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今年から発足した「明治安田生命Jリーグワールドチャレンジ」、初戦の顔合わせは浦和レッズと、香川真司が所属するドイツの名門ボルシア・ドルトムント。試合は、ホーム浦和の強烈な圧力に苦しみながらもドルトムントが3-2で逆転勝ちを収めました。数多くの得点機を作った浦和の健闘が光る一方、来日翌日かつシーズン開幕前、さらに新監督就任1週間というハンデだらけのドルトムントが見せた強さはさすがドイツの名門というべきもの。この試合の解説を、ブロガー・らいかーるとさんに依頼しました。

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地元に愛され、世界中にファンをもつドルトムント

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日本代表の香川真司選手が所属するブンデスリーガ1部のボルシア・ドルトムントは、平均観客動員数8万人を超える世界有数のビッグクラブ。平均観客動員数は、世界一を誇る。日本でも知名度が高いスペインのFCバルセロナやレアル・マドリー、英プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドでもこの数字には達していない。

2015/2016シーズンのアニュアルレポートによれば、クラブの営業収益は3億2432万ユーロ(約422億円、1ユーロ=130円計算)。J1でトップの営業収益を誇る浦和レッズは、約60億円だ。ドルトムントはシーズンチケットが5万5,000枚となっており、チケット収入だけで60億円を稼いでいる。

クラブのレプリカ・ユニフォームは、世界中で年間60万枚売れ、公式ファングッズだけで計50億円の収益をあげている。桁違いな実態だ。ちなみにスポンサー収入は約110億円、放映権収入も約107億円となっている。ホームゲーム以外で得られるスタジアムツアー、パーティや会議等のイベントによる雑多収入も、約20億円を計上している。

地元のサポーターがシーズンチケットを5万5,000枚買い、毎試合8万人もの観客を動員し、スタジアム稼働率99%を維持するローカルなビッグクラブ。一方、ローカルエリアだけではなく、オンラインショップから世界中でグッズが売れ、日本企業を含むスポンサーがつくグローバルなビッグクラブ。こうしたドルトムントのブランドは、どのようにしてつくられてきたのだろうか。

倒産の危機を契機に、ブランドマネジメントに着手

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実は、ドルトムントは2005年に倒産しかけている。巨額の放映権収入を見込んで高額年俸選手に投資し続けた結果、約200億円の負債を抱えたのだ。経営陣の交代や資金計画の見直しなど、クラブの抜本的な経営改革に着手して倒産を免れてから、ドルトムントは「ブランドマネジメント」こそが復活を遂げるために必要だと考えた。その中身は、「ドルトムントらしさ」を明確につくることであった。
 
2008年頃、クラブには公式ホームページやグッズなどにドルトムントを表現するエンブレムやロゴの種類が「合計82個」もあった。今でこそ、クラブのカラーといえば「濃い黄色と黒色」がすぐに想起されるだろう。だが、当時の公式媒体や選手のサイン入りカード、グッズに用いていた色合いは、黄色と茶色や白色などごちゃ混ぜ状態。現在のドルトムントからは想像もつかない状態だが、2008年ということはそれほど大昔でもないことに驚く。
 
1909年創設のクラブが、実に100年近くもの間、クラブのブランドつまりアイデンティティーの構築を考えてこなかったのだ。独自性などは完全に度外視しても、それなりにクラブの経営ができていたため、倒産危機に陥るまで気づかなかったのである。
 
この頃からドルトムントの社内組織も大きく変わり、10年前には存在しなかったチケットやスポンサーのセールス(営業)部署やマーケティング、国際事業部や人事部などができた。単なるフットボールクラブではなく、いわゆる一般の民間企業に近づいた組織に編成されたのも最近の話であった。
 
