さる7月30日、浦和レッドダイヤモンズは2012年シーズン以来同チームを率いてきた、ミハイロ・ペトロビッチ監督の契約解除を発表しました。今回は、サンフレッチェ広島監督時代から数えて12年、独自のサッカー哲学に基づき同監督が作り上げJリーグを席巻したユニークな攻撃戦術を振り返り、彼が残した正負両面の影響について考えてみたいと思います。

<ミシャ式>の基本構造とは

基本布陣は3バック、2DHに1トップ2シャドーの3421。ボール非保持時(守備時)にはWBが下がって541に、ボール保持時(攻撃時)には左右のCBがSBとして大きく開き、DHの一枚がCBになり、中盤はアンカー一枚を残し、WBはWGとして前線に高く上がり、5人のアタッカーが並ぶ415に変化します。
 
いわゆるフォーメーション可変型のシステムで、<ミシャ式>と呼ばれているこのやり方はサンフレッチェ広島監督時代、2007年のJ2降格を経、2009年のJ1昇格後も続けて長期間にわたり、試行錯誤しながら作り上げられてきたものです。上記の形にまとまるまでも、まとまった後も内容面で様々な変遷を経ています。
 
当初は、4バックに5枚のアタッカーを当て、ラグビーのラインアタックのように最終局面でシンプルに数的優位を作る攻撃を行っていました。そこから、次第に相手CBに対する一時的な数的優位を巧妙に活用するパターン攻撃が生み出されていきました。

2CBに対して、CF+2シャドーが中央突破を狙うパターンです。三人の動きを組み合わせて相手にチャレンジ・カバーを強要することで、DHを引きつけたりCBの一枚を動かしたりして、残る1CBに対し2対1を作ります。
 
ここにボールを供給できれば、ワンツーやスループレーなどで容易にラインを突破し、決定機を生み出せます。アンカーからの縦パスをフリックで縦展開する、構造上フリーになりやすいSBから入る斜めのグラウンダーパスに対し、スループレーやワンツーを交えて一気に裏を取る、など様々なパターンが生み出されました。
 
WB(ウィング)は、この局面を作りやすいよう機能性を高められています。WBは敵陣深く進出し、SBを引きつけます。このことで、SBの内側へのスライドによるカバーリングを期待しづらくなり、CBが孤立しやすくなって上記の狙いを生じさせやすくします。
 
これを嫌ってSBが動かないのであれば、その外側をWBが突いて裏に出ます。CBが簡単に動かず中央のコンビネーションを阻止しつつSBがWBの対応に動くのであれば、そのことによって空くCB~SB間をシャドーに使わせ、やはり裏抜けを狙います。
 
いずれにしてもBOX内なので、ミシャチーム側は一気にシュートチャンス、決定機を創出することができます。これらの動きを理解できる選手であれば誰でも習熟可能な形にまで昇華され、Jリーグは勿論、世界をみてもなかなか類を見ない、構造的でありかつ多彩でもある、しかもチームプレーとして繰り返し再現可能という攻撃戦術がうまれたのです。
 
浦和レッズに居を移してからは、日々厳しくなる相手チームの対策に対応する必要もあり、これらの基本的なやり方にさらに様々な試みを上積みしていました。

●シャドーとWBのスイッチプレーでマーキングを混乱させる

●関根貴大らの突破力を生かし、WBをアイソレーションさせてワイドの深い位置に作る起点からの攻め手を増やすことで、中央でのボールロスト機会=被カウンター機会を減らす
 
●攻撃力は高いがカウンターに脆い415ビルドアップを修正、3CB+1DH、3CB+2DHのビルドアップを本格的に導入。状況に応じ組み合わせて使うことにより、カウンターへの対応選択肢を拡大

●敵陣に押し込んだときの選手のポジショニングが離隔しすぎず相互に支援しあえるように修正。強力なカウンタープレッシングの実装と合わせ技でボールロスト後のボール回復能力を高める
  
こういった試みを年々積み重ね、攻撃偏重のシステムを用いながら年間トータルでの失点機会の減殺にも成功。2016シーズンにはクラブ史上最高の年間勝ち点を獲得するに至りました。

©Getty Images

Jリーグは<ミシャ式>にどう対応してきたか?

