文=日比野恭三

広島は“市民球団”ではない

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 広島カープはいま、日本で最もうらやましがられている球団かもしれない。

 地元広島では熱狂的なファンが毎夜カープ談義に花を咲かせ、広島駅から徒歩圏内に素晴らしいスタジアムがある。2016年の観客動員数は約216万人にのぼり、本拠地マツダスタジアムの稼働率は90%を超えた。赤字が当たり前といわれるプロ野球界にあって、じつに42年連続(1975年~)で黒字をたたき出している点も特筆に値する。

 市民に愛され、地域の象徴となる――まさにスポーツビジネスのお手本のような球団といえる。そうした地域との幸せな関係性を強調するかのように、カープはしばしば“市民球団”と表現される。
 
だが、実態は異なる。球団の株主は松田家と自動車メーカーのマツダ、カープのグッズを販売するカルピオによって占められている。親会社をもたない点は特異だが、だからといって「広島市民の球団か」といわれれば疑問符がつく。“市民球団”と呼ばれるのは、カープが発足した戦後まもないころ、市民が株をもち合っていたことや、解散危機を救うべく行われた「樽募金」のイメージがいまも生きているせいだろう。

 実質的には松田家による同族経営が行われているというのが実態なわけだが、それゆえにカープと一部のファンの間には、ある火種が長らくくすぶっていた。その“火元”は一言でいえば「ずっと優勝できていない」という現実だった。

 カープの選手年俸は平均3111万円(選手会発表、2016年度)で12球団中9位。伝統的にFA補強には消極的で、金銭によってチームを強くするという路線を歩んでこなかった。ファンとして「もっと補強を」と要求したくなるのは自然だが、黒字経営を続けていること、松田家の同族経営であることが心理をゆがんだものにさせた。

 つまり、「球団(オーナー)は利益を追求してばかりで、勝つつもりがないのではないか」と考えるファンが一定数いたのだ。そうした声を代弁するかのように、2012年には『「マツダ商店(広島東洋カープ)」はなぜ赤字にならないのか?』(堀治喜著・文工舎)という本も出版された。

「他のチームが赤字に赤字をかさねながらも、なんとか戦力を維持し選手を補強しながら優勝をめざしているなかで、ひとりカープだけがどこ吹く風とばかりに涼しい顔をして預金通帳に預金を増やしつづけてきた」

「広島にはカープのほかに球団はないのだ。たぶんそんな傲慢な考えで経営してきたのだろう。べつに勝つ必要はない。優勝なんかしなくても、ほらこのとおりファンは球場にやってくるではないか、と」

 こうした記述に、募らせてきた不満の大きさが読み取れる。

意味深な広島市への5億円寄付

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 近年、「カープ女子」の出現によってカープ人気にさらに火がついたことも、勝てないでいるチーム、球団への不満を大きくさせた。そうしたなかで2016年に達成された25年ぶりのリーグ優勝は、「勝つことでファンに還元せよ」と迫るファンに対する、球団からの回答だったともいえる。

 黒田博樹には同年の球界最高額となる6億円の年俸を用意して、「必要なところにはカネを使う」意思を示しつつも、あくまで生え抜き育成主義という骨格は崩さず、それでも勝つことができるのだと証明した。32年ぶりの日本一となれば文句なしだったが、それでも多くのファンの不満が解消されたはずだ。

 先に紹介した本の帯には「『勝敗』よりも『商売』?」と皮肉を込めた文句が載っているが、2016年のカープは、その両方が同時に成立しうることを示したのだ。

 だが、精神的支柱だった黒田が現役を退いたこともあり、2017年以降のカープが再び「黒字なのに勝てない球団」になる可能性はある。カープは2016年、リーグ優勝効果もあって生まれた利益から5億円を広島市に寄付した。そこには「また勝てなくなってもお手柔らかに」という、ファンに対する球団からの抜け目ないメッセージ性が感じられなくもない。


日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。PR代理店勤務などを経て、2010年から6年間『Sports Graphic Number』編集部に所属。現在はフリーランスのライター・編集者として、野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを取材対象に活動中。