「正直に言うと、試合中に少し飽きてしまった」
現在も熱戦が繰り広げられている全英オープン(ウィンブルドン選手権)だが、ある選手のこんな発言が波紋を呼んでいる。
発言の主はオーストラリアの24歳、バーナード・トミック。テニスファンならば、トミックの名を聞いて「またか」と苦笑いを浮かべるところだが、とにかくこの男、問題行動、問題発言満載のテニス人生を歩んでいる。

身長196cm、体重91kg、現代的なテニスに対応しうる体躯を持ち、地元・オーストラリアでは、昨年惜しまれながらも引退した同国の英雄、レイトン・ヒューイットの後継者として期待を集めた時期もあった。
24歳の選手に対して「時期もあった」というのは失礼な気もするが、度重なる問題発言、問題行動がプレーにも大きな影響を与え、周囲の期待は徐々にしぼんでいった。2016年1月には17位だったランキングも気がつけば59位に落ち込んでいた。

はじめはトミックの悪童ぶりを面白がっていたオーストラリアメディアも、問題ばかりで結果を残せないトミックに「言い訳王」というありがたくない称号を与え、すぐにキレてしまう性格的な問題を揶揄して「ピーナッツ大の器」と見出しをつけた。トミック本人も思うようにいかない自身のキャリアにいらだつ発言が見られるようになってきた。今回の発言は、思うように結果が出せない苛立ちのあらわれとも取れる。

実際にトミックは「飽きた」発言に加えてこんなことも言っている。

「トロフィーを抱えたり、良いプレーをしたりすることに満足感を覚えなくなった。もうなくなってしまったんだ」

真正面から受け止めれば、引退危機かと思うほど深刻な発言だが、トミックの過去の言動を知っている身としてはこの言葉をそのまま受け止めるのにかなりの抵抗がある。今回の騒動も罰金を課せられた直接の原因は発言ではなく、ケガもしていないのに試合中にトレーナーを呼び、相手のペースを狂わせようと目論んだことへのペナルティとしているメディアもある。

オーストラリアのプロテニス選手ワル列伝

©Getty Images

オーストラリアのテニス選手にはもう一人、ニック・キリオス(22歳)という問題児がいる。錦織とはグランドスラムでの対戦はないが、マスターズ1000で3度対戦(錦織3勝)しているので、錦織の対戦相手として目にしたことがある人もいるかもしれない。

このキリオス、若手の有望株としてかなり期待されているのだが、いまのところは見た目の派手さや、ぶっ飛んだ言動の方が目立っている。

2015年、ATPワールドツアー・マスターズ1000に属するロジャーズ・カップで“事件”は起きた。
2回戦に進んだキリオスの相手はグランドスラムを3度制しているスタン・ワウリンカ(スイス)。キリオスは、10歳も年上のワウリンカに対して、しかも試合中にとんでもない暴言を放ったのだ。
「おまえの彼女はコキナキスと寝てるってよ」
この言葉についてはいくつか補足が必要だ。
キリオスの暴言にあるコキナキスとは、タナシ・コキナキスのこと。彼もオーストラリアのプレイヤーで、キリオスとは同世代のライバル関係にある。さらにワウリンカは当時、離婚を発表したばかりであり、ドナ・ベキッチ(クロアチア)という女子選手と付き合っているという報道もあった。
ワウリンカを挑発するためにコキナキスを名指しで、ベキッチについてもほとんど名指しに近い形で侮辱したのだ。プレー中のトラッシュトーク、挑発としてもあまりにあり得ないキリオスの発言に、世界中のテニスファンがドン引きした。

この発言は、国を挙げてスポーツ選手を養成しているオーストラリアに「アスリートに結果や勝利だけを求める育成強化ではなく、尊敬される言動を身につけることも重要なのでは?」という論争を巻き起こし、キリオスに“喝”を入れた水泳界の英雄、77歳のドーン・フレイザー氏を巻き込んで、一時は移民差別、人種差別騒動にまで発展した。

トミックとキリオスだけでもお腹いっぱいなのだが、この件で思わぬ舌禍に巻き込まれた“被害者”のはずのコキナキスも、翌週に対戦相手を挑発し、アンパイアが二度もコートに下りて制止するという騒動を起こしている。

近年、テニス界では、オーストラリアの若手といえばバッドボーイのイメージがすっかり定着しているが、渦中の主人公、トミックは素行の悪さではキリオス、コキナキスのはるか上を行く。

2016年のマドリード・オープンではファビオ・フォニーニ(イタリア)にマッチポイントを握られると、ラケットを上下逆に持つという暴挙に出る。錦織選手が負けセットを「捨てた」ように見えるプレーをして切り替えを図っただけで非難の声が挙がるテニス界にあって、この振る舞いはスポーツマンシップのかけらもない下品なプレーと断じられた。

同じ年のイタリア国際では、試合開始からわずか8分で途中棄権。前回大会のウインブルドンでは1回戦の際、コート上で待たされたことに対して「うすのろ」と発言し、学習障害者の支援団体から抗議を受けている。 2015年には滞在先のアメリカ・マイアミのホテルのペントハウスでパーティーを開催。大騒ぎした挙げ句、通報で駆けつけた地元の警察官に抵抗したとして逮捕された。2013年には、父親のジョン・トミック氏までもが、息子の練習パートナーに頭突きをしてケガを負わせたとして有罪判決を受け、ATPから無期限の活動停止が言い渡されるという、とんでもない事態も起きている。

