絶対王者vs次代の王者、ドラマチックな決着に浮かんだ疑問

ハイライトは二度訪れた。

平野歩夢が宙を舞った。代名詞でもある“世界一高い”エアから入って、フロントサイドダブルコーク1440、キャブダブルコーク1440と4回転技を連続で決め、さらにダブルコーク1260、バックサイド1260を成功させて完璧なラン。
回転数もさることながら、ファーストヒットで見せた高いエアや、空中でボードを掴む「グラブ」の完成度など“スタイル”の部分でも他を圧倒する滑りを見せた。

二度目のハイライトは最終滑走。主役になったのは、追い詰められた絶対王者、ショーン・ホワイトだった。これまで平野以外は誰も成功させたことないダブルコーク1440の連続技を決めると、フロントサイドロデオ540を挟んで、バックサイド1260、ダブルマックツイスト1260を成功させ、会場を歓喜の渦に巻き込んだ。

ショーンの最終試技の得点は平野が2本目で出した95.25を上回る97.75。すでにレジェンドの域に達しているショーン・ホワイトがその伝説に新たな1ページを加えた瞬間だった。

まるで物語でも見ているかのようなクライマックスに酔いしれたスノーボード・男子ハーフパイプの決勝は、多くの人にこれまでよく知らなかった新しいスポーツの世界を見せてくれた。同時に巻き起こったのが「平野の得点が低すぎるのでは?」という疑問や、「ハーフパイプの採点基準ってどうなっているの?」という採点基準の是非を問う声だった。

スノーボードの採点は競技自体に馴染みがない人にはわかりにくい。ヨーイドン!でタイムを競う陸上競技や、得点を争うボールゲームは細かいルールがわからなくても勝敗はなんとなくわかる。冬のスポーツに多い採点競技は、技術の判定にやや専門的な審美眼が必要だが、中でもスノーボードは馴染みがないという以上に「専門的」だ。

「かっこいい」って何? 主観が基準? わかりにくいハーフパイプの採点

今大会のスノーボード競技を観戦していた人は、解説者の「かっこいい」や「スタイルがありますね」というフレーズを何度も耳にしたと思う。「エアが高い」「着地がきれい」「スピードに乗っている」などはまぁわかる。競技に取り組む選手たちを客観的に評価する指標になるのかなと初見の視聴者も了解できる。しかし、「かっこいい」「スタイルがある」はどうだろう? こうした客観的な指標と主観的な言葉が並ぶのが、スノーボードの難しさであり、醍醐味でもある。

「かっこいい」「スタイルがある」問題については、解説者の主観じゃないのか? という声は意外に多かったようで、今回主にテレビ中継の解説を務めたソルトレイクシティ、トリノオリンピックのハーフパイプ日本代表、中井孝治さんが自身のブログでこうした「スノーボード特有の言葉」についての解説をしている。

「スタイル、スタイリッシュ」について中井さんは、「オリジナル」という言葉を使って説明している。
 
 

グラブや技をしている時の身体の形などのことを言っているのですが、パッと見ただけで誰だかわかるような個性的な動きをしている時、その人のこだわりが伝わってくるような動きをしている時によく使ったりします。形だけを作るのなら、ある程度上手になればそのスタイルをマネできると思います。
中井孝治氏 オフィシャルブログ

 
 
要はフィーリングなんじゃないかというツッコミも見られるが、スノーボードはカルチャーの中から生まれた競技だ。滑り方、飛び方、トリックの仕方は多くのライダーたちが「かっこいい」を追究することでどんどん進化していった。オリンピック競技としてルールが整備されたいまもその前提は変わらない。

「本当のスタイルとは作るものではなくて、滲み出るものだと思っています」
「だからこの形がかっこいいとか特に決まってないんです」

中井さんのメッセージを併せて読むと、スノーボードの「かっこよさ」の正体が少しご理解いただけるはずだ。

(C)Getty Images

オリンピック競技に求められているのは「客観的公平性」のはずだが……

一方で、オリンピックは長い歴史の中で、こうした「ルールの曖昧さを排除していく」という姿勢を見せてきた。東京2020に向けて、レスリングの存続問題が勃発した際も「部外者にとって退屈で分かりにくく見える」という国際オリンピック委員会(IOC)の意向に応え、国際レスリング連盟(UWW)が大幅なルール改変を行った例もある。

同じフリースタイル系の競技であるスキーのモーグルは、エアの難度や完成度、ターンの正確性などの他に、滑走タイムという明確な基準も加味されている。日本人にはお馴染みのフィギュアスケートも、2002年のソルトレークシティオリンピックでの不正判定スキャンダルから採点システムを一新。現在では技に応じた基礎点に出来映え点(GOE)が加わるなど、より客観的で公平な判定を担保している。最近では、技術点がリアルタイム表示されるようになり、視聴者への公平性も格段に進化している。

今回の平昌オリンピックで、15歳のアリーナ・ザギトワ(ロシアから個人資格で参加)が、基礎点が1.1倍になる後半にジャンプを集中させ金メダルを獲得したことを受けて、国際スケート連盟(ISU)が後半のジャンプの数を制限するルール改正に動いているというニュースも聞こえてきた。

