まだ日本にアイスショーが少なかった2004年から開催されており、見所は何と言っても現役選手の新しい競技プログラムの初披露が多い点だ。羽生結弦が五輪シーズンのSP(ショート)として使用するショパンの『バラード第一番ト短調』も、2014年のこのショーが世界初披露だった。今年は五輪の行方を占うという意味でも、各選手のプログラムの出来はどうかと競技ファンが関心を寄せた。

文=Pigeon Post ピジョンポスト 江口美和

ノービス、カップル競技、シンクロナイズドスケーティング

男子ノービスチャンピオンの佐藤駿は全公演で3アクセルに挑戦。全日本ノービス選手権を4連覇、仙台が再び生んだ天才と言われ、ジャンプポテンシャルが高い選手だ。

女子ノービスチャンピオンの住吉りをんは艶と明るさが同居し、幼いながら見せ方を心得ている。現時点では4回転以上の高難度ジャンプが無い分、すべての要素で隙の無い演技を要求される近年の女子シングルを象徴するような選手で、中学2年生ながら既に完成度が高い。

今季から最上位クラスのシニアに上がるジュニアアイスダンスチャンピオンの深瀬理香子/立野在組は、課題ダンスのルンバで新ショートダンスを初披露。ジュニアまでの清々しい雰囲気から一歩進んだ、濃密でしかし若々しい雰囲気を見せた。平昌だけでなく次の北京五輪でも期待を寄せられているカップル。
ジュニアペアチャンピオンの三浦璃来/市橋翔哉組は最終日に難度の高いスロー3ルッツを試みた。

須藤澄玲/フランシス・ブードロ・オデ組は全日本ペアチャンピオン。カナダのモントリオールを拠点に、ペアの世界的なコーチに師事しており、美しく柔らかな雰囲気が特徴。

全日本アイスダンスチャンピオンの村元哉中/クリス・リード組は女子シングル選手として浅田真央らと全日本フリー最終組の6人で滑った経験もある村元と、姉のキャシーと組んで五輪出場2回のリードという高い身体能力のカップルで、今秋のネーベルホルン杯でアイスダンスの平昌五輪日本出場枠の獲得を狙う。

日本が五輪団体戦に出場できるかは彼らにかかっていると言っても良い(男子/女子/アイスダンス/ペアのうち3カテゴリーで五輪出場枠を持っていないと団体戦にはエントリーできないが、現在日本は男女シングルのみ獲得)。24歳と28歳という大人のカップルは、新EX(エキシビション)X Ambassadorsの『Unsteady』でひとつのドラマを見ているような男女の機微を踊った。

シンクロナイズドスケーティング代表は神宮アイスメッセンジャーズ。サッカーのクラブチームのように、ジュニア、ジュベナイルに下部チームを抱える。昨季のFS(フリー)映画『タイタニック』のラストパフォーマンスを披露。本来のシンクロ競技は16人で行うが、アイスショーの場合、観客席を作るためにリンクサイズが小さくなることが多く、本公演では12人での演技となった。今後五輪種目として採用されるか注目の競技だ。

またこの公演をもって、2011年からカップルを組んだアイスダンスの平井絵己/マリオン・デラ・アソンション組が引退。パリを旅行中に恋に落ちる日本人女性とフランス人男性のプログラム『パリの空の下』を滑った。最終日には平井とは関西大学の先輩後輩でもある村元らが花束を手渡し、ファンに別れと感謝の言葉を告げた。

©坂本清

男女シングル

ジュニア男子3位の須本光希は新FSミュージカル映画『レ・ミゼラブル』を披露。3アクセルが綺麗に入った公演回があり、収穫のあるショーとなったに違いない。
ジュニア女子2位の白岩優奈は元アイスダンス日本代表キャシー・リード振付でミュージカル『Sweet Charity』から新EX『今の私を見せたいわ』で小芝居のような動きで愛くるしい笑顔を振りまいた。技術点が先行していると言われる2人だが、表現面でも向上しようという意欲のあるプログラム。

ジュニア男子チャンピオンの友野一希は新FSミュージカル映画『ウェストサイドストーリー』を初披露。踊りが得意な友野らしく、ウェストサイドストーリーで誰もが思い浮かべるシャーク団のY字開脚も含めたダンサブルなプログラム。
ジュニア女子チャンピオンの坂本花織の新FS映画『アメリ』は新振付師ブノワ・リショーと組み、今までの坂本にない独特の動きを見せる。誰よりも高く大きなジャンプが売りの坂本が、細かい腕の動きを取り入れた少女的な世界観を作り出すもので、秋のシーズンイン、また五輪最終選考会となる全日本までにどれだけ新しい坂本ワールドを作り出せるかが楽しみだ。

昨季の世界選手権女子代表の3選手。本郷理華は、昨季世界選手権の感動の演技を見せたミーシャ・ジーの振付で新EXのK-popダンス『プラックピンクメドレー』。長身に似合うパンツスタイルで長い髪の毛先を緑に染め、頭を振り回す激しい動きでクールに魅せた。新FSでは情熱の画家フリーダ・カーロを演じる予定という。
樋口新葉は新EX『ハレルヤ』を初披露。樋口とノービスの住吉の振付は、二人の同門の先輩であり海外のアイスショーで活躍する望月梨早が行った。樋口の新競技プログラムは8月の地元の大会にて披露予定で、得意のスピードを生かしたものにしたいという。

