文=岩本勝暁
監督、選手が絶大な信頼を寄せるオールラウンダー
©岩本勝暁バレーボール全日本男子は、7月12日からオーストラリアで開催されている世界選手権アジア最終予選を戦っている。チャイニーズタイペイ、ニュージーランド、タイ、オーストラリアの4カ国と対戦し、2位以内に入れなければ世界選手権への道は閉ざされる。前回大会、初めて世界選手権の出場権を逃した全日本。同じ轍を踏むことの許されないチームには、32歳の頼れるオールラウンダーがいる。
監督、選手が絶大な信頼を寄せるベテラン
“重し”のような選手——、指揮官は彼をそんなふうに例えた。
米山裕太だ。
「こういった予選をずいぶんと経験している。そういう意味では一つ、重しのような選手がほしかった。計算のできる選手。ようするに、取りこぼせない試合が少なくとも3つはあるわけです。けっして特別なパフォーマンスを臨んでいるわけではないが、下支えしてくれる技術を持った選手を一人、入れておきたかった」
中垣内祐一監督は、ベテランの米山を新体制となって初めて招集した理由を聞かれ、こう答えた。けっして急場しのぎの招集ではない。「最初のミーティングの時に、『呼ぶから準備しておいてくれ』と言われました」と米山。別の角度から見れば、この大会の重要性を裏付ける招集ととらえることもできる。来年9月に行われる世界選手権(ブルガリアとイタリアの共同開催)の出場を懸けたアジア最終予選。切符を獲得できるのは、5チーム中2チームしかない。1回戦総当たりで対戦するため、3勝1敗が最低条件だ。
日本は6月のワールドリーグで準優勝し、箔をつけた。勢いもついた。しかし、まだまだ若いチーム。一つの試合、一つのプレーをきっかけに、流れを失う危うさも併せ持っている。そうした不安定なチームを下からズンと支える、まさに“簀子(すのこ)の下の舞”のような存在が米山だ。
これまでも安定感のあるプレーで、崩れかけたチームを何度も立て直してきた。選手からの信頼も厚い。同じ東レアローズに所属するセッターの藤井直伸も、「米山さんは安心感というか存在感の大きな選手。背中を見ながら頑張っていきたい」と頼りにしている。
32歳。2009年に全日本デビューを果たし、翌年の世界選手権に出場した。身長185センチとアタッカーでは小柄な部類だが、オールラウンダーとして攻守で活躍。3月に幕を閉じた2016/17 V・プレミアリーグでは、大車輪の活躍で東レを8シーズンぶりの頂点に導いた。
苦い経験もしてきた。遡ること4年前、翌年に開催される世界選手権のアジア最終予選が愛知県の小牧で行われていた。枠は4チーム中、たったの1つ。しかし、最終戦で韓国に敗れ、2勝1敗の2位に終わった。世界選手権の連続出場が「14」でストップした瞬間だった。直前に決定したばかりの、2020年東京オリンピックの開催を祝うバナーが悲しく揺れていた。
「悔しい思いをしました。世界選手権に出られるのと出られないのとでは大違いですからね。だから今回、合流したのは遅いけど、チームとして戦っていけたらと思っています」
勝利が決定的な状況でチームを引き締めた存在感
©岩本勝暁今回のアジア最終予選は4チーム中、上位2チームが出場権を獲得できる。前回と比べても、条件はいい。どれだけひいき目に見ても、オーストラリアを除く3チームは日本よりも格下だ。チャイニーズタイペイも、初戦の相手としては物足りなかった。攻撃の迫力も、守備の連携も感じさせなかった。チームとしての威圧感も皆無に等しかった。
しかし、何が起きるかわからないのが、最終予選の怖さでもある。油断はできない。
「若いチームなので崩れ出すとバタバタいくと思う。だけど、僕はこのチームの中でも、一番経験がある。そういう部分で、自分は崩れないように、立て直していける役割ができたらと思っています。それから、キャプテンの深津を助けていけたらいいですね」
米山の出番は最後の最後に訪れた。セットカウント2−0で迎えた第3セット、23−17の場面。試合の趨勢はすでに決していた。しかし、米山がコートに入るだけで、試合が締まった。サーブで崩して柳田の得点をお膳立て。相手に反撃を余地を与えず、25−19で快勝した。
この大会に限って言えば、米山がフル回転しなければならないような非常事態が訪れることはないだろう。地上波での放送もなく、キャンベラまで足を運んでいる物好きなメディアもそれほど多くはない。しかし、男子バレー界にとっては、間違いなく今シーズンでもっとも重要な大会だ。来年の世界選手権の切符を取りこぼすようなことがあれば、3年後の東京オリンピックに向けた重要な強化の場を失うことになる。絶対に失敗は許されない。そう考えると、長い目で見た時に、米山の経験が生かせる場面はきっとあるはずだ。
「そういう時が来たら、しっかり力を発揮できるように頑張りますよ」
淡々と語る口調には、最年長としての落ち着きと、チームを引っ張る覚悟に満ち溢れていた。