構成・大塚一樹

身長178センチの錦織圭が世界と互角に戦える理由

身長は公称178センチ。185センチがマスト、ビッグサーバーは2メートル超えも当たり前という大型選手がひしめくATPプロテニスツアーにあって、ツアー11勝、世界ランキング最高4位と名実ともにトップ選手として活躍している錦織圭選手。
ゴールが高いところに設置されているバスケットボールや、同じネット型のスポーツであるバレーボールほど身長で有利不利が決まるイメージがないかもしれませんが、超高速サービスが標準になりつつある現在のテニス界にあって、錦織選手の身長は飛び抜けて低いと言えます。

「身体の使い方というより物理的にみなさんにも理解しやすいと思いますが、サービスの威力は身長が大きく左右します。しかし錦織選手の強みだと思われるコートカバーリングについても実は身長が大きく影響します」

 錦織選手のプレーといえば、強烈なショットを相手コート深くに突き刺してラリーを制すストロークが真っ先に思い浮かびます。ラリー中の走力とフットワークは錦織選手のストロングポイントのひとつと言われています。

「錦織選手以外のトップ選手はほとんど高身長なので、両足のストライドが広く取れてその分少ない動きでコートをカバーできます。攻撃に転じるストロークでも支持基底面(BOS:base of support)を広く使うることができるため、より力強いショットを打てる んです」

史上最強のオールラウンダーと呼ばれるロジャー・フェデラー(スイス・185センチ)、クレーコートの絶対王者、ラファエル・ナダル(スペイン・185センチ)、鉄壁の守備力を誇るノバク・ジョコビッチ(セルビア・188センチ)、錦織をスケールアップしたような選手と評されるアンディ・マリー(イギリス・190センチ)。長くツアーの最上位を独占する通称“ビッグ4”はいずれも身長185センチ以上。そのほかのトップ10選手もほとんどがこれくらいのサイズ感です。

「178センチの錦織選手は必然的にストライドを広く取りにくく180センチオーバーの選手たちと比べて支持基底面も狭いんです」

ではなぜ、その錦織選手がワンステップでコートの半分カバーしてしまうような大男たちを相手にストローク戦で圧倒できるのでしょう。ここからは中根氏による錦織選手の身体の使い方の解説を中心に話を進めましょう。

ケガのリスクが付きまとう? 理学療法士が語る錦織のスイングメカニズム

©Getty Images

「錦織選手の特徴として、プレー中の細かなステップの数が他選手より多いことが挙げられます。あまり動かずにいろいろな体勢でリターンショットを繰り出す選手もいますが、錦織選手は細かいステップでコートを移動し、自分が一番打ちやすい位置でショットを放っています。細かいステップは、身体位置を微調整するために必要不可欠な動きです。これが錦織選手特有の“リズム”を生んでいます。他競技で言えば、同じく低身長のサッカーのリオネル・メッシ選手(バルセロナ)の小刻みなステップで進行方向を変えながらボールを扱いやすい位置に置くドリブルに似ていますね。

広いコート上を左右を中心に時には前後に素早く移動する脚力、走力はズバ抜けていますが、反面試合中は常時このステップで移動しているため、疲労の蓄積も相当なものになります。2013年頃、錦織選手が『中殿筋を鍛えたことでケガをしにくくなり良いプレーができるようになった』という報道がありました。中殿筋は骨盤から大腿骨をつないでいる筋肉です。中殿筋を鍛えると仙腸関節や股関節はが締まって近づく方向に働くため、骨盤が安定します。これにより左右へ移動する際、体幹の外側へのブレを抑えることができます。

中殿筋強化の効果はフットワークに現れているのですが、股関節の柔軟性が失われやすいというデメリットがあります。錦織選手の動きを見ていると、股関節の動きが硬い印象を受けます。股関節の柔軟性が失わると、身体で唯一、腕と足をつなぐ広背筋も働きにくくなるため、強力な力を生み出すために背骨の胸辺りにある胸椎を極端に回旋させなければなりません。回旋というのはねじれの動きです。錦織選手のショットの爆発的な推進力は体幹の回旋によって生み出されています」

人並み外れた体幹回旋力が自らの身体にもダメージが……

©Getty Images

トレーニングで鍛えた中殿筋と人並み外れた体幹の回旋力。比較的小柄な錦織選手が、コートの広い範囲を縦横無尽に駆け巡り、ハードヒットで相手を押しまくれるのは、こうした身体の使い方があってのことです。しかし一方で、こうした錦織選手だけが持つアドバンテージが自身の身体にダメージを与えている側面もあると中根氏は指摘します。

