文=結城康平

積み上げた技術を支える「目線を隠す」テクニック

提供:結城康平

観客を静寂させ、正確なフリーキックで一気に沸かせる。からジュビロ磐田に加入した元日本代表MFの技術は、毎日の積み重ねによって支えられている。セルティックFC時代に彼を指揮したスコットランドの名将ゴードン・ストラカンは、「雨風の中、1人で居残ってフリーキックのトレーニングを続ける姿は、試合後に1人でボレーシュートの練習を続けるエリック・カントナを思い出させた」と語った。尽きることのない職人のような拘りは、彼のキックを芸術にする。

Jリーグ第3節、大宮アルディージャのGK加藤順大の読みを外しながら完璧なフリーキックを沈めた職人のゴールには、様々な技術が隠れている。今回注目したいのが「目線を隠す」テクニックだ。MF太田吉彰がシュートを狙う気のないフェイクを挟んでいるのだが、その時の中村俊輔に注目したい。

太田が助走をスタートするタイミングで、中村はシュートを狙うファーポストの位置を確認。GKは太田のシュートを警戒し、自然に彼に注目する。太田が空振りすると、中村が助走を開始。この時には、既に視線がボールへと向かっている。

ボールを見ながら斜めに助走することで、GKは顔の動きからシュートコースを読めない。壁の上を越えてくるようなボールを警戒して一歩中央に位置を取り直した加藤を、嘲笑うように中村のシュートは逆側へ。
 
右足に重心を乗せてしまった加藤は、逆足方向への反応がどうしても一瞬遅れる。ボールをインパクトした瞬間に方向転換をしようとしても、間に合わない。
 
スコットランド時代にも、中村は同様のゴールを沈めている。蹴る前に狙う位置を一瞬だけ一瞥しながら、そのまま助走。壁の上を越えてくるようなコースを警戒して数歩動いたGKの逆サイドへ、正確なシュートが突き刺さった。

アングリア・ラスキン大学のスポーツ科学研究者マシュー・ティミスを中心としたチームの研究によれば、正確にゴールの両脇を狙う時にキッカーは長い時間「狙うエリア」を見る傾向が明らかになった。感覚的にも解ることかもしれないが、当然ゴールの右下にシュートしたい時にキッカーは「右下」のエリアを見る。

それを隠すために目線を外して相手と駆け引きをする訳だが、狙っているエリアを「キッカーが長い時間見る」傾向は生まれやすい。中村がGKについて厄介なキッカーである理由の1つは、目線を隠すことが極めて巧いというところにある。蹴る前の助走に入る前に、狙う位置を見る。その一瞬だけで自分の脳内に正確なシュートコースを描くことが出来ることは、鍛錬の成果なのだろう。

カーブするボールが持つ魔力

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インサイドに近い位置でのキックで、中村俊輔はボールに斜めの回転を与える。芯に近い位置をポイントで蹴り込むことで無回転状態を生み出すスタイルのフリーキックも一時期は流行し、クリスティアーノ・ロナウドや本田圭佑、アンドレア・ピルロといった選手達が無作為に揺れるようなボールを武器にしていたが、様々な要素に影響される繊細な技術であったことから、近年は武器にする選手が減ってきている。

その一方、中村俊輔を筆頭として「曲げるキック」を得意とするフリーキッカーは、未だに主流派だ。ウエストハム時代に鮮烈なフリーキックを何本も沈めたディミトール・パイェは鋭く曲がるフリーキックを操り、多種多様なキックを操るミラレム・ピアニッチも逃げていくようなキックで相手GKを苦しめる。

興味深いことに、人間の視覚システムというのは「重力による縦方向」の変化には比較的対応しやすい一方で、「斜めへの変化」を認知することを得意としていない。ボールは常に同じ軌道で曲がる訳ではなく、ボールをインパクトする位置、方向、力によって微妙に軌道を変える。

クイーン大学で認知学を研究するヨースト・デッシング氏の学術論文である「ベッカムのように曲げろ:視覚的にゴールキーパーを欺く術」によれば、右に変化するフリーキックを止めようとする時にGKの移動は左方向に偏りやすい。厄介なことに、変化するボールは反応の初期段階での認知ミスを起こりやすくする。結果として「蹴られた瞬間の小さな判断ミス」が失点へと繋がるという理屈だ。

同研究によれば、経験豊富なプロのゴールキーパーであっても「変化するボールによって生じる認知のミス」から完全に逃れることは出来なかった。中村俊輔も、インサイドに近い位置でボールを捉える独自のフォームによって、鋭く曲がるボールを生み出す。インパクトが遅れてやってくるような独特なフォームもあって、GKは初動を間違えやすい。

中村俊輔の駆け引きから、学ぶべきこと。

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精度の高いキックを支える日々の鍛錬と、相手の心理を知り尽くした駆け引きの妙。名捕手として知られる野村克也は、相手の投手を事細かに分析する中で「グラブで握りを隠す」という現代野球では常識となる技術を生み出したが、「GKとキッカー」の駆け引きは「投手と打者」の心理戦に通じる観察力の勝負だ。細部への拘りが勝負を分ける中で、中村俊輔は徹底した工夫によって結果を残してきた。相手の心理を読み、動きを利用する。ジュビロ磐田の若手選手達は彼から、速さや強さ、技術だけではない駆け引きを学び取ることが出来るだろうか。


参考文献

Dessing, J. C., and Craig, C. M. (2010) Bending it like Beckham: How to visually fool the goalkeeper. PLoS ONE, 5, e13161. di

Timmis M.A., Turner K., Paridon van K.N. Visual Search Strategies of Soccer Players Executing a Power vs. Placement Penalty Kick // PLoS ONE. - 2014. - 9(12). doi:10.1371/ journal.pone.0115179


結城康平

宮崎県生まれ、静岡県育ち。スコットランドで大学院を卒業後、各媒体に記事を寄稿する20代男子。違った角度から切り取り、 異なった分野を繋ぐことで、新たな視点を生み出したい。月刊フットボリスタで「Tactical Frontier」が連載中。