文=大塚一樹

ウィンブルドンを前に元王者が破産?

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男子テニスの元名選手、ボリス・ベッカー(Boris Becker)氏が21日、長年滞納していた「多額」の借金を返済できていないとして、英ロンドン(London)の裁判所で破産宣告を受け、「驚かされたと同時に失望した」と語った。
元ウィンブルドン王者のベッカー氏「驚きと失望」、英裁判所から破産宣告

報道によると2015年からベッカーが抱えている多額の借金に対し、英裁判所が「延滞分がすぐに支払われる確証がない」として破産宣告をしたというのだ。

テニス界のレジェンドとお金にまつわる問題と言えば、ベッカーより一つ前の世代の絶対的王者“アイスマン”ビョルン・ボルグが有名だ。

北海での油田投資詐欺を始め、引退後に手がけた事業がことごとく失敗に終わり破産に追い込まれる。繰り返し報道されるボルグとお金にまつわる話題は、一時代を築いた天才の功績を急激に過去に追いやった。

2006年には5連覇しているウィンブルドンのトロフィーをすべてオークションにかけ、初制覇時と5回目の優勝時に使っていたラケットも手放すことに。ジミー・コナーズやジョン・マッケンローとの死闘、強烈なトップスピンショットを武器に、現代的なテニススタイルを方向付けた偉大なチャンピオンの凋落は、多くのテニスファンを失望させた。

今回のニュースで、ベッカーがボルグのような“転落人生”を歩むかどうか(これまでの道のりも十分波瀾万丈ではあるが)は現時点でははっきりしていない。というのも、ベッカー本人はこの債務は係争中の1点のみであること、1ヵ月以内に完済する予定だったことなどを挙げて裁判所のこの判断に反論しているのだ。処分が翻ることはないかもしれないが、少なくともここ数年のベッカーは、破産という言葉がイメージできないほど、“稼いで”いたことは事実だろう。

レジェンドコーチとしてジョコビッチを支えていたベッカー

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錦織圭の活躍で広く知られるようになったが、テニス界はいま上位4選手が優勝を独占するビッグ4の時代が続いている。その活躍を支える存在としてクローズアップされたのが、世界のトップオブトップを知るレジェンドたちだった。

2011年、アンディ・マリー(イギリス)が、イワン・レンドル(チェコ)に師事し、全米、悲願のウィンブルドン優勝、ロンドン五輪金を獲得したのを皮切りに、2013年にはノバク・ジョコッビッチ(セルビア)がベッカーを招聘。2014年には、ロジャー・フェデラーもステファン・エドバーグ(スウェーデン)をスタッフに迎え、一時はラファエル・ナダル(スペイン)を除くビッグ4の3人がレジェンドコーチを擁するという時期があった。

錦織が2014年から、マイケル・チャン(アメリカ)と契約したのも一連の流れと無関係ではない。

レジェンドコーチは、技術的なアドバイスだけではなく、孤独な戦いを強いられるトップ選手に、“王者として”アドバイスを送る、メンタル面でのサポートの役割も大きく期待された。事実、ベッカーが陣営入りしてからのジョコビッチは、グランドスラム6回制覇という黄金期を迎えることになる。2016年を持って2人の共闘は解消されたが、少なくとも3年間のベッカーは“世界最強のテニスプレイヤーのコーチ”という肩書きを持っていたわけだ。

フォーブスの「世界で最も稼ぐスポーツ選手」ランキングによると、ジョコビッチの年収は3760万ドル(約42億円)で16位。テニス界からはフェデラーが4位、錦織が26位、マリーが40位にランクインしている。グランドスラムのシングルス優勝賞金額だけを見ても、2016年の最高額である全米が4億円を突破するなど、史上最高額を更新し続けている。

ジョコビッチがこれまでに稼いだ賞金はなんと100億円を超えており、歴代生涯獲得賞金ランキングには、多くのレジェンドを抑えて現役選手が名を連ねている。ちなみにベッカーは約25億円で8位にランクインしている。

ジョコビッチとベッカーの契約条件は明らかにされていないが、錦織とマイケル・チャンの場合、1年間20週程度の帯同で1日50万円程度のコーチ報酬、帯同ツアーの賞金の10%程度という話もある。2016年の錦織の獲得賞金額は約4億8千万円。ジョコビッチとなると、14億円を超えている。

テニス界の活況、ジョコビッチの獲得賞金を見ても、その勝利に貢献したベッカーが破産!というニュースは衝撃的だ。

スキャンダルに彩られたベッカーの過去 栄光を取り戻したかに見えたが……

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とはいえ、ジョコビッチのコーチに就任する前のベッカーは、よく言えば爆発力のある、悪く言えばムラッ気のあるビッグサーバーという現役時代のプレースタイルそのままに、脱税やスキャンダラスな離婚劇、事業の失敗など引退後のトップアスリートの悪い方のスパイラルにはまっていた事実もある。

現役時代からアルコールと女性の影が耐えなかったベッカーは2001年、最初の離婚をする。そのとき元妻バーバラに支払った慰謝料は15億円とも言われる。翌2002年には、310万ユーロ(当時のレートで約3億8000万円)の脱税が発覚。禁固刑を免れるために罪を認め、全額を納税したが、母国ドイツでのベッカーの名声はかつてとは比べものにならないほど下がっていた。

2008年にはポーカーのプロとしてデビューするなど、テニスとの縁が薄れていたベッカー。ジョコビッチがコーチに招いた当初は、水と油の2人の関係は長続きしないと言われたが、この共闘を契機に、ベッカーはテニス人としての尊敬を取り戻すに至った。コートサイドに陣取るベッカーの姿、かつてのライバル、エドバーグとコーチとして相まみえる姿を見て、かつてのレジェンドにも活躍の場が与えられたことを喜ぶオールドファンは多かったはずだ。

ベッカーとの関係を解消したジョコビッチは、今年5月、現役時代に輝かしい実績を持つ新たなレジェンドコーチ、アンドレ・アガシと契約を結ぶと発表した。ベッカーの方も、解説者業はもちろん、ドイツサッカー連盟もその手腕に興味を示しているという報道もあった。今回の破産宣告で一気に先行きが不透明になったが、功労者、かつての名選手が活躍できる素地のできたテニス界だけに、ベッカーが、再びコートサイドに戻ってくることを願うばかりだ。

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。