この、攻撃偏重の特異なシステムに対して対戦相手となるJリーグの各チームはどう対応してきたのでしょうか。いくつか代表的なものをまとめてみました。

(1)4バック(442)で自陣に引いてミックスゾーン(マンツーとゾーンの併用)で人とボールの動きを同時にブロック。

ミシャチームをあえて自陣に引き込み、人数をかけさせたところでミシャチーム陣内に数的同数、数的優位を得てカウンターを狙います。

(2)4バック(442)でマンツーマンでマーク。パスワークを引っ掛けてショートカウンター狙い。

415の展開に対して2FWで2CBを、2SHで2SBを、そしてアンカーをDHの一枚を縦進出させることで消します。アンカーの展開力を無効化し、5アタッカーにクリーンなボール出しを許さず、ミシャ式のコンビネーションアタックを効果的に行わせないのが狙い。できればSBかアンカーのところでボールを奪って数的同数のショートカウンターにもちこみます。

(3)ミシャ式と同じフォーメーションを採用し、マンツーマンでマークさせる。

パスワークを引っ掛けてインターセプトからのカウンター狙い。ミラーゲームにするので、最終局面でギャップを作られづらい。

(2)の方法は常用している4バックのプレーモデルをさほど崩さずに行えるからか、よく見られた対策でした。

ただし自陣のDHが一枚となるため、CF+2シャドーに対し3対1の数的劣位になります。ミシャチームのCBからアンカーを飛ばして直接この3枚のどれかにパスをつけられ収められると、自チームCBに対し一時的な2対1をしかけることを基盤とした、上述のコンビネーションを容易に使われます。結局ミシャ式のコンビネーションを阻止できず崩されるケースが頻発していました。

対して(3)の方法は、中央をはじめから3枚で守れるため、CF+2シャドーの連携による仕掛けに対応しやすいのが特長です。DHを簡単に動かさないよう我慢すれば3CB+2DHで守れるので、フリックプレーなど縦のマークズラしにも対応しやすく、中央を確実に固めることができます。そのため、WBによって仕掛けられるワイドのデコイも無視できる(判断を曖昧にさせられない)。

守備面ではミシャ式の罠をほぼ封じれる一方、カウンターや攻撃時にマークを受けやすく、好機を作り出しづらくなります。ミラーゲームである関係上ミシャチーム側にもマンツーで対応されることと、CF+2シャドーのアタックにおいてミシャチームほどのコンビネーションを期待できないためです。よってこの対策を採用した場合、じっと我慢の展開となりますが、前線の選手に質的優位を発揮できる駒(単騎でもちこたえシュートできる外人選手など)があるとか、セットプレーに強みを持っているチームなどはこのミラーゲーム方式を好んで用いていました。

もっともエレガントなのは(1)の方法で、以前「Jリーグはミシャ・サッカーをどう攻略したか? 数的優位を巡る考察」 http://coachunited.jp/column/000023.html でもとり上げた名古屋グランパスのミシャ式対策などはその典型でした。モンバエルツ監督の横浜F・マリノスも似た対策を取ってミシャチームを苦しめています。

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<ミシャ式>に対峙した12年間がJリーグにもたらしたもの。

<ミシャ式>のような特殊なプレーモデル、システムの存在によって、他チームとの対戦では応用が効かないような固有の対策をどのチームも取らざるを得なくなりました。リーグ全体として戦術的な対応力の向上に寄与したのは間違い無いと思われます。
 
その一方で、その経験が将来にわたって大きな意味を持つかどうか、ぼく自身はやや懐疑的な思いを抱いています。
 
ぼくは<ミシャ式>とその改良版である<森保式>は、日本特有の気候要件や期待されるプレーモデル観(攻撃=美徳)、戦術理論・実践レベルの現状の水準に最適化されたシステムだったのではないかという仮説を持っています。
 