ブランドを再構築するにあたり、彼らはドルトムントに関わるキーワードを列挙した。それは「Beautiful Games」「Passion」「Community」「Stadium」「Success」「Fans」「Solidarity」「Tradition」。このようにキーワードは出てきたものの、クラブは「ドルトムントらしさ」を表現する言葉ではないことに気づく。例えば、美しい試合(Beautiful Games)や伝統(Tradition)と言っても、ドルトムント唯一のものではない。一つ一つのキーワードに対して分析を行い、ドルトムントが長年の伝統を誇るクラブでありながら、何が他クラブと一線を画しているかを洗い出したのである。
 
最終的に、現在もクラブの戦略的ブランド管理の土台となっているアイデンティティーは以下のように創出された。
 
まずは、クラブの中心となる存在は「Intensity(熱狂的)」。8万人を超える観客を動員するドルトムントは、クラブの創設からサポーターと強固な絆を構築してきた。その情熱は、クラブの象徴となる“熱さ”で幾度もの喜びと悲しみを経験している。
 
Intensityを真ん中にして、周囲には3つのアイデンティティーを描いた。「Authenticity(本物)」「Ambition(野心)」「Bonding Force(結束力)」。これらは全て、ドルトムントを象徴する表現であり、軸となる行動規範、価値観を貫いている。

「我々は常にチャレンジャーである」という信念

ドルトムント公式HPよりスクリーンショット

クラブが発行する公式媒体を見ると、ホームページやパンフレットなどはすべて濃い黄色と黒だけのカラーリングとなっており、デザインに使用されている太い線や文字が「右斜めに上がる」ように表現されている。
 
また、文章もふつうのテイストではなく、上述したように“熱狂的な(少々過激な)書き方”をしている。これは、ドルトムントが常にチャレンジし続ける精神のクラブであることを示している。日本語で「右肩上がり」という言葉があるが、現状維持ではなく毎シーズン成長し続けること、常に2番手が1番手を追い抜き(野心を持ち続け)、一体となって撃退したとき(結束力)の快感をサポーターたちと味わえるクラブ、それこそが真のサッカー体験(本物)=ボルシア・ドルトムントであると志した。

ドイツの1番手は、バイエルン・ミュンヘンだ。バイエルンのサプライヤー企業は「アディダス」、ドルトムントは「プーマ」。他に比較するとバイエルンのビッグスポンサー「アウディ」「アリアンツ」に対してドルトムントは同業他社で「オペル」と「ジグナルイドゥナ」である。ドルトムントのスポンサーには日本企業も入っており「ローソン」や「エイチ・アイ・エス」が並ぶ。ドルトムントがファン・サポーターと共に歩む“絶対的な共感力”は伝わるだろう。

ドイツの地域密着型クラブとは

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Jリーグは、「地域に根差したスポーツクラブを核としたスポーツ文化の振興」という理念を掲げている。長い間、日本を代表するプロスポーツはプロ野球であったが、プロ野球は世界最高峰であるアメリカのメジャーリーグを意識し「ドラフト」や「フランチャイズ」という言葉を日本に浸透させてきた。

一方、日本サッカー界はプロ野球文化一色であった我が国に「地域密着」や「ホームタウン」という聞きなれない言葉ばかりを世に広めていった。Jリーグが生んだ「地域密着」という理念ないし「ホームタウン活動」を通じたJクラブの在り方は、ドイツが原点となっている。Jリーグの公式ホームページでは、今でも「Jクラブの原点はドイツにあります」と記されており、日本におけるサッカーはドイツモデルとされてきた。

ドルトムントが地域密着型クラブと称されるのは、地元のサポーターから得られる信頼と共感である。8万人もの観客がいるビッグクラブは“共感力”を維持するためにサポーターを消費者扱いしない。倒産しかけた瀕死状態のクラブを支えてくれたサポーターを常に“仲間”として捉え、サポーターの意見を回収する担当者はマーケティング担当にも向き合っている。