「強すぎる体幹回旋力が故障のリスクになっている側面も否定できません。また股関節の回旋可動域を広く使えない分、回旋要素を補うためにヒザや足首に過度なストレスがかかってしまいます。フォアハンドでの錦織選手の動きを細かく見ていきましょう。錦織選手は飛んできたボールに対して、身体の右側でボールを捉えます。このとき、身体全体を若干左側に移動させながら、体幹を右に大きく回旋させてタメをつくります。注目してほしいのは左腕を目線の高さまで上げ、なおかつ意図的に左腕を内側にねじっている点です。この動きで軸足になる右の股関節や、ラケットを持っている右腕を外側にねじりやすい状況にしてタメをつくっています。

バックスイングからショットに移行する際、左足を外側に大きく開くのも錦織選手の特徴ですが、軸足である右の股関節から左の股関節へ重心を移動させるのがやや早いように見受けられます。このため、せっかくバックスイングでタメをつくっていた右の股関節の回旋エネルギーを体幹・右腕・手首へと連動させるエネルギーにうまく生かし切れていません。いわば右の股関節が“抜ける”状態になってしまいます。強くストロークするには必要以上に体幹の回旋トルクを要求されるため、回旋しようとする身体に合わせて左足を必要以上に強く踏ん張る必要があります。このとき左ヒザは曲がったまま“居着く”状態となり、ニーイン(必要以上にヒザが内側へ動く)してしまうので、左ヒザや足首の他、殿部も負傷しやすい状況になっています」

「世界のトップ選手と比較すると錦織選手の特殊さが際立ちます。たとえばフェデラーはスイングの直前に体幹のねじれをあまり使わず、腕全体を外側にねじりながら手首の背屈、簡単に言えばしなるような動きを使ってショットを放ちます。フェデラーのショットを見ていると、ラケッドヘッドが下を向いた状態からスイングが始動するのですが、錦織選手のラケットヘッドが下を向くことはほとんどありません。この動きがタメをつくり、ラケットにトルクを生むことで、ボールに加速をつけるのです。
ナダルのフォアハンドは、軸足である左の股関節を内側にねじってタメをつくり、スイングする際は軸足である左足に体重を残したまま上に伸び上がるようにショットを打っています。こうした動きは軸足の床反力を利用するのに有効で、上に伸び上がる際、内側から外側にねじれながら戻る股関節のエネルギーをうまく体幹・腕・ラケットに伝えてボールを打っています。

テニス界を代表する王者2人と比較して、錦織選手が際立つのはやはり強烈な体幹回旋でしょう。フェデラーもナダルも体幹を回旋させる動きはほとんど見られません。錦織選手のフォアハンドのストロークはバックスイングが大きく、脱力させた腕を、強烈な体幹回旋を使って、ムチのように手首をしならせ、ショット後に手首を返すことでボールにエネルギーを乗せています。フォアハンドの身体の使い方を見る限り、錦織選手の長期欠場、療養の理由になった負傷箇所が右手首なのは、決して偶然ではないと思います」
相手を揺さぶるだけ揺さぶり、ここぞというところで放たれる回り込み逆クロスは大きな武器ですが、その強烈さを生み出すメカニズムが右手首への負担につながっているとしたら、皮肉としか言い様がありません。

「両手で打つバックハンドにも同様の問題が見られます。錦織選手のバックハンドは、グリップエンドが相手に向いている時間が長いのが特徴です。バックスイングでのこの動きがタメにつながっているのですが、体幹のトルクを要求されるスイングと言えます。フェデラーのバックハンドは腕の振りが小さく、股関節の回旋をメインに利用し、肘・手首のしなりによるエネルギーをうまくボールに伝えられています。この打ち方はショットの瞬間までクロスかストレートかどちらに来るか読まれにくい動きでもあり、フェデラーの変幻自在なショットと相まって彼の強さの秘密の一つと言えるでしょう。一方、ストロークする範囲が大きく、体幹回旋による爆発的なトルクを生かす錦織のスイングは、バックスイング時のタメが長い分、体幹の動きから相手にコースを読まれやすいというデメリットがあります。また、腕の振りが大きいことで体幹のねじれから左脇腹が負傷しやすいことにもつながっています」

世界で一番右手首を酷使しているテニス選手

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フォア、バックともに錦織選手を支える動きの基本になる体幹回旋力が、手首や脇腹といったこれまで受傷経験のある箇所に負担をかけているというのが中根氏の見立てです。
錦織選手が課題に挙げている「サービス」時の身体の使い方がこの傾向に加速をつけて、右手首をさらに摩耗させたのではないかと中根氏は分析します。