昨季の四大陸選手権女王である三原舞依は、新SP『リベルタンゴ』を初披露。同門の坂本同様、リショーと組み、今までピュアな雰囲気を得意とした三原には珍しいタンゴを踊る。坂本の『アメリ』同様、腕の表現が細かく、新しい動きをどのように身体に落とし込んでいくかが楽しみだ。

そして今回のショーで大きな拍手を受けたのが今季からシニアに移行する本田真凜。新FSオペラ『トゥーランドット』の初披露は、毎公演がスタンディングオベーションという素晴らしいものだった。天才肌でロマンティックなものが得意なデヴィッド・ウィルソンの振付が本田には「当たり」だったのか。競技用の最高構成では跳ばなかったが、ジャンプ等要素配置のバランスが良く、最大の見せ場と思われるコレオシークエンスのロングスパイラルは美しいの一言であった。

©坂本清



男子の無良崇人は新EX映画『美女と野獣』で雄大でありつつ端正、という得意路線のプログラムで観客を魅了した。海外のアイスショーで活躍する松浦功の振付で、過去に無良のエキシビション『Love Never Dies』も担当しており今プログラムも評判が良い。

世界選手権代表の田中刑事は新SPでゲイリー・ムーアの 『The Prophet』を初披露。田中と相性の良い振付師マッシモ・スカリとのタッグで、ブルースという難分野の曲を使い、昨季までは1本だった4回転を4サルコウ、4トゥループと2本にした田中史上最高難度のジャンプ構成、という攻めの姿勢で五輪代表選考に挑む。

海外からのゲストスケーターはロシアの現世界女王エフゲニア・メドヴェージェワ、ロシア代表のマリア・ソツコワ、四大陸選手権で羽生を下したアメリカのネイサン・チェン。全てEXだったが、身体の使い方の上手さは目を見張るものがあり、世界上位の力を存分に見せつけた。特にネイサン・チェンは、4トゥループのクリーンな着氷、トラベリング(移動)無くフリーレッグが美しい高速回転のスピン、体軸のブレない激しい踊りと全てが高いレベルで、場内は毎回ライブのような大歓声に包まれた。

トリを飾った宇野昌磨。報道陣の問いかけに「EX用のプログラムを作っている時間は無い」と答えた宇野は、新SPであるヴィヴァルディの『四季より「冬」』を滑った。最終日は4フリップを4ルッツにしようと試み、そこで全体のタイミングを崩したか次の4トゥループの軌道に入ろうとして跳べない(跳ぶのをやめる)という大変珍しい姿を見せたが、徐々にプログラムの完成度を高めてきている様が窺える。おそらく五輪出場ではなく五輪メダルを目指しているだろう宇野が、では五輪のEXに出られた暁には何を滑るのだろうと期待が高まる。

五輪日本代表争い

現在の日本の五輪獲得枠は昨季の世界選手権の結果により男子3枠、女子2枠。世界選手権で枠を獲得できなかったアイスダンス、ペアは9月末にドイツで開催されるネーベルホルン杯に回る。先日、日本スケート連盟から代表選考基準が発表されたが、男子3枠のうち2枠は大きなアクシデントが無い限り羽生結弦と宇野昌磨が有力だ。

公益財団法人日本スケート連盟:2017-2018 シーズン フィギュアスケート国際競技会派遣選手選考基準

男子の残り1枠は実力が拮抗しており、親子2代で悲願の五輪出場を狙う経験豊かな26歳の無良崇人か、選手として最も良い時期に差しかかりつつある22歳の田中刑事かといったところだが、昨季ケガで全日本を欠場した2014年NHK杯優勝者の26歳、村上大介も実力者だ。あるいはもっと若い選手が急に伸びてくる可能性もある。

女子2枠を巡る争いは混沌としていまだ読めない。五輪最大枠こそ逃したが、浅田真央、村上佳菜子の引退により完全に世代交代した女子は、若い才能が綺羅星のごとくだ。戦国時代と言っても良く、どのようなプログラムを持ってくるかということも非常に重要で、その意味では新FSに拍手喝采を受けた本田真凜は追い風が吹き始めたと言えるかもしれない。

四大陸選手権を制し、世界選手権で日本人最上位に立った三原舞依が、現時点では最も前に出ているという見方もある。だが昨年の今頃、病気明けで新潟の小さな発表会に出ていた三原が今の立場にあると予想した人は少ないだろう。10代の女子は体型変化で状況が変わることもあり、1年後の予想が難しい。ケガで昨季後半を棒に振った宮原知子が以前の状態に戻れば、経験や完成度から五輪最有力候補に躍り出る。

あるいは、伊藤みどりを髣髴とさせると言われるスピード&パワーの樋口新葉か、他スポーツに引きが来たほどの身体能力を有する坂本花織か、日本人離れした長い手足を操る本郷理華か、全日本FSで技術点トップだった白岩優奈はダークホースになり得るか。

かつてロシアのイリーナ・スルツカヤ(トリノ五輪女子銀メダリスト)は「五輪シーズンは月を追うごとに変わっていく。何もかもね」と語った。代表発表のその時まで、氷の上に誰が立っているかは分からない。


VictorySportsNews編集部