文=大山高

海外の教育観からズレていく日本の大学

何年経っても変わらない光景がある。「大学時代は何学部だったの?」と聞かれると「サッカー『部』でした」「野球しかやっていませんでした」と自信満々に語る元・学生アスリートの姿だ。こうした実態一つとっても、日本の大学スポーツは、未だに世界基準から乖離している。
 
例えばアメリカの学生アスリートは、NCAA(全米大学体育協会)が定める成績評価値(GPA)を基準の成績より下回ると、公式戦はおろか練習参加すらできない。欧米はもちろん、アジア諸国の大学卒業生で「スポーツを熱心にやりました」と堂々と語る人が存在するのは日本だけではないだろうか。
 
GDP世界第2位に上がった中国は、大学教育に対して非常に熱心だ。一人っ子政策の影響と社会保障が不安定な国であることを感じている中国人の親は、子どもにスポーツ選手として財を成すことを期待していない。大学でしっかり勉強し、ビジネスマンとして世界で活躍してもらうことが一般的だ。
 
日本には、一般の学生たちでもわかる「学生アスリートが勉学に励む評価基準=ルール」が存在しない。多くの教員や一般学生たちは、学生アスリートに対し「授業中爆睡している」「練習で疲れて勉強しない」といったイメージが強い。実際、自分たちが関係する部の監督や部長の授業だけは、最前列で聴講する運動部員の姿はどの大学でも目撃される光景だ。そんな彼らが学内で「応援よろしくお願いします」と声を張り上げても、見向きもされないだろう。

運動部のプレゼンスを学内で高める仕組みが必要

日本の大学の場合、部活の公式戦は平日に開催されることが多い。そのため、公欠届が頻繁に教員に押し付けられる。これも、アメリカの大学ではありえないことだ。
 
アメリカでは各大学がNCAAに統括されており、学業に支障をきたす試合日程は存在しない。授業のある平日に公式戦を入れる日本の大学スポーツは、学内の教員たちから支持を得にくい。こうした状況では、いつまで経っても「大学はスポーツだけを行なう場ではない」という主張を払拭することができない。
 
スポーツに関する学問的追求ではなく、大会に出場することに価値を置き、勝って喜ぶだけの運動部やスポーツ学生は、世界と比較したときに物足りなさを感じさせてしまう。
 
大学スポーツは、卓越性を求め、自己の限界を知り、限界にいたる過程で仲間との連帯感を強め、長い人生を見据え自己の生き方を眼前の競技と絡めながら真摯に考える場として非常に重要だ。また、大学のアイデンティティや在校生と卒業生の絆を醸成するための、重要なファクターでもある。しかし、現状はとてもそのような理想が伝わる状況にない。

日本版NCAAに期待される、誰もがわかる明確なルールづくり(画像と本文は関係ありません)

大学スポーツの大会は、本質を見失っていないか?

こうした状況を是正し、大学スポーツの価値を維持するためには、NCAAのような大学スポーツ全体を統括する組織が必要だ。昨今話題にのぼる日本版NCAAに期待することは、誰もがわかる明確なルールをつくり、一般の学生や教職員、そして世間がそれを理解し浸透させることである。

現状、大学スポーツには、特殊ともいえる大会が多い。例えば、古くからの「伝統」と称して一部の大学しか参戦できないリーグ戦や大会をつくり、それらの試合を全国ネットでテレビ放送させている状態を、どのように考えているのだろうか?
 
「一流大学の戦い」を維持するために他の大学を排除するグループが組織され、主要大学以外は別のリーグを発足させたりしてきた。意外と知られていないのだが、硬式野球の東京六大学野球は「天皇杯」だ。サッカー界におけるいわゆる天皇杯とは、プロアマ関係なく日本サッカー協会の登録されている社会人チーム、大学サッカー部、高校サッカー部までもが参戦し日本一を決定するオープントーナメントのことを指す。
 
他の競技においても天皇杯は日本選手権の優勝チーム(者)に対して下賜される。正月の人気駅伝大会は、お茶の間を賑わすモンスター番組だ。しかし、オープンな大会でもなく国内の一部の大学しか参加できないブランド大会が存在すると、高校生の進路判断にも影響するだろう。参戦している大学には「広告露出」という報酬はあるが、放映権料は1円も入ってこない。スポーツ本来の「公平性」に反するともいえることが実に多い。
 
また、大学運動部を支えるマネージャーたちの酷使も問題だ。「授業の予習のため」「ゼミの研究活動のため」「就職活動のため」といったごく当然の理由であっても部活動を休むことができない“雰囲気”がある。チームスポーツであればなおさらだ。練習のほかに、課せられた日々の業務は組織立てて行なっているチームが一般的だ。しかし、こうした環境の中で学生の本分である理由があっても休みをとれない状況があるのは、学生の責任なのだろうか?