各競技がIOCの意向に沿って“客観的な公正さ”を積極的に導入している現状があるのに、スノーボード・ハーフパイプは治外法権的な扱いを受けている。今回の平野、ショーンの争いでも、他競技の元アスリートが採点基準に異を唱える場面が目立ったのは、各競技が「フェアな決着方法」を追究していることと無関係ではないだろう。

こうした前提でスノーボード・ハーフパイプの採点基準を改めてみてみると、その採点基準はかなり曖昧だといわざるを得ない。

オリンピックの採点方式では、総合的な印象が特に強調されてしまう

採点に当たってジャッジが見るポイントは、エアの高さ、トリックの難易度、演技の出来映え、総合的な印象に大別されると言われている。「言われている」というのは、オリンピックやワールドカップなどの国際スキー連盟(FIS)主催の大会では、ジャッジが総合点を掲示するだけの総括採点方式が採用されているからだ。

プロツアーなどの通常の大会では、エアの高さ、トリックの難易度、演技の出来映え、総合的な印象の4つのカテゴリにそれぞれ25点ずつが配分されていて、ジャッジは各カテゴリにフォーカスして採点をしていく。この方式なら、それぞれのカテゴリにフォーカスしてディテールを見ていくため、どこで差がついたのかもわかりやすい。ところが今回のオリンピックでは、ジャッジの持ち点100点の細目は明らかにされない。もちろんジャッジは要点ごとに根拠のある基準と数字を設けているとは思うが、「総合的な印象」がより色濃く点数に反映されてしまうという問題点がある。

今回の決勝では、2本目でオリンピック初の連続1440を決めた平野に「最高点」をつけてしまうと、3本目の得点がつけづらくなるという高得点の「つけ控え」が起きたとみるのが自然だ。最終滑走でのショーンには「心置きなく」高得点をつけられるお膳立てが揃っていたことも事実だ。

(C)Getty Images

IOCはなぜスノーボードの採点基準に異を唱えないのか?

日本では、こうした採点方式への疑問が噴出したが、世界的にはそれほど大きな問題になっていない。あれほど「フェアネス」や「わかりやすさ」を求めるIOCが黙っているのはなぜか? それには、スノーボード競技全般の人気が大いに関わっている。

日本では絶大な人気を誇るオリンピックだが、近年その世界的な人気は縮小傾向にある。特に「若者のオリンピック離れ」は顕著で、IOCでは、スノーボードや、東京2020から正式種目になったスケートボード、サーフィン、スポーツクライミングなどの競技に期待を寄せている。

すでに述べたように、スノーボードはその成立過程からいっても「かっこよさ」を競う競技だ。勝敗を決した滑りでショーン・ホワイトが見せたフロントサイドロデオ540が、素人目には「大して回転していない難易度の低い技」に見えたとしても、あの540は「スタイル」があって、「かっこいい」。縦回転と横回転を組み合わせ、回転数を抑えながら高さと「スタイル」を出したショーンの構成は、評価のポイントになる。
またショーンの最後のトリック、ダブルマックツイストは、2010年にショーンが初めて成功させた彼の代名詞的トリックだ。技の難易度もさることながら、滑り全体に「オリジナリティ」があって他とは違う存在感があったのは間違いない。
スノーボード界を引っ張るトップライダーたちが、こうした「かっこよさ」が受け入れられなければ、オリンピックから抜けてもいいと思っているかどうかはわからないが、「オリンピックのために滑っているわけではない」という矜持が彼らにはある。IOCがスノーボード競技に強くルール改正を迫らないのには、若者人気の獲得のために目玉となる競技を手放したくないという側面が確かにある。

「見てきた中でも“過去イチ”の滑り。全体的なバランスも素晴らしかった。素直に負けを認めている。彼の滑りも完璧だった」

競技終了後、周囲の喧騒とは別に平野歩夢は結果を受け止めていた。悔しい気持ちや成功した演技のタイミングなどに不公平感を感じていたかもしれないが、自らも「スタイル」を追究するトップライダーである平野は、ショーンの「かっこよさ」を素直に認めた。

「難易度としては全く変わらない。高さやつなぎだったり。ほとんどやっていることは変わらない。最高難度のルーチンをやっても、高さがちょっと足りないだけでメダルの色は変わってくる」

平野が追究してきたのは、ショーンや他の誰かがどんな演技をしても有無をいわさぬような“違い”を見せつける滑り。「圧倒的な滑りをしたい」というのが、オリンピックシーズンに入ってからの彼の口癖でもあった。

スノーボードを愛する者としては、オリンピックの採点もせめて各カテゴリの細目が明示される形を望むが、それと同時に、カルチャーの中から生まれたスノーボードのオリジナリティ、スタイルを守ってほしいという思いもある。

いずれにしても、4年後、高さ、難易度、出来映えで他を圧倒する「かっこいい」平野歩夢が見られると思えば、この間のシーズンや、取り沙汰されているスケートボード挑戦を継続的に追うのが我々にとっての「圧倒的な正解」だろう。

<了>

(C)Getty Images

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大塚一樹

著者プロフィール 大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。