日本のJクラブは運営部がサポーターの窓口を担当していることが多いが、ドルトムントではサポーターとファンクラブを横一列に考え、セールスとマーケティング担当者の部長クラスがコミュニケーションをとっているのだ。また、サポーターから得た情報は横断的に各部署へフィードバックされる。ドルトムントのアイデンティティー、情報発信方法、スタジアム内のホスピタリティはクラブの上層部も関わる“ブランドマネジメント”によって推進されている。

チケットの価格やグッズ、飲食店のフードサービスの価格を値上げしないドルトムントは、マーケティング担当者が“地域住民(ファン・サポーター)を裏切らないクラブだ”というポリシーに執着し、常に自主点検を行なっている。

ローカルでの地域貢献活動(Jクラブでいうホームタウン活動)はほとんど行っていないドルトムントだが、徹底したブランドコントロールによる地域密着を実現している。こうした部分を、日本のプロスポーツ組織は見習うべきかもしれない。ブランドマネジメントなくして、縦割り組織のままのクラブが地域貢献活動の数を稼いでも、ファンやサポーターは増えないのだ。

経営母体は、地域住民が会員の非営利スポーツクラブ

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ドルトムントが、「われわれは地域に密着している」と声高に言う理由はもう一つある。ブンデスリーガのプロクラブの親会社は、地域住民たちが所属するスポーツクラブからなっているからだ。ドイツは、地域発で自分たちのサッカークラブを作り上げ、そこに暮らす人たちと共に1部リーグに上がってきた歴史がある。

ドルトムントはプロクラブ(トップチームのみ)を「Borussia Dortmund GmbH&Co.KGaA」と呼ばれる商業法人(日本でいう株式会社の形態)で経営しているが、親会社は非営利法人のスポーツクラブ「BVボルシア09 e.V. ドルトムント」だ。この親組織が、チームのアカデミーや生涯スポーツなど多種目のスポーツ(ドルトムントはハンドボールと卓球クラブを持っている)を有している。

ブンデスリーガの規約では、地域の非営利法人格のスポーツクラブが資本会社化されたトップチームの議決権を51%以上持つことが条件(ドイツでは「51%ルール」と呼ばれる)とされている。つまり、過半となる議決権は、地域の会員で構成されたクラブ組織が持つ。Jクラブのように筆頭株主が一企業となることは、一部の例外を除いて存在しないのだ。

ドルトムントのBVボルシア09 e.V.ドルトムントは会員費約8,000円(62ユーロ)で14万5,000人のクラブメンバーが所属している。

デジタルメディアを強化した理由

ドルトムント公式FBよりスクリーンショット

この51%ルールによって、イングランドやフランスのように民間企業や個人の金満家がオーナーになろうと思っても、仕組み上そうなれない。そのため、ドルトムントは「自分たちで稼ぐ」という意識が強く、スタジアム稼働率99%を誇るビッグクラブに成長してもなお新しいことに挑戦し続けるのである。

デジタルメディアを強化したことも、それが理由だ。インテンシティー(熱狂的なクラブ)を国内外問わずに伝えるメディアとして、デジタルは非常に重要なツールだ。クラブの公式フェイスブックは現在1,500万人、ツイッターは200万人、Google+が110万人、インスタグラムは420万人のフォロワーを抱える。インスタはオープンして1ヶ月で100万人をすぐに突破するなど、地域の枠を超えたファン・サポーターが世界中に広がっていることがわかる。

2010年に香川真司選手が加入したときから日本との縁も深くなり、現在ではLINEアカウントをオープンさせ、日本語のクラブ公式サイトも存在する。

ドルトムントのブランドアイデンティティーである「Authenticity(本物)」は、日本国内に常設サッカースクールをオープンさせることから始まった。ドイツ代表の主力選手のマルコ・ロイスやマリオ・ゲッツェは、ドルトムントの育成組織出身だ。そのため“ドルトムントらしさ”を伝える方法は「育成が強い」に定め、サッカースクールを開校させた。

ドルトムントサッカースクールには、育成のノウハウを提供するために日本人コーチではなく、指導者資格を取得したドイツ人コーチが存在する。日本を含む海外での事業展開の際にブランド管理が欠かせないため、マーケティング、国際事業担当者が2ヶ月に1回のペースで直接足を運んでいるという。

香川のマンU移籍で得た教訓とは?

