“定職”でなくとも、できること、やるべきことはある

横浜DeNAベイスターズの球団社長を退任してから、8カ月が過ぎました。
 
退任後しばらくは、次の仕事としてどんなステージを選ぶべきか、ベイスターズに劣らない情熱を注げる職場はどこかと真剣に考えていました。いろいろな企業からいろいろな役職のオファーをいただき、中には経営者やCMO(マーケティング最高責任者)への就任の打診など、心が動かされそうになるご提示もありましたが、結局、それらの一つを選び取ることができないまま時間が過ぎていきました。
 
次へ進まなければと頭が急かす一方で、心がついてこない状態でした。
 
ベイスターズでの5年間、特に、クライマックスシリーズに進出して敗退が決まった時点で退任することになっていた最後の1年間は、さまざまな感情が日々渦巻き、心がくたくたに疲れきっていたことに、すべてが終わってから気づかされました。ベイスターズを離れてからしばらくの間、いろいろありましたし、わが子を取られたような空虚な感覚もあり、やがて「一定の充電期間を経なければ次に進むことは難しい」と自分の中で結論づけました。
 
ただ、“定職”は選ばないとしても、できること、やるべきことはあります。こうした期間にしかできないこともあります。フリーの立場を生かし、私はどこへでも行き、いろいろな人に会うことにしました。

戦略的に取り組まなければ、スポーツは文化として根付かない

動力源となったのは、この5年間、身を捧げてきたスポーツの将来に対する危機感でした。
 
東京オリンピックが開催される2020年までは、日本のスポーツ界は黙っていても一定の盛り上がりを見せることでしょう。しかし、それは一時の“ブーム”にとどまってしまうのではないか。戦略的・計画的に取り組まなければ、スポーツが“文化”として日本に根づくことはないのではないか。
 
しかし、私はプロ野球のことはわかっていても、それ以外については直接関与した経験がなく、提言を行えるだけの基礎がない状態でした。
 
そこで、私がかねてから使命と考えていた、球団社長としての経験を一冊の本にまとめる作業を進めながら、プロ・アマ問わず、いろいろなスポーツの関係者、経営者などに会うことにしました。
 
同時に競技界からお誘いを受け、Jリーグ特任理事、日本ラグビー・フットボール協会特任理事に就任させていただき、また明治大学では学長特任補佐という役職で大学スポーツの改革にあたる機会をいただきました。
 
球団経営の集大成としてまとめた著書『常識の超え方』も無事に出版され、総合スポーツ誌『Number』と組んで「Number Sports Business College」を開講しました。

ほとんどのチームは特定企業の力で成り立っている

こうして数カ月間、日本のスポーツ界全体に触れ、その未来を考える機会を得てきましたが、そこで感じたことは、実はプロ野球界にいた時の思いとそう変わらないものでした。

プロ野球の球団経営がそうであるように、日本のプロスポーツにおいて黒字経営が成り立っているところは本当にごくわずかです。その要因は、「経営者がいない」の一言に尽きる、とあらためて感じました。
 
Jリーグも、ラグビーのトップリーグも、ほとんどのチームは特定の企業の力によって成り立っている、と言わざるを得ません。もちろんプロ野球もそうです。
 
いわゆる親会社があり、球団・クラブは子会社的な位置づけという構図は極めて日本的です。その結果として、球団・クラブの経営者が親会社から出向でやってくる、いわゆる腰かけ的なポジションとして扱われがちだという現実があります。そして数年で交代し、親会社に帰る、その結果として、「クビになる覚悟で」経営にあたることよりも、親会社とのアジェンダを重視し、親会社からの評価を気にし、ファン的な感情とともに毎日のチームの勝ち負けばかりを話題にしている経営者が多いようにも感じます。

“経営者問題”は必ず解かなくてはならない課題

スポーツがオリンピックというイベントを契機とした“ブーム”で終わらず、“文化”としてその後も根づいていくためには、各競技界を運営する組織、球団やクラブが独立健全経営を実現しておくことが極めて重要になります。スタジアムやアリーナとの一体経営を実現することも同じく重要です。
 
現状を打破し、さまざまな課題を解決したうえで一体経営や健全経営を実現させるには、すぐれた経営者が必要なことは言うまでもありません。私もベイスターズで経験しましたが、既存のしがらみが多いスポーツ界では、それらに立ち向かって組織を動かしていく人間力が問われます。しかし、親会社との上下の関係性が重視される組織は閉鎖的で、外部から優秀な経営者を招くという風土が育ちにくいでしょう。
 