多くの人数で攻撃し、多くの人数で守る。攻守分断をあえてするシステムではあるが、守備一辺倒にならないよう攻撃にも人数をかけられるようになっています。それゆえ全体としては攻撃か、さすれば守備かという構造になっており、その間のトランジション局面を考慮しづらい、プレーモデルの構造内に代入しづらいものにもなっています。
 
<ミシャ式>では攻撃時の数的優位を過剰に追求する方に振りきったため後方のスペースを数的劣位のまま放置することになり、ここを質的優位や計画的なカウンターで狙われると防御しようがない(守備局面に遷移しきれない)という結果になっていました。
 
<森保式>では、数的優位の追求がポジション優位の追求に置き換えられることで攻撃局面と守備局面の相互移行がスムーズに行われ、かつ循環性を持つように調整され、安定性をもたらすことで、勝ちきれるチームが作り上げられました。
 
ですが、その移行局面のスムーズさが相手チームのトランジション時の仕掛けや自チームの編成上の問題で損なわれると、トランジション面での問題を戦術的に修正しきれなくなり、最終的に森保監督の退任に至りました。
 
攻撃でも守備でもない、その間のトランジション局面で生じる問題に対する脆弱さ・戦術的可塑性の低さ。攻守をあえてシステム的に分断することで両局面の優位性を確保しようとしたシステムである<ミシャ式><森保式>の最大の弱点はそこだったのではないかとぼくは考えています。


■世界のトランジションサッカーは、ますます激化している

攻から守へ、守から攻へ、その状況遷移間で勝負を決めようというトランジションサッカーの流れは、近年ますます激化しています。
 
元来欧州では、可変フォーメーションによるシステムは、<ミシャ式>のように攻撃偏重のシステムを作るためではなくトランジション局面におけるコンペティションの激化に対応するために構想され、選択されていたプレーモデルでした。
 
いまやそれすら、フォーメーションを変化させている間に放棄されるスペースや経路を狙って攻撃(カウンター)を行なうといった方法で無効化されつつあり、世界は<その次>の局面へ向かおうとしています。
 
そもそもトランジションサッカーに対応しづらい指向性、構造をもっている<ミシャ式>への対応に知恵を凝らした何年にもわたる経験が、世界のサッカーの最前線に追いすがろうと野心するJリーグの立ち位置という面からみると、果たして意味のあるものだったのかどうか……考えるべき点は、なお多く残されているように感じます。

とはいえ、ペトロビッチ監督のサンフレッチェ広島・浦和レッズが、それこそ水際だった鮮やかな攻撃サッカーをJリーグで展開したことは否定しようがありません。

個人的には(既に書いたことですが)それが繰り返し再現可能なチームプレーであったこと、すなわち確固としたメソッドに基づくトレーニング可能なものだったことが、もっとも重要だったのではと思います。
 
日本のサッカーでは、美しいパスワークや見事な崩しといったようなものは、ピッチ上の選手達のひらめきや、阿吽の呼吸みたいな曖昧な概念の上で漠然と希求される事が多く、繰り返し意図的に再現可能な現象として機能的に作り上げられることが少ないように感じられるからです。
 
そういった状況を打破するためにも、ペトロビッチ監督には、今後とも攻撃的なコンビネーションプレーというものが明確な方法論のもとで形成可能なものだということを飽くことなく実践し続けてもらいたいですし、そのメソッドを世に知らしめてほしいと思っています。
 
ですが、今贈るべきはこの言葉でしょう。
 
ミハイロ・ペトロビッチ監督、素晴らしい攻撃サッカーをありがとう。 
長い間、おつかれさまでした。
 
<了>

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五百蔵容

いほろい・ただし。株式会社セガにてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析。web媒体を中心に寄稿・発言しています。