このままトミックの問題行動を書き連ねているとなかなか話が進まないのでこの辺にして、冒頭の「飽きた」発言の余波を紹介しよう。

170万円とスポンサーを失ったトミック

勝利した対戦相手へのリスペクトを欠くばかりか、大会の品位を落としかねないこの発言に対して、国際テニス連盟は1万1600英ポンド(約170万円)の罰金処分を課した。さらに、トミックにラケットを供給するオランダのHEAD(ヘッド)社はトミックとのスポンサー契約打ち切りを発表した。
Twitterで発表されたヘッド社の声明はこうだ。

我々(HEAD社) は、開催中の全英オープンにおける弊社契約選手「バーナード・トミッチ」の発言と振る舞い関する声明を出さざるを得ないことに深く失望しました。彼の言動や態度は、テニスに対する考え方や情熱、試合におけるプロフェッショナリズムや相手への尊敬という点において、私たちの理念をまったく反映していないものです。そのため、私たちHEAD社は、バーナード・トミッチとの協力関係を継続しないことを決定いたしました。
HEAD社がバーナード・トミッチに関する声明文を発表

同じくHEAD社とラケット契約しているノバク・ジョコビッチ(セルビア)は、
「才能ある若手の一人として扱われてきた選手のメッセージとしては適当ではなかったと思う。特にオーストラリアの彼をヒーローとしている多くの子どもたちにとっては」
と今回のHEAD社の決断に理解を示している一方で
「我々はみんな欠点がある。その場の勢いで何か不適切なことを言ってしまうことがあるかもしれない。彼は難しいステージを経験している。だから、それをわかって、サポートしないと」
と、ツアーを戦う仲間としてトミックを気遣うコメントも寄せている。

HEAD社のスポンサード打ち切りという決断に「厳しすぎる」と、トミックに同情を寄せる声もあるが、マリア・シャラポア(ロシア)が禁止薬物使用問題で出場停止処分を課せられていた間もスポンサードを続けていたのが同社だったことにも触れておきたい。

ATPツアーの賞金が右肩上りで増加中とはいえ、世界中を転戦しながらトレーニングを重ね、結果を出し続けなければいけないプロテニス選手にとってスポンサーの存在はなくてはならないものだ。所属契約ではなく、用品契約とはいえ、トミックの受けたダメージは、罰金よりも大きく響いてくるのは間違いない。

ラケット叩きつけに罰金? テニス選手とスポンサーの関係

©Getty Images

用品契約で思い出されるのが、今年の全仏オープンで話題になった錦織圭の「ラケット叩きつけ」だろう。3回戦で世界67位のチョン・ヒョンと対戦した錦織は、苦戦に苛立ちローランギャロスのクレーコートに自らのラケットをたたきつけ破壊してしまう。

真剣勝負故の感情の発露とはいえ、もちろんこうした行為は許されない。ルール上でも、コートバイオレーションの対象として厳しく咎められる。テニスをプレーする子どもたちへの影響も無視できない。また、スポンサーが提供しているラケットを破壊するというのは、製品のイメージを損なうものとして罰金の対象になっている場合もある。

錦織の場合、ラケットメーカーのアメリカ・Wilson(ウィルソン)社と生涯契約を結んでいる。現役選手では錦織の他は35歳の生ける伝説、ロジャー・フェデラー(スイス)のみという栄誉なのだが、その分背負うものも大きい。錦織の契約金は一説によると年間2億5千万円程度。故意のラケット破損に契約金の10%の違約金を設定する契約をしているケースもあると言うから、一時の感情の乱れで5千万円が消し飛ぶ可能性もあるのだ。

日本メーカーのYONEX(ヨネックス)と契約しているワウリンカは、“ラケット自損”が多い選手だが、破壊したあとは毎回、YONEXの社長に直電を入れて詫びているという話もある。謝ればいいと言うものではないが、ワウリンカにとってラケットをたたきつける行為はネガティブなマインドセットをリセットする儀式という側面もある。行為自体を肯定することはできないが、ラケット破壊のような荒々しい行為がワウリンカの爆発的なブーストタイムのきっかけになったシーンも過去にはあった。

トミックの暴言とそれに伴う、罰金、スポンサー契約解除という一連の出来事は、アスリートとスポンサーの切っても切れない縁の一端を見せてくれた。オーストラリア勢の行き過ぎた悪童ぶりは困ったものだが、かつてのジョン・マッケンロー(アメリカ)のような、危うさを秘めた選手に魅力を感じてしまうのもまた事実。
ちなみに、58歳になったマッケンロー氏は、現在行われている全英選手権で9年連続の3回戦進出を果たしたジョコビッチに対してさまざまな問題を抱えるゴルフ界のスーパースター、タイガー・ウッズになぞらえる発言をするなど、相変わらずの悪童ぶりでコート外の話題をリードしている。

悪童トミックは先人のようにコート内でも存在感を見せられるのか? モチベーションを失ったという「バーンアウト発言」は本心なのか、それとも……。錦織の活躍でテニス中継にチャンネルを合わせることが増えた人も多いと思うが、錦織選手が敗退しても大会は続く。

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。