手前みそになりますが、ベイスターズを24億円の赤字から5億円超の黒字へと導くなど球団の改革を実現したことで、私を“功労者”と呼んでくださる方もいます。しかし、退任後のオファーの中にプロ野球からのものはなく、親会社自体を辞したこともあり、ベイスターズやDeNAから、翌シーズンのキャンプや開幕戦やその後の試合に招待されるというようなこともありませんでした(「来たいならこの申し込み用紙に記入してください」とフォーマットが送られてきました)。
 
私自身、去った会社に未練を残してストーカーのように関与しようとするつもりはありませんし、現にあえて意識をシャットアウトして、今シーズンはプロ野球をまったくと言っていいほど見ていませんが、球界や親会社からの球団の経営者に対する評価が低いことの一つの表れであるようにも感じられました。
 
いまの日本のスポーツ界には、自身の社会的評価を懸けて、腰を据えて組織改革、経営改革に挑む経営者が絶対的に不足しています。スポーツの優秀な経営者を育てること、球団やクラブの側にそれを受け入れる風土をつくっていくこと。一朝一夕にはいかないと思いますが、この“経営者問題”は必ず解かなくてはならない課題だと思います。
 
時おり、「またプロ野球の世界で仕事をすることは考えていないのですか」と尋ねられることがあります。
 
条件さえ整えば、なくはないかもしれません。球団を本気で変えようと思えば、かなりの権限を与えてもらわなければなりませんし、契約の形態や期間についても考慮してもらわなければなりません。結果が出ないからといって1年や2年で契約解除、という可能性があると難しいかと思います。
 
個人的にはむしろ、オーナーになってみたい気持ちがあります。組織のあり方やスタジアムづくりなど、いまの常識を根本から覆す球団やスポーツクラブをつくってみたい。日本でそれができるのは唯一、オーナーという立場だけですから。

第二回に続く

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横浜DeNAベイスターズを5年で再生させた史上最年少球団社長が明かす、マネジメントの極意。史上最年少の35歳でベイスターズ社長に就任し、5年間で“常識を超える“数々の改革を断行した池田純が、スポーツビジネスの極意を明かす。
 
2011年の社長就任当初、24億の赤字を抱えていたベイスターズは、いかにして5億円超の黒字化に成功したのか――。その実績と経験をもとに「再現性のある経営メソッド」「組織再生の成功法則」「スポーツビジネスとは何か」が凝縮された1冊。

【内容紹介】
■第1章「経営」でチームは強くなる
赤字24億“倒産状態”からの出発/【経営者のロジック】でアプローチする/【トライアンドエラー】を徹底する/成功の鍵はブレずに【常識を超える】こと/球団経営に必要な【人間力】

■第2章「売上」を倍増させる18のメソッド
【顧客心理】を読む/【飢餓感】を醸成する/【満員プロジェクト】で満員試合が11倍に!/グッズは【ストーリー】とセットで売る/トイレに行く時間を悩ませる【投資術】

■第3章理想の「スタジアム」をつくる
【ハマスタの買収】(友好的TOB)はなぜ前代未聞だったか/【一体経営】のメリット/行政は【敵か、味方か?】/【聖地】をつくる/【地域のアイコン】スタジアムになるための選択肢

■第4章その「投資」で何を得る?
1年間の球団経営に必要な【コスト】/【2億円で72万人】の子どもにプレゼントの意図/【査定】の実態―選手の年俸はどう決まる?/ハンコを押す?押さない?―【年俸交渉】のリアル/【戦力】を買うか、育てるか

■第5章意識の高い「組織」をつくる
意識の高さは組織に【遺伝】する/戦力のパフォーマンスを【最大化】するシステム/【人事】でチームを動かす/【1億円プレーヤーの数】とチーム成績の相関関係/【現場介入】は経営者としての責務

■第6章「スポーツの成長産業化」の未来図
【大学スポーツ】のポテンシャルと価値/【日本版NCAA】が正しく機能するために/東京五輪後の【聖地】を見据えた設計図/スポーツビジネスと【デザイン】【コミュニケーション】/【正しい夢】を見る力

(Amazon)スポーツビジネスの教科書 常識の超え方 35歳球団社長の経営メソッド
日比野恭三

著者プロフィール 日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。PR代理店勤務などを経て、2010年から6年間『Sports Graphic Number』編集部に所属。現在はフリーランスのライター・編集者として、野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを取材対象に活動中。