人間関係と離れたところでコーチを探す難しさ

 プロ野球では多くのチームの監督・コーチ人事が発表され、来シーズンに向けた秋季練習が始まっています。

 セ・リーグ最下位に終わったヤクルトは小川淳司氏が新監督となり、宮本慎也氏がヘッドコーチに就任。パ・リーグ最下位のロッテは、今シーズン限りで引退した井口資仁氏が監督に就きました。また、セ・リーグを連覇した広島からは石井琢朗打撃コーチと河田雄祐外野守備走塁コーチが退団することが発表され、「優勝請負人の電撃退団」などと話題になりました。

 私は、ベイスターズの球団社長だった時から、日本の野球界の監督・コーチ人事は非常に特殊なものだと感じてきました。

 誰がコーチになるのか、ほとんどの場合、野球人どうしの“つながり”で決まっていたからです。監督が現役時代のチームメイトや個人的に関係の深い人をコーチとして連れてくる、ということが慣例になっていました。

 いまでは、多くの球団がコントロールしやすい人を監督にするという考え方を持ち始めたこともあって、監督の一存でコーチ陣まで一斉に決まるようなことは少なくなってきたかと思います。ベイスターズでも、監督をお願いする時には、腹心となるコーチを1人連れてくるのはOKというルールにしていました。

 ただ、人間関係とは離れたところでコーチを探すというのも、実はすごく難しいものがあります。野球のコーチとはすなわち“技術コーチ”だと言えますが、その人がどんなコーチングスキルを持っていて、これまでにどれだけの選手を育ててきたのか、どんな結果を出してきたのか、雇用の判断基準になるような材料がないことがほとんどだからです。

優秀なコーチをそろえるには時間がかかる

 一軍のコーチなら、「試合に勝つ」という至上命題のために、相手チームを攻略するための分析能力に長けていることが求められます。監督や選手とのコミュニケーションスキル、マネジメントの手腕も必要でしょう。二軍のコーチなら、一軍で活躍できる選手をどれだけ育てられるかが重要になります。

 しかし、これらの能力は統計的なデータなどの形で可視化されてはいません。「職人技」という言い方をする人も多くいます。サッカー界には、「JFA公認指導者ライセンス」という制度があり、Jリーグの監督になるには「S級」の免許を取得することが必要とされていますが、野球界にはそういった類のものもありません。

 また、いくらコーチングスキルがあったとしても、野球界の外から人材を獲得することは現実的ではないでしょう。やはりプロ野球できちんと実績を出した元選手でなければ、現役の選手たちもついていかないと思います。逆に、いくら選手としては一流だったとしても、優秀な指導者になれるとは限りません。自分はできたんだから選手たちにもできるはず、という指導法では単なる押し付けになってしまいます。

 そういった状況の中で優秀なコーチを揃えていくには、どうしても時間がかかるのです。

現状のチームに、最もふさわしい指導者を選ぶ基準づくりを

 現状を見ると、現役を引退してすぐに監督になるケースもままあります。人材不足や評価基準の欠如といった背景はあるにせよ、指導者になるための学びの期間を経ずに監督を任せることに対しては、違和感を抱かざるをえません。任された新人監督の天性の指導力に賭けるしかない、ということになってしまいます。

 たとえば一般的な企業において経営トップが交代する場合、その企業の弱い機能を補強できる人材を充てようと考えるのが普通です。マーケティングが弱みになっているのなら、マーケティングに精通し、その道で実績を積んできた人に社の成長を託すでしょう。

 引退したばかりの、指導者として何の実績もない人材にチームを託すのは、人気を考慮したうえでの判断なのだろうと想像します。しかし、本当に必要なのは、チームが強くなるためにどんな機能を強化するのか、そのために最もふさわしい指導者は誰なのかを考えることではないかと思います。

 逆に言えば、優勝したチームがコーチを変えることも、まったくおかしなことではないのです。チームとしてこれからのことを考えた時に必要になる人材は、優勝するまでに必要だった人材と異なることも十分にあり得るからです。

 コーチの年俸は、たいてい1000~1500万円が相場になっていますが、本当に能力があり、チームの弱っている機能を補うだけの指導力の持ち主であれば、そうした相場にとらわれず、もっと高い年俸を支払ってもいいと思います。

 能力をきちんと評価し、その評価に基づいたポジションが用意され、結果責任に見合うだけの報酬が発生する。それが普通の「人事」というものです。

 日本の野球界も、“名将”や“名コーチ”といったイメージ頼みではなく、指導者に対する評価基準がより明瞭になるような制度をつくることを検討してもよいのかもしれません。メディアが各コーチの貢献度をより具体的に報じる努力も、もっとあっていいと思います。変わるのは簡単なことではないと思いながらも、そう願わずにはいられません。

<第11回に続く>

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日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。PR代理店勤務などを経て、2010年から6年間『Sports Graphic Number』編集部に所属。現在はフリーランスのライター・編集者として、野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを取材対象に活動中。