「サービスの速度、威力は、もっとも身長が影響する要素でしょう。腕が長ければ長いほどボールを、高い打点でインパクトできるわけですから、慣性の法則でボールは加速しやすくなります。絶対的不利な状態の錦織選手は、身体のどこかで強烈なエネルギーを発生させて高さを補う必要があります。これもフォア・バックハンドのショットと似たメカニズムなのですが、背骨、特に胸椎のねじれを中心に、そこから腕、前腕のねじれを連動させ、最後は手首の強烈なスナップでサービスの球速を挙げることに成功しています。
映像を見ると、2008年はちょうど頭上に来るようにトスアップしていたのが、最近のサービスでは、頭上より少し右側へトスアップしているのがわかります。頭の真上にトスアップする場合、体幹を外側に傾けてスイングすることになりますが、以前の錦織選手は体幹を外側に傾けず、背骨を大きく反らすことでサービスを打っていました。これは腰に相当負担がかかる打ち方です。こうした問題の解決策と思われるのが、トスアップする位置を右方向にずらすことです。これで背骨を過剰に反り返らせなくてもボールをヒットすることができるようになります。また、ボールの位置が変わったことでラケットを上から下に振り下ろす際、以前より右腕をねじりやすい状況にしています。右腕をねじることで多くの筋群が活動するようになり、この動きがエネルギーを効果的にボールに伝え、結果的に強いサービスを生み出すことになります。背骨を過剰に反らせるよりもタメを作りやすく、ボールの正確性も上がります。サービスでフォロースルーの際に手首を強くしならせてボールに勢いをつける動きは私が見た限り錦織選手独特の工夫です。これが身長をカバーするための工夫なのはわかりますが、サービスでも手首を酷使している選手は錦織選手だけなので、ケガのリスクは大幅に増えてしまうでしょう」

復活後の錦織は? 諸刃の剣を制御して更なる飛躍を遂げるために

身体的不利をカバーするために身につけた身体の使い方のせいで、世界のトップ選手たちと互角に戦えるようになった錦織選手。「諸刃の剣」と言ってしまえばそれまでですが、復帰後のケガの再発も心配です。錦織選手はこれからも身体に負担をかけながら戦うしかないのでしょうか?

「身体の使い方ということで言えば、錦織選手の特徴である回旋力を活かしたまま、身体の負担を軽減し、さらにパワーアップする道も残されているように思います」

中根氏が錦織選手の再起、復帰後のさらなる活躍の鍵として挙げたのは、錦織選手の代名詞だった「エア・ケイ」の使用頻度と変化でした。

「エア・ケイを使う頻度って減っていますよね。あの高く飛び上がって打つショットは見た目は派手だし、ヒットポイントを早く したり、高くしたりできるメリットがあります。しかし、飛び上がってしまうためにフェデラーらトップ選手がうまく使っている床反力が使えないんです。そうなると空中では体幹回旋のみで打つことになりますから、本当に過剰とも言える回旋をしなければいけなくなります」
体幹回旋を使うエア・ケイは、身体の使い方から見てももっとも「錦織選手らしい」ショットとも言えるかもしれませんが、実際にトーナメントで錦織選手がエア・ケイを見せる回数は明らかに減っています。
「調子が良いときのウイニングショットはしっかり両足を地に着けて良い状態で打てたときの逆クロスだったり、動きながらでもうまくその力をボールに伝えたダウンザラインだったりしますよね。軸足からの床反力をもっとうまく利用できるようになれば、過剰な体幹回旋やそれに伴う極端な手首のひねりがなくなり、ケガを防げる上により力強いショットが打てるようになるはずです」

欠場が長引き、現在はリハビリを兼ねたトレーニングを始めているという錦織選手ですが、依然として「グランドスラムに最も近い日本人」であることは間違いありません。負傷した右手首の完治はもちろん、ケガをしにくい身体づくり、動きづくりは完全復調に不可欠な要素です。さらに進化して復活を遂げた2018年の錦織選手に注目です。

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中根正登(なかね まさと)

著者プロフィール 中根正登(なかね まさと)

理学療法士(Physio Therapist)。中根まさとメディカル整体院(NMB)院長。医療・介護・スポーツ・美容・治療家業界にて年間1,500人以上の指導実績あり。症例件数は延べ4万5,000件強。トリガーポイント・関節系テクニック・東洋医学などを組み合わせ、オスグッド病をはじめとしたさまざまなスポーツ障害に対する施術を得意とする。本田圭佑、宇佐美貴史、香川真司、ハメス・ロドリゲス、ポール・ポグバ、錦織圭、清宮幸太郎ら一流アスリートをフィジカル的側面から分析し、専門誌やWEB媒体に寄稿している。