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香川真司がドルトムントに来たことはきっかけにすぎず、クラブは日本での事業展開は慎重だ。香川がいるクラブとは思えないマネジメントの考え方を持っており、2倍も3倍も日本での売上が伸びることは期待していない。常に「1.5倍くらいでいい」と定めている。

人気選手の香川が一旦ドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍したときも、クラブはマーケティングリサーチを行ない「日本でのドルトムントの認知度、興味関心度は急激には下がっていない」というデータを得た。決して傲慢にならず、着実に認知度を高めるスタンス。日本人の有名選手に頼らなくても、ドルトムントのブランド力が日本でゼロになることはない。であれば、クラブのブランドアイデンティティーを地道に浸透させることを優先したのだ。

ドルトムントに学ぶグローカル戦略

クラブが創設された1909年より、長い年月を経て築き上げられたドルトムントのブランド。日本人の感覚では「欧州のサッカー文化は100年以上もあるからでしょ」と簡単に別次元の話に持って行かれがちだが、本格的なマネジメント改革はほんの10年前である。

以前、川淵三郎氏がJリーグを立ち上げるときに「なぜヨーロッパの中でも特に範を求めたのがドイツだったのか?」と問われ、「ドイツ人はきっちり隅から隅まで精査し、ルールを決める。欧州の中で一番新しくできたプロリーグだから、イングランドなど他のプロリーグのいいとこ取りをした上で、整然としたルールをつくっているに違いないと見込んだ」と公言している。イングランドはリーグ自体の伝統はあるが、規約については事件が起きるたびに継ぎ足してルールを積み上げてきたため、川淵氏からすると“非常に雑然とした感じ”だったと言う。

ドルトムントの経営努力は、ブンデスリーガ全体にも大きく貢献している。欧州の主要プロサッカーリーグで最も観客動員数が多いのがブンデスリーガ。人気も高いイングランド・プレミアリーグの1試合の平均観客動員数約36,000人を大きく引き離し、約42,000人となっている。リーグが主体的に各クラブの経営状態を厳格に監視していたため、「興行収入」、「広告スポンサー収入」、「放映権収入」、「移籍による収入」と「その他の収入」の各項目ともに、ほぼ均等にバランスがとれているのだ。

ドルトムントのようにグローバル事業を展開するステージに入っても、ローカルを無視せず、クラブ独自のブランドをしっかり管理し、アイデンティティーをブレさせず海外のファン・サポーターとの絆もマネジメントするグローカル戦略――我が国のプロスポーツクラブも、ぜひ学ぶべきだろう。

協力:ラガルデールスポーツ

<了>

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大学スポーツは“無法地帯”か。日本版NCAAが絶対に必要な理由。

文部科学省が、国内の大学スポーツの関連団体を統括する「日本版NCAA」を2018年度中に創設する方針を発表したことはすでにお伝えしたとおり。日本に馴染みのない組織だけに、その必要性がどの程度のものなのか、まだわからない読者の方も多いのではないだろうか。今回は、PROCRIXであり帝京大学准教授(スポーツ科学博士)である大山高氏に、大学で教鞭をとる人間の立場からみた必要性を語っていただいた。

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大山 高

帝京大学准教授(スポーツ科学博士)。大学卒業後に三洋電機株式会社、ヴィッセル神戸、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズを経て2014年より現職。プロクラブと企業スポーツの両クラブで宣伝広報業務やパートナーシップ事業に従事。三洋電機時代は「オグシオ(小椋久美子・潮田玲子ペア」らが所属していたバドミントンチームとラグビー部のプロモーションを担当。近著に『Jリーグが追求する「地域密着型クラブ経営」が未来にもたらすもの』(青娥書房)。