覇し、ジュニアの部女子シングルスで初の3連覇を達成。卓球への関心度が上がり始めた時代と軌を一にしている。現在では水谷や女子の五輪メダリスト、石川佳純らは現役を引退してもバラエティー番組を含めたテレビ出演やCMへの登場などメディアを賑わせている。東京体育館で活躍した人材が、競技の普及やステータス向上に貢献している形だ。

 スポーツでは各競技に〝聖地〟と呼ばれる特別な場所がある。名勝負などで紡がれてきた歴史があり、選手は憧れ、ファンは心躍らせる地。例えばラグビーで言えばロンドン郊外のトゥイッケナム競技場、サッカーではロンドンのウェンブリー競技場、ゴルフでは全英オープン選手権などが開かれるスコットランドのセントアンドルーズなどが挙げられる。日本では柔道の日本武道館、高校野球の甲子園球場などがある。

 卓球ではここ20年における全日本選手権での数々の熱戦、東京2020大会での名シーンをはじめ、語り継がれる局面が東京体育館で着々と積み重ねられている。〝卓球の聖地〟と称され始めていることについて、東京都スポーツ文化事業団は次のように見解を示す。「近年、東京体育館では、全日本卓球選手権大会を開催していただく機会が多くなり、また、東京2020オリンピック・パラリンピック大会において、卓球競技会場となったことから、そのように呼ばれることが増えたようです」。確かな実感と自負がにじんでいる。


女子の熾烈な争いと恐るべき15歳

 今年の全日本選手権は例年以上に熱視線を浴びている。2022年3月から始まったパリ五輪代表選考争いで、最終決戦の場。特に女子の争いが熾烈を極めている。対象大会の結果に応じて付与されるポイントで早田ひな(日本生命)が頭一つ抜け出して代表確実。2人目を伊藤と平野美宇(木下グループ)のライバル同士が競っている。五輪選考ランキングで現在、2位平野と3位伊藤は約34・5点差。全日本選手権で優勝すれば120点、準優勝が100点、3~4位が80点、5~8位が50点、ベスト16は20点、ベスト32が10点。平野は決勝に進めば代表の座を得る計算だが、順当に勝ち上がれば準決勝で難敵の早田と当たる。シングルスの2大会連続五輪メダルを狙う伊藤にも意地があり、目が離せない。

 さらにスポットライトを浴びそうなのが15歳の張本美和(木下アカデミー)。男子の五輪メダリスト、張本智和(智和企画)の妹としても知られ、女子で今、最も勢いに乗っていると言っても過言ではない。昨年11月の全農カップ大阪大会では伊藤や早田を撃破して優勝。世界ツアーで、世界ランキング上位者で争う同12月のWTTファイナルでは世界女王の孫穎莎(中国)をあと一歩まで追い詰めるなど急成長。身長165センチから繰り出す鋭い攻撃は魅力十分だ。代表枠はシングルス以外に団体戦要員としてもう一つある。日本卓球協会強化本部が決めるが、日本一になれば張本美を推す声が強まるかもしれない。

 男子はパリ五輪代表を決定的にしている張本智と戸上隼輔(明大)を中心とした優勝争いが予想される。東京都スポーツ文化事業団は次のようなメッセージを寄せた。「全日本卓球選手権大会が開催されることを東京体育館としても大変うれしく思っております。選手の皆さまが、存分に力を発揮されるようお祈り申し上げます」。最高の舞台が整い、新たな伝説誕生の予感が漂っている。


VictorySportsNews編集部