日本版NCAAに期待される、ルールの統一化

現状の大学スポーツを改革するには、運動部を統括する組織が必要だ。各競技団体が個別に統括するのではなく、全ての競技種目を統括し、強力な権限を持つ組織がなくてはならない。日本版NCAAが創設されることにより、現在の学生アスリートや指導者たち、大学当局、各競技団体に対してルールを統一化させることができる。
 
日本版NCAAの創設についてはスポーツ庁などが中心となり、大学スポーツをコストセンターからプロフィットセンターへとシフトしていくことも期待されている。一部の大学でも、その動きは顕著。例えば明治大学はPROCRIXでもある池田純氏(横浜DeNAベイスターズ前社長)を学長補佐兼スポーツアドミニストレーターという立場で招聘している。
 
NCAAの行なっている規定やガイドラインづくりによって、様々な状況の改善が見込める。例えば、高校生アスリートの勧誘におけるルールづくり、授業にほとんど出席しないか「しているふり」のアスリートへの評価の見直し、さらに指導者の評価基準を管理する第三者機関の設置などである。
 
日本版NCAAが定めるルールに基づき、全国の学生アスリートたちの学力基準を定め、各学年で必要な取得単位数やGPA(成績評価値)をクリアしているか厳格に管理することで、現状の改善が期待できる。また、各大学の監督やコーチが指導にあたる際には、指導者資格認定試験の受験、資格取得後の更新を義務付けることによって公平性が維持される。こうしたことの積み重ねで、大学スポーツ界の社会的評価は高くなるであろう。さらに、各大学では指導者資格を取得した監督やコーチに対しては、大学の構成員として正規雇用し、適切な報酬を支払うことも必要だ。

帝京大に昨年まで所属した松田力也、その学内知名度は?

学内に、スポーツマネジメントのプロ組織を。

そして、最も重要な改善ポイントは、大学内の組織改革だ。現状、大学内には運動部を管理運営する組織が存在しない。そのため、各運動部のプロモーション、広報宣伝業務やグッズ制作、施設の運用や地域住民とのリレーション構築、行政やスポンサー・サプライヤーとの業務に関わる専門窓口が統一されていない。
 
アメリカでは、そのような組織のトップを「アスレティック・ディレクター(AD)」と呼び、中には大学の学長より権限を持たせてブランドコントロールをしている。ADは社会的にも地位が高く評価され、1億円以上の報酬をもらうプロスポーツマネージャーである。彼らはマーケティングを志向し、学外のファンリレーションだけではなく、学内の一般現役学生たちも大事な顧客として捉え、戦略的にブランド戦略を推進していく。
 
筆者が所属する帝京大学を例にあげると、同大学にはラグビー部、硬式野球部、柔道部、空手部、剣道部、チアリーディング部、駅伝競走部などがある。全国大会で目立った成績を残し、大学卒業後には各界で活躍しているトッププレーヤーを多く輩出している。

しかし、このような事実を一般学生の多くは知らない。大山ゼミ生が実施した一般学生(八王子キャンパス約17,000人)対象の意識調査(n=1,502)によると、全国的にも有名なラグビー部に所属している選手たちの認知について906人が「全く知らない」と回答している(調査実施日:2017年1月4日※選手権大会決勝直前に実施した)。
 
昨年まで在籍していた松田力也選手(現パナソニック)は2016年6月に現役大学生として日本代表に選出され、2017年1月の大学選手権大会8連覇に貢献したトッププレーヤー。だが、学内で彼を知っていた一般学生はわずか1%。「帝京大学ラグビー部を応援したいと思いますか?」という質問項目に対しては78%(1,172人)が「応援したい」と回答していることを考えると、プロモーションに改善の余地があるのではないだろうか。

大学内にスポーツを専門でブランドコントロールする独立組織があれば、この現状を分析して改善させる動きを見せるだろう。
 
多くの大学では「大学は研究をする場所であり、スポーツをするところではない。あくまで課外活動である」という扱いをされているのが実情だ。大学が地域住民に施設を開放するアイディアも悪くはないが、単なる施設の利用を促すだけではなく、スポーツが持つ「健康促進効果」や「地域活性化」に関する横断的研究成果を学内で理解させる必要もある。日本版NCAAが創設されることにより、各大学内で強い権限を持ち、スポーツをマネジメントするプロフェッショナル組織が発足されることを期待している。
 
<了>


大山 高

帝京大学准教授(スポーツ科学博士)。大学卒業後に三洋電機株式会社、ヴィッセル神戸、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズを経て2014年より現職。プロクラブと企業スポーツの両クラブで宣伝広報業務やパートナーシップ事業に従事。三洋電機時代は「オグシオ(小椋久美子・潮田玲子ペア」らが所属していたバドミントンチームとラグビー部のプロモーションを担当。近著に『Jリーグが追求する「地域密着型クラブ経営」が未来にもたらすもの』(青娥書房)。