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文=井川洋一

規模拡大で収入は約10億ドル、利益が6億4000万ドルも増加見込み

©Getty Images

 世界の人口の6割以上が暮らすと言われるアジアには、中国やインド、インドネシアといった大きなマーケットに加え、UAEやカタール、シンガポールなどのオイルや投機で潤うリッチネーションが存在し、FIFAのグローバル戦略のメインターゲットと目されている。これらの国がコンスタントにワールドカップに出場するようになれば、FIFA──つまりはインファンティーノ会長──の勝利だ。彼らは実際に、48チームによって争われる本大会では、収入が約10億ドル、利益が6億4000万ドルも増えると試算している。

 インファンティーノが言うように、「フットボールの発展のために」さらに多くのお金が各協会に分配されるのであれば、それ自体は悪いことではない。しかし、過去のFIFAの実態を振り返ると、この広い地球上でそれらが適切に使用される保証はどこにもない。第2、第3のジャック・ワーナー(トリニダード・トバゴ出身の元FIFA副会長。職権を乱用して不当に掠め取った賄賂は数千万ドルに及ぶと言われる)や、チャック・ブレイザー(アメリカ出身の元FIFA理事。ワーナーと共謀して不当に私服を肥やし、トランプタワーにある自宅の1万8000ドルと飼い猫のために[!]借りた別室の6000ドルの家賃は長らくCONCACAFの口座から支払われていた)が生まれないことを願うばかりだ。

 その一方で、これまで出場できなかったチームにチャンスが増すのは歓迎すべきことに思える。先のEURO2016も出場枠が16から24に増え、その結果、アイスランドやウェールズらが初出場しただけでなく、本戦では新鮮な驚きを提供したように。時代が時代なら、ライアン・ギグス(ウェールズ)やジョージ・ウェア(リベリア)、ジョージ・ベスト(北アイルランド)、ヤーリ・リトマネン(フィンランド)といったレジェンドたちも、フットボール界最高の檜舞台のピッチを踏めたかもしれない。

大会のレベルと予選への関心、ともに低下は避けられないか

 ただし常連国のファンにとって、予選は今よりもずっと盛り上がりに欠けることになるだろう。出場枠が約2倍に増えると目されるアジアは、特にその影響を受けるはずだ。現時点でさえ、日本の本大会出場を当たり前と感じている人が多いのに、それがさらに容易いものとなれば、予選に興味を持つこと自体が難しくなりかねない。

 この決定を受けて、英国の高級紙『Guardian』は世界各国のファンの反応を集めて紹介した。「最悪な決定」(アルゼンチン人)、「32チームでもすでに多いというのに」(ドイツ人)、「大会の権威がなくなり、取るに足らないチームとつまらない試合が増える」(オランダ人)など、いわゆる列強国からは、やはり否定的な意見が多かった。かたや、「未来への希望」(インド人)、「これで我々もなんとかワールドカップに出場できるようになるだろう」(グアテマラ人)、「小国に間口を広げることは、大会のさらなる世界的なアピールにつながる」(タイ人)など、ワールドカップと縁遠かった国では、歓迎する声が大半を占めていた。なかには、「ワールドカップに飽きることはないので、参加国の増加もけっこうなことだ」(ブラジル人)や、「64チームの大会の方がいいだろう。いずれにせよ、我が国の代表が本大会に出場する姿は想像できないが」(バヌアツ人)といった独特な見方もある。

 ワールドカップを世界最大のお祭りと捉えれば、個人的にはこの案を歓迎したい気もする。それにもう決まったことだから、なるべく明るい側面を見ていきたいとも思う。様々な人種や意見、つまり「多様性」を受け入れようとFIFAは主張してきた。それが、世界でもっとも愛されるこのスポーツのあるべき姿なのだと。2014年3月にそう言ったジェフリー・ウェブFIFA副会長(当時)も、その後、マネーロンダリングなどの罪に問われてフットボール界から消えてしまったとはいえ。

 さて、あなたはどう考えますか?


井川洋一

1978年、福岡県生まれ。スポーツジャーナリスト、編集者、翻訳家。学生時代にニューヨークで写真を学び、現地の情報誌でキャリアを歩み始める。帰国後、『サッカーダイジェスト』で記者兼編集者を務める間に英『PA Sport』通信から誘われ、香港へ転職。『UEFA.com日本語版』の編集責任者を7年間務めた。欧州やアフリカなど世界中に幅広いネットワークを持ち、現在は様々なメディアに寄稿する。分析や論評、翻訳だけでなく、人物を描くのも好き。