ミランの貴公子、テニスの才能のほどは?

報道によると、マルディーニは自身のコーチでもある元プロテニスプレーヤーのステファノ・ランドニオと組んで、ATPワールドツアーの下部ツアーに当たるチャレンジャーツアー、ASPIRA TENNIS CUP TROFEO BCS(アスプリア・テニスカップ)の男子ダブルスに参加するのだという。6月末に行われる本戦へはワイルドカード(主催者推薦)での出場ということだが、予選突破で本戦参加という報道もあり、マルディーニの万能ぶりが窺える。
 
サッカー界のレジェンドであるマルディーニが、友人であるランドニオコーチについて本格的にテニスを始めたのは5,6年前のこと。これまでにもエキシビションマッチなどでそのプレーを見せていたそうだ。マルディーニがラケットを握っている姿は、たしかに様になりそうな気もするが、「パオロの才能は素晴らしいショットに加え、優秀なサービスにある。彼はボレーも向上している」と、賞賛するランドニオのコメントが額面通りなら、そのとてつもないポテンシャルに驚くばかりだ。

本気度は? それでも試合は見てみたい

49歳の誕生日にプロツアーデビューするマルディーニだが、ダブルスとは言え錦織圭らが戦うATPプロテニスツアーに挑戦という可能性はいまのところ少ない。

ATPワールドツアーの仕組みを説明すると、全豪、全仏、全英、全米のグランドスラムが一番上のグレード、半ば独立した格好で、年間ランキング上位8選手が覇を争うワールドツアーファイナルズがあり、マスターズ1000、500、250と賞金や獲得できるポイントによって格付けがなされている。その下に、今回マルディーニが出場するチャレンジャー、さらにITFが主催するフューチャーズ大会が存在する。

チャレンジャーツアーは、ワールドツアーの下部ツアーでポイントも獲得できるが、その名の通り若手の登竜門的位置づけ。マルディーニがこれから世界各地を転戦して、地道にポイントを積み重ねて、上を目指すとは考え辛い。

ミラノで行われる大会に49歳の誕生日を迎えるマルディーニを呼ぼうという主催者のプロモーションと考えるのが自然かもしれない。

それでも、コートに立つのはあのマルディーニだ。35歳でシングルスのトップ選手を張るロジャー・フェデラーを始め、テニス選手の高齢化、選手寿命の延伸が顕著なだけに、試合結果を追いかけたい気もする。動きの少ないダブルスでと言うことならば、かつての女王・マルチナ・ナブラチロワが、49歳で全米オープンのミックスダブルスを制した例もある。

複数競技で輝くマルチアスリート

パオロ・マルディーニがどれくらいから、あるいはどれくらいの年齢まで、テニスをしていたのかは明らかになっていないが、世界を見渡すと複数のスポーツにその才能を発揮する選手は意外と多い。引退後ということであれば、MLBに挑戦したマイケル・ジョーダンの例はみなさんもご存知の通り。アメリカでは、子どものうちに複数スポーツを掛け持ちで行うのは当たり前とされ、そのことが、多様な動きに対応した運動能力を高めるという認識が一般的だ。日本のスポーツキッズが、早々に専門競技に専念し、特定のスポーツの動きしか滑らかにできないという現象が増えているのと対照的だ。

アメリカでは、ハイスクールでも競技の掛け持ちは珍しくなく、カレッジはおろか、プロの舞台でも複数競技で活躍する選手がいる。

その代表格が、90年代後半にNFLのスーパーボウル、MLBのワールドシリーズンの両方に出場したディオン・サンダースだろう。ハイスクールでは野球、アメフト、バスケットボールをこなし、進学先のフロリダ州立大学でも野球とアメフトを両立したばかりか、陸上競技でも活躍したという。NFLとMLBの試合を、ヘリコプターで移動するという伝説を持つ男は、アメリカのスポーツに対する考え方あってこそ生まれた。

このサンダースと、MLBカンザスシティ・ロイヤルズ、NFLオークランド・レイダースでプレーし、どちらでもオールスターに選出されたボー・ジャクソンは、二足のわらじを履く選手として特に有名で、マルチアスリートの代表例としてアメリカでも尊敬を集めている。
NBAのスター選手、アレン・アイバーソンはハイスクール時代にQBとして注目を集めており、アメフトで大成した可能性もあった。マルチアスリートは、生まれるべくして生まれているのだ。

マルチアスリート先進国のアメリカはやや特殊な立ち位置だが、ヨーロッパでも、子どもの頃にサッカーをしていたアスリートは多く、サッカー選手の中にもアルペンスキーとサッカーで迷ったというシュバインシュタイガーのような例もある。多くのクラブが、サッカーだけでなくいろいろなジャンルのクラブを保有していることもあり、アメリカほどではないがヨーロッパにも多様なスポーツ文化がある。

繰り返しになるが、日本では、早くからその道を究めるべく “専念"することが美徳とされ、育成年代の競技間の交流もほとんどない。ボールを投げられないサッカー少年、ボールを蹴ることができない野球少年が、かなりの高確率で存在する。

マルディーニ復帰の話題からずいぶん話が展開したが、子どもの頃に複数競技にトライし、さまざまな刺激を得つつ技術を習得していくアメリカが世界のスポーツ界をリードする人材を数多く輩出していることは、一考に値するのではないだろうか。

<了>


大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。